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 見惚れる


 怖い、夢を見て。
 ベッドの上に、飛び起きた。
 どっつどっつどっつと。
 心臓の音が、鳴っている。
 息が、苦しい。
 溺れた、魚、みたいに、口をぱくぱくさせた。

 「……ロイ、どっかしたのか?」
 大きな音は立てていないと思うけれど。
 隣ですやすやと、よく寝ていたはずのマースが、私を見ている。
 心配そうな、目。
 誰からも、親から出さえも愛してもらえなかった子供を。
 愛してくれるのは、マースだけ。
 こんな風に、心配そうな目で、私を見てくれるのも。
 マースだけ。

 「どーも、しないよ。マース」
 だから、私はマースに嫌われないように。
 心配をかけないように。
 嘘をつくのだけれども。

 「どーもしないって、面じゃないだろうが」
 私の嘘がマースに通用した事は、一度もない。
 ふうと、溜息をついて私の腕を引っ張る。
 引き寄せられるままに、こてんと、ベッドの上に転がってしまった。
 すかさず、マースが腕を檻にして私を軽く拘束してしまう。
 誰に、囚われるのも嫌だけれど。
 マースならいい。
 例え檻なんかなくても、私は自分の意思でマースに繋がれて、囚われる。

 「心配するのは、お前が大好きだから。大切だから心配するんだ。嘘を吐かれたら悲しいぞ。
  もしかしたら、嫌いに、なっちまうかもしれねーな?」
 目を細めて。
 ちょっとだけ怖い目をしてみせるマースだったけれど。
 マースが私を嫌いになんかならないのは、知っている。
 こんな私をマースはとても、私がマースを思うように大切に思ってくれているから。

 「夢を、見たんだ」
 「どんな夢だ?」
 「覚えてない。ただ……怖かったんだ」
 
 それは、本当だった。
 どんな夢だったかは、覚えていない。
 覚醒した途端。
 忘れてしまった。
 でも、検討はつく。

 「そっか。そりゃ切ないわな」 
 「うん」
 
 きっと、ヒューズを失う夢だ。
 私には、それ以上に怖いものなんてこの世の中には存在しないから。

 「じゃ、もやもやが消えるまで俺が抱っこしててやるから、な?」
 「……ありがと」
 「礼なんていらないって。俺はお前を助けられないのが何より怖いんだから」

 甘く。
 でも真剣な眼差しで私を覗き込んでくるマース。

 春の鮮やかな、けれどもどこか目に優しい新緑をそのまま瞳の中に閉じ込めたような、優しく
も淡い緑色。
 私を慈しんでくれる瞳が、大好きだ。
 何時までも、ずうっと見ていたいくらい。

 「お前の目。本当に綺麗だよな。何時までも見てても飽きやしない」
 呪われた、黒目だと言って。
 とーさまも、かーさまも嫌った目を。
 真っ直ぐに覗き込んでくれるのは、マースたった一人。

 「そう?私は、マースの目の方がずっと、綺麗、だと思うよ?」
 マースの優しさと穏やかさとが、そのまま現れたような瞳が。

 「大好き」
 目も。
 心も。
 何もかも。
 マースだけが。
 
「大好きだよ、マース」

 真っ直ぐに私を見詰め返してくる瞳が、とろりと蕩けた。
 
 「俺もだ、ロイ。大好きだよ」

 目を細くしたマースの唇を、口に、瞼に、頬に、額に感じながら。
 私は、ゆっくりと意識を手離してゆく。
 最後に見たものがマースの目立ったのならばきっと。
 悪夢はもう、見ないだろう。
 



                                       END




 *もいっこの子ヒュロイと似てますが。
   似て非なるモノなりで捕らえて頂ければ幸せ。
   この子ロイさんは、肉親の愛を知らぬ故に、マースたんを愛してます。
   マースたんは、そんなロイたんが不憫で仕方ないのです。
   大人になると危険な愛ですが、子供のうちならありかなーと。




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