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 肩枕


 士官学校の敷地は、広い。
 さすが軍事国家が経営する生粋の軍人を育てるための学校だ。
 私のように出が悪くとも、成績さえ良ければ授業料も免除というのだからありがたい。
 親子三代軍人なんだ!とか言って間抜けな奴らが幅を利かせているのは、まぁ我慢するとし
て。
 難だって下等な奴等ほど、群れたがるのだろう。
 首席で士官学校に入学した当初は、平和ボケしたお子様からのお誘いも多かったが、悉く拒
否して回ったら、一人になってしまった。
 面倒臭い柵は謹んでご遠慮被りたかったのだが、何かとチームワークだの、人との繋がりだ
のを持ち出されると、困る。
 仕方なく友人に選んだ男が一人。
 自分でも不遜な部分があるのを百も承知しているが、そこが可愛い!と寝惚けた発言をぶち
かます男だ。
 私と違って人好きする性質の奴なので、しつこくちょっかいをかけてくる奴等の、ちょうどいい
クッションになってくれている。
 おせっかい焼きな部分にも、スキンシップが過多なのにも慣れたのだが、この約束の時間に
遅れる癖だけは、どうにかして欲しい。
 外で待ち合わせる時の定番の場所。
 大きな大きな木の下で、本を広げてからもう三十分は過ぎた。
 これでは、昼休みが終わってしまうじゃないか!
 ぱたんと閉じて、せめて食事後の昼寝でも楽しもうかと、巨木に背中を預ける。
 さわさわと優しい葉が揺れる音と共に、穏やかな木の香りが全身に降り注ぐ。
 折りしも空は、雲一つ無い快晴。
 全く以って昼寝日よりだ。
 目を閉じて、何度か深呼吸を繰り返しただけで、私は、すぐさま寝入ってしまったようだ。

 ふと顎の辺りがこそばゆい。
 ……それ以上に肩が重い。
 目を開けて、己の右肩を見れば。
 それはもう、心地良さそうな顔をして、ヒューズが眠っていた。
 「……何故、起こさない?」
 腕時計を確認すれば、既に昼休みを三十分以上オーバーしている。
 軍歴学の講師は、煩型のヒステリック系。
 「どうせなら、もっとうるさくない講師の時にしておけばいいものを」
 人の気配にはかなり敏感な性質なのに、肩に頭を乗せられていても気がつかない辺りに、
私がどれほどヒューズという存在を受け入れてしまってるかを思い知らされて、何とも面映い。
 「……講師様は、お体の具合が悪いとかで。自習だとよ」
 「!何だ起きてたのか」
 「ん。風が気持ち良かったから、目、伏せてただけ。遅くなって悪かったな」
 むふーとか言いながら、私の肩に顎を乗せてまったりするんじゃない!
 「全くだ!」
 「でも、ほらあれだろ。俺が遅れてきたからこそ!こうやってのんびり日向ぼっこ昼寝ができ
  るってことで。許してくださいよ」
 「詭弁だ……が。一理あるか」
 底抜けに真っ青な空を見ていると、怒っているのが馬鹿らしくもなる。
 「それっと!」
 「うわ!」
 私の首に腕を引っ掛けたヒューズが、そのまま私を草の上に引き倒す。
 「お前なっつ!」
 至近距離で覗き込まれる、淡いエメラルドグリーンの輝き。
 真近で見ると、とても好みの色合いだなんて、言ってやらない。
 「仲良しこよし。お昼寝続行で、どうよ?」
 髪の毛に飛んだ草の切れ端を指で取り除きながら、ヒューズが提案をしてくる。
 「そうだ、な。今度は寝過ごさないようにするさ」
 私もヒューズの額の上に張り付いた、大きな葉っぱを摘んでやって。
 「たまには、何もしない贅沢というのも、ありだろう」
 授業と訓練に明け暮れて、山のような課題をこなしながらも、錬金術関係の本を読み漁る
日々。
 僅かな時間でも惜しいと思ってしまう考えは、まだ頭の片隅にあるけれど。
 「そうそう。どーせ、こんな時間。学校卒業しちまったら取れねーんだからさ」
 満足そうに微笑んだ顔は、私と同じに空を仰ぐ。
 そよそよと、穏やかな風がやわらかく身体を包み込む。
 何の気なしに手の甲の上に乗せられている、ヒューズの掌のぬくもりを感じなら目を閉じる。
 眠りに入り込むのは、先刻よりも早かった。

 「あれ?マスタング。ヒューズはどしたん」
 日常会話レベルならばさして当り障りできる中でも、どちらかといえば友人に近いクラスメイ
トが私を振り返った。
 「よく寝てるみたいだったからな。起こさなかった」
 「お前!……人が悪いなー。次の授業。ヒューズ当るだろ?」
 「時計のアラームはセットしてやったさ。ちゃんと予習してあれば、問題ないだろう」
 指名されるとわかっていても、ぎりぎりまで準備なんかしないヒューズの癖を承知の上で、
笑う。
 授業前五分。
 私のノートを見て、走り書きのようなメモを書き散らかしながらも、発言内容をすたっと鮮
やかに決めてしまうヒューズだけれども。
 寝惚けた頭では、さすがに難しい。
 「……ろぉぉおいぃいいい」
 地の底から這うような声が、物凄い勢いで近付いて来た。
 「ほら、怒ってるぞ?」
 にやにやと笑う友人には肩を竦めてみせ。
 「何、問題ないさ」
 私はヒューズに向かって深々と頭を下げる。
 びっくりしたヒューズが、きゅっと急停止した。
 大人しく謝るなんて!と、そう思ったのだろうけれど。
 「……マース・ヒューズ?そんな所に立ち止まられたら、私が入れないのだが」
 そう、私はお前に頭を下げたんじゃなくて、後ろにいらした講師に頭を下げたんだ。
 やられた!って顔で額を叩くヒューズの肩を軽くいなして、私達は教室のドアをくぐった。




                                                      END




 *わー楽しい。こんな二人ばっかり書いていたいや!
  士官学校って、しみじみ良いですね。
  もっと早く書き始めれば良かったよ、と生ぬるく後悔。
  これから山のように書けばいいだけなんですけどね(苦笑)





  
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