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 今の君に伝えたい言葉。

 
 ああ、駄目だ。
 俺はもう、助からない。
 
 身体から生暖かいものが流れてゆく。
 血ではない。
 出血は、こんなリアルな感覚を伝えては寄越さないのだ。
 たぶん、俺の最後の生命が、流れ出しているのだろう。

 全く、人間相手なら、そこそこやれる自信はあったんだけどな。
 まさか、化け物だったとはな。
 ホムンクルスが、どんなモノかなんて、ロイに聞かされて知っていた筈なのに。
 俺は頭のどこかで、信じきっていなかったのかもしれない。
 実際、こうやって死の間際に、なる寸前まで。
 こんな人知を超えた存在があったとは。

 死なない、だけじゃなくて。
 変身能力まで持ち合わせている、なんてな。
 詐欺だろうよ?
 しかも、よりにもよって女房に化けるかぁ?
 ……偽物だってわかってても。
 グレイシアが俺に銃を向けるなんて、ないって、信じていても。
 それでも、俺にはグレイシアは殺せないよ。
 エリシアも。
 グレイシアも。
 俺の手では、絶対に殺せない。
 生涯の伴侶として愛した妻。
 愛した妻から生まれて、目の中に入れても痛くないほどに可愛い娘。

 俺の手で殺せる大切な、唯一の存在は、ロイ。
 お前だけだ。

 誰かに殺されるなら、お前は俺に殺されたいだろう?

 闘いの最中、ずっと側にいた時。
 狂い掛けたお前を目にし、何度もそう思った。
 お前が俺の言葉の届かない場所へ行ってしまったら、殺してやろうって、決めていたよ。
 でもお前は強かったから。
 俺の腕の中、唇を噛み締めるほどにして耐えて。
 まだ、大丈夫だと。
 笑って見せるから。
 その都度後ろ手にしていたタガーを、ケースの中にしまい込んだものさ。

 ああ、ロイ。
 ロイ。
 お前の側で、お前を大総統にまで押し上げるのが俺の誓いだったのに。
 こんな所で、死ぬなんて。
 志半ばで、逝くなんて。
 許されねぇよなぁ。

 夢じゃ、なくてな。
 信じてたんだ。
 お前が大総統になって。
 期間限定でもいいから、戦いの無い世界を作り出してくれるって。
 でもって、俺はそれを一番近いトコで見ることが出来るんだってさ。
 信じてた。

 や、信じてる。
 今。
 死に逝くこの瞬間でも。

 お前より早く死ぬなんてわかってた。

 グレイシアもエリシアも残して先に逝くことに後悔がないわけじゃない。
 エリシアの花嫁姿を泣きながら見て、お前に苦笑しながら肩抱かれて。
 私がいるだろうって。
 言われたかったわ……。

 ちくしょっ……目があかねぇ。

 ごめんな、グレイシア。
 未亡人にしちまってさ。
 駄目な、パパで悪いな。
 エリシア。
 もっとたくさん、お前を、抱っこしてたかった。
 
 ロイ。
 ロイ。
 どうして、今。
 ココにお前がいないんだろう。
 俺は何で、お前の側で死なないんだろう。

 何か、お前の声が聞こえる。

 『ヒューズ!
 『ヒューズ!どうしたっつ。』
 『何があった、マース!』

 って。
 お前の声。

 最後に耳に届くのが、お前の声なんてな。
 ホント、俺、らしいだろう?

 俺の、最後の、未練は。

 お前を残して逝く、事だ、わ。

 側にいて、力になってやれないのならば。

 連れてく、くらいの。
 かいしょう、が。
 なきゃ、なぁ。

 ロイ。
 ろぉい。
 泣いても、いいから。
 立ち止まっても、いいから。

 また、歩きだすんだ、ぜ?

 俺は、あの世と、やらで。

 ぜってー、それ。
 見てっから、さ。

 『マース!まあすぅっつ!!』

 俺は、お前の声で、まあす、て。
 舌足らずで、呼ばれるの。
 ホント。
 好きだな。

 好きだった、な。

 いとおしかった、よ。

 とても。

 いとおしいよ、ロイ。

 完全に真っ暗闇に支配された俺の全ての中で。
 遠くで響く、お前の声だけが、光の塊のようになって。
 ゆっくり。
 ゆっくりと俺を飲み込んでいった。




                                                      END




 *やってしまいました。
  死ぬ直前。色々と考えすぎや!と思ったんですけど。
  身体が死んでも意識だけあったり、意識が死んでも身体だけ生きてたり
  なんてことがあるので、少々長めに思考して頂きました。
  誰かを思って死ぬのは、それこそ人としては本望なのかなーと思ってみたり。




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