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 冷たい熱

 
 ふと、名前を呼ばれた気がして、眼を開ける。
 「……ロイ?起きてるのか」 
 隣りのベッドで眠るロイに問い掛けても返事は無い。
 「気のせいか?」
 に、しちゃあ、リアルな声だったんだ。
 ひゅうず、と。
 最中に舌足らずに呼ばれる、睦言。
 小さくベッドを軋ませて、隣のベッドへ近付く。
 丸まって眠る癖のあるロイの身体は毛布の下に隠れたままだ。
 そっと、毛布をめくれば、自分の身体を抱えるようにして眠るロイの姿があった。
 寝息は、途切れ途切れで、やはり何か語っているようにも聞こえる。
 顔を覗き込んで、そのまま、目が離せなくなった。

 閉じた瞼の端から、涙が伝い落ちていたのだ。
 
 後から後から涙を流しながら、何かを囁いている。
 音には、なっていない。

 胸が締め付けられるように、切なくて。
 眠る身体を抱き締める。
 「……ひゅ?ど、した?」
 睡眠不足の常。
 起こすのは忍びなかったが
 「それは、こっちのセリフだ、阿呆」
 目尻に唇を近づけて、涙を嘗め上げた。
 「ん?私は……泣いて、いたのか?」
 「そうだよ。ぼろぼろぼろぼろ悲しそうに泣きやがって。俺まで泣きたくなったぞ」
 唇の端にまで溜まってしまった涙を啜って、そのままキスを仕掛けた。

 まだ半ば眠りにいるのだろう、反応は覚束ないものだった。
 早く俺のいるのこ世界へと戻したくて、眠いのだろう身体を強引に快楽によって叩き起こす。
 深く眠れるようにまじないめいて施す、優しく軽い口付けではなくて、相手をその気にさせる本
気のディープキス。
 俺の愛撫に慣れているロイの身体は、頭が眠っていても勝手に反応しだす。
 士官学校時代からずっと、仕掛けてきたのだ。
 ロイの心が離れてどこかに行ってしまっても、身体で俺を、自分を思い出せるようにと。
 イジュヴァール殲滅戦を終えて、自分がやったことは正しかったのだと、しみじみ思った。
 ……心の一部を無くしてしまった、ロイを見て。

 俺とて地獄は見た。
 何度も見た。
 最前線で戦う国家錬金術師達の後始末だけでも、陰惨な作業だったのだ。
 まるで自分達も、その場で戦ったのかと錯覚するほどの痛みを覚えた。
 肉のこげた匂いが充満する焼け野原で。
 後から後から発見される惨殺された死体を、黙々と片付け続ける中で。
 狂った奴もいた。
 自殺した奴も。
 退役した奴も何人もでた。
 殲滅線に参加した国家錬金術師の壊れた比率には、遠く、及ばなかったけれども。
 
 かろうじて、それがロイだとわかる遠目で。
 幾度かロイが焔を操る様を見た。
 腹の底に響く重低音と共に、放たれた鮮やかな焔の雨。
 じゅうっと、一瞬にして、何百、何千とも知れぬ人間が消え失せた

 莫大な軍事費を投じて開発された生物兵器も及ばぬ、凄まじい大量殺戮。
 既に麻痺しかけている鼻の粘膜から入り込んでくるような肉の焼臭。
 髪の毛までもが、空気中に飛散された脂肪でべたつくというおぞましさに、俺は狂うことがで
きなかった。
 だって、これはロイがやってのけた行為だったから。
 心の底では決して望まぬ、惨殺故に。
 誰がロイを責めても、俺だけはロイの味方で。
 正気のまま、見届けなければと、思ったのだ。
 実際ロイが生み出す焔は、その高温に相応しく真っ白い閃光のように走ってとても綺麗だっ
たので、見つめるのは苦痛ではなかった。
 焼き殺された人間も、死に行く瞬間見惚れたのではないかと、錯覚する美しさは、狂気に沈
んだ人間でも認知できたかもしれないけれども。

 「ん……ひゅうず、ねむ、い……」
 敏感な身体の反射だけで応えるロイの口調は、今だ眠りの中。
 胸に掌を這わせれば、悲しいくらいに冷たい。
 身体はいわゆる寝起き状態のはずだ。
 本来なら、寝起きの肌は汗ばむほどに熱いはずなのに、ロイの肌はひんやりとした体温の
まま。
 何時だって俺を、不安にさせる。
 「頭は寝ててもいいから、感じてろ」
 繰り返すキスの最中に眠られてしまうのはいつものことで。
 フェラの真っ最中に、ナニおったてたまま、すやすやと寝入ってしまったりもされた。
 今更どんな切羽詰った状態で、寝付かれても動じはしない。
 ただ、よりその眠りが深くなるようにと、ゆるい抱擁で楽な呼吸を促してやるだけの話。
 体温が下がりすぎると夜中に目を覚ましてしまう性質なのだ。
そうなったら最後、ひっそりと起き出して、小さな明かりの下、黙々と本を読み出してしまう。
 キスをしながら、下肢に手を伸ばして下着の中、項垂れたままの力ない肉塊を、やんわりと
握り込む。
 「ら、め……まース」
 ってんなに艶っぽい目で見つめられて、途中でやめる男はいないってーの。
 自分がどれほど、男を、俺を、誘うか欠片も気がつきはしない、淫靡な仕種で腰が揺れた。
 上から下へ下から上へ、形に添って掌で幹から袋までを力を込めずにさする。
 穏やかに勃起してきた肉塊には、微かな芯が芽生えた。
 「ね、たいのに……気持ち、よく……な、っちゃ」
 「どっちでも?お前の好きなように、すればいいさ」
 「そんな、の……選べない」
 ふるふるっと首を振り、気だるそうに首に手を回してくる。
 一人興奮している俺の項に届く、まだまだひゃっこい感触。
 「じゃ、俺が選ばしてやるよ」
 小指と薬指で袋を弄り倒しながら、他の指で肉塊を扱いて、左手はロイの項を擦った。
 「や、まあすぅ」
 普段の高飛車なまでの態度が嘘のように、愛らしく快楽に従順な風情は、煽るだけのつもり
だった、俺の身体までもを熱くしてゆく。
 このままいけば、突っ込まないと収まりがつかなくなってしまう。
 俺はロイの目に映らないのをいいことに、激しく眉根を寄せた。
 「んぅ……熱い……」
 は、と舌先をちょっとだけ出して喘ぎだしたので、また、体中を撫ぜ擦るだけの行為に切り替
えた。
 最後までしたいのは山々だが俺が今やるべき事は、ロイの体温を上げて、寝かしつける事。
 「……あ、ら……めぇ……」
 射精の快楽よりも睡眠による安寧を選んだのだろう。
 いきつく寸前とまではいかないが、普通だったら抜き差しならないままの勃起状態で、ロイ
の全身から力が抜けた。
 ほとんど失神するように、寝入ってしまったのだ。
 これだけ体が熱くなっていれば、今夜は目を覚まさずに、魘されもせずに、朝までぐっすり
寝ていられるだろう。
 トランクスのゴムを腹の辺りにまで上げて、乱れたパジャマを整えてやる。
 俺の胸に安らかな呼吸を吐き出すその背中をゆったりと撫ぜれば、口の端がやわらかく
微笑む。
 先ほどまでその気になっていたナニも、その笑顔で少し大人しくなってくれた。
 何回かに一回は失敗して、ロイを朝まで泣かせる羽目になるのだ。
 成功した日ぐらいは、邪魔をせず寝かしてやりたい。
 規則正しい呼吸音に、自分の呼気を合わせれば自然と眠気がやってくる。
 意識が途切れる寸前まで、俺は、自分の身体よりようやっと暖かくなった背中を、撫ぜ続け
た。





                                                   END




 *思ったよりも早く完結しましたよ!良かった良かった。
  受けの知らぬ所で攻めが受けを甘やかす、綾瀬的黄金パターンですみません。
  何度書いても、この手のシチュエーションが大好きで困ります。
  寝惚けつつも何となく、ヒューズに甘やかされている自覚のあるロイ。
  ……なんてのもツボです。

 甘々は恥ずかしいけど、ある種安心して読めますよね。




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