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 肩枕


 
「……ロイ?」
 中央に着くまでに読まなければならない資料に没頭していた俺は、肩に今まで無かった重み
を感じて、書類から目を上げた。
 ロイが座っている窓際、右肩を見れば、前髪が垂れてしまった幼い寝顔があった。
 薄く開かれた唇からは、くふーくふーと微かな寝息が聞こえる。
 時折、大きな吐息が零れて、ちょうど俺の耳下辺りを擽った。
 「あー寝ちゃったんか。ま、無理もねーけどよ?」
 元々ロイが中央に出張になるのは、数日後だったはずなのだ。
 それを、ちょうど東部に用が合って訪れた俺が戻るのにあわせたから、さあ大変。
 終電で向かう列車の中まで、未決済の書類を持ち込む羽目にあった。
 東方司令部の部下達に至っては、まだ全員残業をしているだろう。
 上官の理不尽な気まぐれに付き合うほど、奴らは暇人じゃねーが、ロイの気まぐれに俺が関
わってくると、皆苦笑と共に、白旗を揚げるらしい。
 『中佐がこちらへこられるとお電話くださった時、随分そわそわしてらしたから……』
 何となく、予感はしていたんです、と。
 いつもは目に優しいハニーブロンドの髪の毛をきっちりとバレッタで止めている彼女の、こめ
かみの辺りから何本かの髪の毛が解れていた。
 解けてしまった髪をピンで留める間も惜しんで、彼女がロイを俺と一緒に送り出すための準
備をしてくれたのが、伝わってきた。
 ちょっとでも目を離せば、すぐに仕事をサボりたがる上官の首に見えない縄をつけて調教で
きるのは、彼女だけ。
 東方司令部影のドンとまでいわれるのも、まあ、頷ける。
 一度、何でロイの下についたのか、聞いた事があった。
 鷹の目とコードネームがつくほどに射撃の腕前が一流なのは、無論。
 完璧なデスクワークと目にも麗しい華やかな容姿。
 そして、生真面目な気質の彼女を欲しがる部署は幾らでもあったのに、彼女はロイの副官を
選んだのだ。

 『一目惚れです』
 まさかそんな答えが返ってくるとは思わず。
 『一目惚れぇ?』
 鸚鵡返しに聞く。
 『恋愛感情ではないですよ。ただどうしても、守らなければいけない、と。思ったんです。あれ
  だけ強いのに自分を守る牙だけは持たない人だったから』
 出会った瞬間に本人も気付かぬ気質を見抜く眼は、鷹の目の称号に相応しい。
 ロイが彼女に懐く理由が良くわかった。
 根本的に、ホークアイ中尉は、ロイにベタ甘なのだ。
 『あんまり甘やかさんでくれよ』
 と、苦笑すれば。
 『そっくりそのままの言葉をお返ししますわ』
 と、微笑まれた。

 ま、確かに俺はロイを甘やかす事にかけてはしみじみエキスパートだ。
 士官学校時代、初めて見た時から、どうしようもなく惹かれた。
 理由なんてその時はわからなかったけど。
 今になって思えば、中尉と一緒の一目惚れ。
 あの真っ直ぐな黒い目に、俺はどうな風に映るのかと。
 どうせ映るのなら、良く映りたいと、思ったのだ。

 列車が大きくがたがたっと揺れる。
 ロイの頬が肩からずっと滑り落ちた。
 「んあ?」
 まだ夢現なのか、目がぼうっとしている。
 「何だ起きちまったのか?まだ中央まで時間がかかるぞ。もう一眠りしておけ」
 「……まあす?」
 舌足らずに甘えた声は、ベッドの中で零れ落ちる睦言にとても良く似ていて、車内なんて、
誰が聞き耳をたてているかわからない状況にも関わらず、どきんと心臓が大きく跳ねた。

 「マジ、犯りてぇ……」
 「ん?私も、したい、な……」
 聞こえないように囁いたつもりの言葉は、寝惚けている耳にも届いたらしい。
 唇が、顎に触れてきた。
 正気の時だったら、まず、こんな事はしてこない。
 必要以上に周りに気を配るロイだったりする。
 かぷかぷっと数度噛まれて、我慢する気は遥か彼方へと走っていった。
 俺の肩に乗っていた顎を拾って、唇を合わせる。

 おいおい、車中だぜ?

 という心の中の自分ツッコミは、してみるものの。
 止める気が起きなくって参った。
 ん、んと鼻を鳴らしつつキスに応えてくるロイの可愛さは、そうそう上手い表現が見つかるも
のでもない。
 エリシアちゃんの天使の笑顔にだっていつでも、めろりんラブだが。
 ロイの笑顔にも、やっぱりめろめろだ。
 どちらも俺にとってイトオシイもの。
 ただ抱き締めたくなるのと、抱き締めて犯したくなる違いぐらいなもんで。
 抱き締めるのには、変わらない。
 やわらかく濡れた唇を思う様貪って、頬に、瞼に、眦に、額にとキスをすれば、俺の頬に添
えられている掌がずるっと滑り落ちた。
 相手の快楽を引きずり出すような口付けでも、ロイの眠気には勝てなかったらしい。
 「ま、車中だしな」
 続きするわけにもいかんから、この辺りでやめとくぜ。
 「でも、向こう着いたら、ちゃんとに付き合えよ?」
 本当に聞こえていたのかどうか、う、という返事が戻ってくる。
 俺はまた、ロイの頭を肩の上に乗せて、額に口付けを一つ落としてから、書類の続きに目を
走らせ始めた。




                                       END




 *車中でちゅうは、初めての試みでした。
  鋼では(魔人の村雨壬生でやってた!)
  ほのぼので甘いと、短編になるのか?自分。
  そんな気分の作品と相成りました。
  ただひたすら、手を握ってお互いが目を合わせないで、
  列車に揺られ続ける……そんな雰囲気の作品も書いて見たいなあ。





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