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  Greed



 「……兄さん。よく飽きませんね」
 ベッドの上、すやすやと眠る本田を見詰めたまま動かないブラギンスキを、ナターリヤが静か
に諌める。
 その声は珍しく怒気を孕んでいた。
 「君は、僕を見ていて飽きるの? 何時間でも見ていられるでしょう?」
 「はい……それは、確かに、見てはいられますけれど。いえ、むしろもっと長く。永遠に見て
  いたいと思いますが」
 「じゃあ、僕の今の気持ちだってわかるよね。やっと。やっと手に入れたんだよ? こうやって、
  じっと見てても逃げない彼なんて、まだ信じられないくらいだよ!」
 眠りを妨げないように、そっと彼の頬を手の甲で摩る。
 他者の体温が心地良かったのだろうか。
 無意識にすりりと頬を寄せられて、嬉しさに唇の端がつり上がった。
 「……逃げないでしょうとも、あれだけの量の薬を投与してしまえば!」
 「ルーシ? 怒ってるの? 君が、僕に?」
 「はい。私。怒ってます。とても、凄く。兄さんに腹を立てています」
 本田が見たら、大喜びしそうな光景だ。
 ナターリヤは全身を怒りで振るわせながら、エプロンを握り締めている。
 何時もは透き通るように真白い頬は、怒りの強さを表わすかのように紅潮していた。
 「幾ら何でも使い過ぎですっつ!」
 「でも、薬でも使うしかありませんね? って、最初に提案してくれたのは君でしょ?」
 側に寄ってもくれない本田を、どうしたら手に入れられるのだろうと、思案する日々。
 古くから伝わる怪しげな効用のある薬を物置の奥から発掘して、持って来てくれたのは
ナターリヤだった。
 「はい。確かに私です。しかし! まさか、限界値を超えた量を飲ませるなんて、思わない
  ではありませんか! ましてや兄さんが、愛して止まない方に、そこまでするとは!」
 「やだなぁ。ルーシ。君は僕を、たくさん愛してくれるのに。僕の事をちっともわかっていない
  んだねぇ」
 「兄さん!」
 ブラギンスキは本田の髪の毛を掻き上げて、その額にそっとキスを一つ贈ると、顔を上げて
真っ直ぐにナターリヤを凝視した。
 「二度とはないかもしれない機会だもの。僕は最大限に利用するよ」
 「でも、これでは。本田さんが、壊れてしまうかもしれないではないですかっつ!」
 ナターリヤは本田を、彼女にして見れば破格の態度で好いている。
 その想いの度合いがブラギンスキに向けられる物を超える事は決してないが、それでも。
 彼女なりに本田を大事に思っていた。
 その証拠に、彼女が本田を監禁する為に設えた部屋は、とても温かみのあるアットホームな
造りになっている。
 彼もきっと喜ぶに違いない。
 「それこそ、本望だよ。壊れたらきっと。僕しか見なくなるだろうしね」
 「そんなのっつ! 本田さんではありません!」
 「ううん。本田君だよ? 本人がそうとわからなくなってしまっても、僕が解っているんだから
  ね。それで十分でしょう」
 「っつ!」
 激昂のままにそれでもまだ何か言い募ろうとした口を彼女が噤んだのは、本田が瞬きをした
からだ。
 「本田さん! 大丈夫ですかっつ?」
 ブラギンスキより早く、その反応を伺う辺りにも、ナターリヤの彼への執着がわかるというもの。
 後一歩間違えば彼女はブラギンスキの恋敵になったかもしれない。
 そうなってしまったら、ブラギンスキはナターリヤを、それこそナターリヤではなくしてしまった
だろう。
 本田が彼女を取るのが明らかだったから。
 ブラギンスキはナターリヤを切って捨てる事が出来るが、誤解され易いが優しい彼女にはそれ
ができない。
 どの道。
 ナターリヤがブラギンスキを出し抜く日は永遠に来ないので、そもそもが杞憂なのだが。
 「……本田君? 起きるの? まだ、寝てても良いんだよ?」
 ナターリヤの必死の声にも瞼を痙攣させるだけだった本田は、ブラギンスキの言葉で、ぱちり
と目を大きく見開いた。
 「ブラギンスキ、さん? るーしー、さん?」
 「もぅ! どうしてイヴァンて呼ばないの!」
 「はい?」
 「僕達恋人同士だったでしょう?」
 「兄さん!」
 ナターリヤが発掘した薬は、記憶を混濁させる副作用のある媚薬系。
 触れた本田の頬は常ならぬほど熱くなっているが、はたしてそれが薬の効果かどうかは、
現時点で判断しかねるので、取り敢えずは先手必勝。
 攻勢に出て様子を伺う。
 「こい、びと?」
 「そう。寝惚けるのも程ほどにしてくれないと。浮気するよ。君から、僕の家に泊まりに来た
  いって言ったでしょ!」
 「え! あー? はぁ、そう、でしたっけ?」
 「そうだよ! ほら。ルーシーからも言ってやってよ!」
 こくんと喉を鳴らしたナターリヤが、本当の事を言うか迷ったのは、たぶん数秒にもないはず
だ。
 こんな風に縋る目で見る彼を、欲しいと思わないはずがないのだ。
 想いの外長く言葉を出さなかったのは、より効果的な表現を探しての事なのだろうが、緊張
しているのかもしれない。
 「全部、本当の事です……菊、さん」
 「菊さん!」
 「すみません。兄さんと付き合うなら、私も妹同然だ。だから、ぜひ。そう呼んで欲しいと……」
 ……やるね、ルーシー。
 「あー。そうですか。実に言いそうですね。すみません。無理なさらないで良いんですよ?」
 「いいえ! 前からそう、お呼びしたかったので!」
 なかなか完全な覚醒をしなかった本田の頭はきっと、その一言で覚醒した。
 「ですか! ならばぜひ、菊とお呼び下さい!」
 「……僕には何もなし? 恋人はルーシじゃなくて、僕なんだけど」
 「……どうぞ、菊とお呼び下さい。イヴァンさん」




                                    続きは本でお願い致します♪
                            またしても、ナターリヤを出してしまった。
                    何時から妹属性になったんだろう、自分。



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