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 劫火
 

 原因不明の突発的な何かによりハボックが犬化、私が猫化して既に一年と三ヶ月が経過した。
 ちょうど一年目と言う所で、恐らくはもう元の身体に戻れないだろうと、ドクター・マルコーに言わ
れた私は。
 静かに、病んだ。

 「……ロイ。少しは休んで下さい」
 ふう、と堪え切れぬ不安げな眼差しで私を見下ろしたリザは、そう言って私の猫耳を優しく擽る。
 少し前までは本人の意志とは裏腹に、ご機嫌な感じで鳴っていた喉も、今は鳴らない。
 「休んでいるぞ。ちゃんと。休んでる」
 「じゃあ、どうして。尻尾も耳も毛の艶が悪いんです?」
 「食事が良くないんだろう。アレが戻れば直る」
 あれ程、側に置いて起きたくて仕方なかった犬耳装備のハボックを、長期出張させていた。
 出張先はオリヴィエ少将だ。
 他の部署よりは安全なはず。
 彼の女傑は仕事さえできれば外見の変容に拘らない。
 現に少将から満足気な報告が定期的な報告書以外にも届いている。
 ハボックからも、無駄に構われる日々が続いていると、わざとコミカルに書いたプライベートな
手紙が何通も自宅に届けられた。
 あいつが、私の側に居なくとも日常生活に支障が出ない程度に働けているのならば、それで
良い。
 私の落ち込みに、可愛いハボックをこれ以上巻き込みたくなかった。
 「それでは、すぐに戻して下さい! もう、三ヶ月になるんですよ? 十分でしょう」
 「いや……まだ、駄目だ」
 「ロイっつ!」
 私の目の前、ばん! と勢いも良く机を叩いて私を威嚇するリザ。
 そんなに強く叩いたら大切な指が傷付いてしまうかもしれないだろうに。
 「後、少し。私は、私の覚悟を見極めたいんだ。自分の本質を再確認したい。もう、人に、
  戻れないのだと、自覚した上で、な」
 私はリザの指を優しく取り上げると、その指先に口付けながら、ゆっくりと己がなしたい事を、
噛んで含めるように告げる。
 何時か、戻れるのだと信じて疑わなかった。
 突然の人体変異ではあったが、ドクター・マルコーとノックス先生が調べて下さっていたから。
 私が彼の二人に無防備に向けていた信頼は厚かった。
 彼らとて、所詮人にしか過ぎない。
 人は、人の枠内でしか出来得ない事があるのだと、思っていても。
 それでも。
 大丈夫なのだと信用しきっていたのだ。
 今もまだ。
 完全に道が閉ざされた訳ではない。
 もっと時間をかけて研究をすれば、どうにかできるのかもしれないとも思うけれど。
 これ以上彼等に負担を強いたくなかったので、後は自分で調べてみます。
 今までありがとうございました、と告げた。
 専門的な知識はない。
 人体錬成絡みの知識となれば、それこそ鋼のや、その弟のアルフォンスの方が遥かに上だ。
 やらねばならぬ仕事が山積みの状態で、そう言い切るのはつまり。
 もう、このおかしな身体で生きて死ぬ事を自覚したと言う意思表示でしかなかった。
 ドクター・マルコーは、大きく目を見開いて、ノックス先生は目を細めて、それぞれが驚いて
みせた。
 何かを言い募ろうとするドクターを制して、ボウズがそう決めたんなら、俺等はそれでいい、
と先生が静かに笑った。
 ドクターは、心配そうな顔を崩さなかったが、先生の穏やかな微笑の方がこたえた。
 己の不甲斐なさを自戒する達観した笑顔だったからだ。
 勝手を言ってすみません、と重ねれば、ドクターも笑って、先生は頭を撫ぜてくれた。
 いいさ。俺……俺等の事は気にしなくて言いと。
 これでも、好きでやっているのだからと。
 ドクターと二人目配せをして。
 口では私を刺激せぬように肯定しておきながらも、まだ。
 研究は止めないと誓い合う二人を見て。
 申し訳なさに涙も出なかった。
 二人とも本当に忙しい方達なのだ。
 私達の研究なぞに僅かな時間を裂いている余裕など、欠片もないほどに。
 だからこそ、と言う訳ではなかったが。
 この優しい二人にもう己の身体を酷使させたくなかったというのも、確かに。
 覚悟を決めた理由の一つだった。
 「猫化して、私は。無意識の内に甘えてしまった面が多々ある。それを一部強制しなくては
  いけない」
 「今まで通りで十分でしょう! 無理はしないで下さい」
 「そこだよ。リザ。私は優しい周囲に甘えて、無理を極力控えてきた。勿論君達を心配させ
  たくなかったと言うのもあるがね。普通は、こんな状況に遭遇したら無理をするものだ」





                                 続きは本でお願いしますって。
                       何時もより、イロモノ度が高い気がしています。
                 今更だよ! って感じもするんですけれども、ええ。




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