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  ごっこ遊び




 「おお! 凄い! これが本物のハレムですね」
 恐らく感動になのだろう。
 デジタルカメラを持った手をぷるぷると震わせながら、本田はそこかしこを激写しまくっている。
 そのままの姿を見たいのです! と言われて、自分が昔に使っていたハレムを久しぶりに
開放したのだ。
 勿論、本田を入れる訳だ。
 多少の整備・修繕はしたし、ぼろぼろになっていたカーテンや調度も、なるべく当時の印象を
崩さぬように近いものを用意した。
 手前のハレムを整備したいんでぃ、と一応上司に伺いを立てた所、目の色を変えて怒られた。
 本田に振られて捨て鉢になり、本田に良く似た女性を集めまくって厭世観に浸るつもりだと
思われたらしい。
 あんまりと言えば、あんまりな誤解に、アドナンはそれはもぉ、本田とのらぶらぶっぷりを
これでもか! と言うほどに惚気てやった。
 悪かった! と最後は耳を塞いでげんなりして見せた上司だったが、ハレムは菊に見せる
為に開きたいのだと告げた途端。
 何故、それを一番に言わない! と速攻で元気を取り戻した。
 上司もトルコに多い親日家の一人だ。
 本田のファンでもある。
 彼がトルコの宗教美術に造詣が深いのも、何時でも興味津々で建築物などを見て回って
いるのも知っていた。
 何より上司自身一緒に回った事もあるくらいだ。
 最初は、本田の日本人らしい風貌とその気質が気に入ったようだが、自国の文化に恐ろしく
通じているのに至って惚れて込んでしまったようだ。
 アドナンには内緒で、こっそりと遺跡を案内した事もあるのだから筋金入り。
 さっさと議会を通して、予算まで組んでしまうのだが、ありがたいやら、さすがにどうか
と思ってしまうやら。
 やり手の上司なので、きちんと回収する手立てをしているのは間違いないのだが。
 ハレムを観光客に開放して新名所にしようとか、言い出さないか心配だ。
 「サディクさんは、昔。艶福家だったと伺いましたけど。そう考えますと、こちらのハレムは
  少々規模が小さいのでは?」
 「艶福家って、お菊さん! んな、手前も忘れた黒歴史を誰に聞きやした!」
 「え? ハーク君とグプタさんに」
 「あんの、クソガキにクソジジイが!」
 「と、言う事は。本当に艶福家でいらした?」
 本田の口調の、トーンが変わった。
 おお! 珍しい。これは、妬いてくれてるらしい。
 「正直にいいますがねぃ。惚れた女はいましたぜ? お菊さんだって。共に生きたい、そして
  逝きたいと思った相手の一人や二人。いやしたでしょう?」
 「ええ。おりました。私も若かりし頃は結構、情熱的だったんですよ。色々仕出かして、当時
  の上司に隔離されたこともありましたっけ……」
 遠い物を見る目は、誰を思い出しているのだろう。
 物悲しい風情が似合う本田だが、今もまたその切ない表情は彼を事の外艶っぽく見せた。
 「それこそ、こちらのハレムのように。何人かの女性を囲ったこともありました」
 「……あんたに愛されたんだ。皆幸せに逝ったんだろうねぃ」
 「……貴方の愛こそ情熱的ではないですか。きっと皆さん満たされたんでしょうね」
 「ところが、ね。これが、そうでもねぇんですよ」
 昔から惚れる女は、惚れてはいけない女ばかりだった。
 貞淑な人妻を浚って、無理やり体を開かせて、幾人自刃にまで追い込んだ事か。
 死にはしなくとも精神を病む女も数多いた。
 誰にでも微笑みかけるのに、アドナンにだけ怯え、罵声を浴びせ、挙句に狂ってゆくのだ。
 帰して下さい! 戻して下さい! 何でもしますから!
 と言う、当時の女達の呪詛がまだ、そこかしこに潜んでいそうだ。
 何でもするからと言う癖に。
 決して。
 愛してはくれない女達ばかりが好きだった。
 長く、それが国の化身として生まれてしまった業なのだろうと思っていた。
 本田に出会うまでは。
 「お菊さんに出会うまで、俺は。好きになってはマズイ相手にばかり惚れ込んでやしたから
  ……彼女達にとってここは、牢獄でしかなかったんでしょうなぁ」
 「そんな事はありませんよ。だって、ここは。陰惨な匂いがしやしませんもの」
 袖口で口元を隠して、しかし眦をやわらかく撓ませて笑みに似た表情を晒しながら、本田は
歌うように言葉を続ける。
 「貴方がここへ囲った女性達が本当に絶望していたら。ここには怨念が篭っているでしょう。
  魂鎮めを行っても。どんなに長い時間封印したとしても。人の悲しみや憎しみは強い。
  そして、それは生半可な事では消えやしません」
 日本でも、そういう場所は幾つもありますから、と本田は大きく腕を広げる。
 空に惑う魂を慰撫するような動きに見えた。
 「悲しみは感じますけど。憎しみは、然程」



                                    続きは本でお願い致します♪
                              今回のオタ菊は、オタ要素が薄いです。
              そして、自分でもなんだそりゃ? と言う不思議設定になりました。
                             どうしてでしょう。うぬー。



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