古兵


 俺が人外の者だと知って驚かない人間は意外な数いたものだが、その後の
態度が変わらない人間はかなり少なかった。
 随分と長い間一人で生きてきたが、ここまでお人よしの人間にまとめてあっ
たのは久し振り…もしくは初めてかもしれない。

 酒が切れたので、億劫さを堪えて長屋の外へ一歩足を踏み出した所で。
 「犬神…さん?」
 「これはまた。不思議な所で会うな」
 そんなお人よしの一人と珍しいところで会った。
 「近くに、口の堅い刀鍛冶屋があるので、そちらに足を運んでおります」
 「鬼哭村には支奴だったか、嵐王だったかがいただろうが」
 こんな俺の性分を諸ともしない筆頭の龍斗が、そんなことを……言っていた。
 「はい。あの方にやっていただくのが一番なんですが。あまり…妖刀とかか
  わるのはどうかな、と思いまして」
 「なるほど心配なわけだ」
 今となっては悪評高い新撰組に先ごろまでいた男は、鬼哭村に住まう人間
特有だろう大仰過ぎるくらいの、仲間に対する思いやりを持っていた。
 目の前にいる壬生は無論、鬼哭村の人々が鬼と恐れられていた時代こそ
がおかしいと、そう思わずにいられないほどに。
 「仲間…ですから」
 新撰組を捨てたという負い目があるのか”仲間”と口にする声は、気をつけ
ていればわかる程度には憂いを帯びたものだった。
 「……貸してみろ」
 本人の許可もとらず壬生の肩越しにすっと村正を抜き取る。
 「え?」
 本来ならばそう簡単に抜けることはないのだろう。
 異形を切りまくっても眉すら動かさないと云われた男が、間抜けにも大口を
開けている。
 「見事な……刀だな」
 実際手にした人間だけがわかるその溢れんばかりの霊力は、さすが妖刀と
頷かずにはいられない。
 「犬神さん!」
 これまた珍しい風情の慌てた壬生が、俺の持つ刀に手を伸ばす。
 「俺は、平気だ。…だから壬生、安心しろ」
 人ならば喰らいつくされてしまうとしても。
 狼の長い寿命を持つ俺にとっては、どうということもない。
 妖刀に魂を吸われたくらいで死ねるほどのやわな存在だったなら、遥か昔
に死ねたところだろう。
 「魂が削られても、それが俺の存在を脅かすことはないからな」
 壬生の頬がうっすらと赤く染まる。
 長く妖刀を使っている胆力があり、新撰組随一といわれた剣の腕もある。
 ましてやあの龍斗が”対”にと、選んだ男。
 俺が村正に魂を喰わせても、何も失わなくてすむのだということを正確に
把握したようだ。
 「凄い、ですね」
 慣れたしぐさで俺が手渡した村正を、背中の封印が施された鞘の中に収
めながら感心した色合いを乗せた瞳が眩しいものでも見るように細められ
た。
 「凄いのはお前のほうだろう?俺は人狼だが、お前は人だ」
 「魂がありませんから…かろうじて扱えるだけです」
 「でも、心はあるだろう?人を殺めて辛いと悲しいと思う心は持っているは
  ずだ。それに…」
 村正を握ってみて、切実に気づかされた。
 「お前は村正に認められている」
 天下に名を馳せる妖刀が、一介の人を認めるなど皆無に等しい。それほ
ど妖刀は人という存在を侮っている。
 「……非常に、珍しいことだ」
 人を切った数では他の妖刀に勝るとも劣らない村正が納得するほどの器
量が、壬生には間違いなくあるのだ。
 だいたい、俺がこんなことを思って、わざわざ本人に云ってしまうあたりも
なかなかに稀有なことだ。
 時諏佐あたりが見れば目を丸くするに違いない。
 「ま、そいつを使ってとっとと終わりにするんだな。首尾良く片がついた日
  には、そうだな…蕎麦でも奢ってやるさ」
 俺が人に物を奢るのなんて何年ぶりだろうと、頭の片隅で考えながらも告
げる。
 元来人に懐かない壬生の笑顔はなかなか凶悪なものなのかもしれない。
 人を、俺を動かすという点では。
 「酒を組み交わすわけはないのですね?」
 「子供相手じゃあ、な」
 「貴方の手にかかると、俺は子供になるんですか」
 普通なら不機嫌にもなりそうな言葉に、壬生は嬉しそうに声を立てて笑う。
 「では、酒は俺が奢りましょう」
 「ああ、旨い奴を選んでくれ」
 俺との約束がそんなにも心に届くものだったのか、俺が背中を向けるまで
壬生の顔は微笑み崩れたままだった。
 
 奴らがやろうとしていることは、無謀に等しいものだと、多少縁を覚えるよ
うになった今でも思う。
 それでも生きて帰って欲しいと思うのは、俺自身も驚く変化だ。
 だいぶ奴らの真摯な”おきらく主義”というものに毒されたのかもしれない。
 何もする気はない。
 手伝おうとは微塵も思わないが、それでも無事に帰ってきて欲しいと願うく
らいには。

 帰ってきた奴らに暖かい蕎麦を奢ってやるのも悪くはないと…思ってしまう
程度には。


END






*犬神&霜葉。
 ゲーム上だと全くつながりがないのが
 ちょっと悲しかったので書いてみました。
 もそっと犬神氏は淡々とした感じが出したかったなーと。

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