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  幻痛(ファントム・ペイン)



 僕が会得した忍術には、色々なものがある。
 代々受け継がれてきた飛水流忍術の秘伝書にある忍術の、ほとんどを扱う
ことができた。
 幼い頃からの修行は過酷を極め、今日でも鍛錬は怠らない。
 基本的に忍術とは、忍ぶ為の術だ。
 本来はそんなアクティブなものでもないし、ましてや。
 何も知らない一般人に向けて発動させるものでもない。
 そう。
 例えばそれが、似たような業種についていて、忍者というものを実際に良く知
りえた人間に対しても、だ。
 それを、いわば忍者にとって最高峰の禁忌の一つである鉄則を破ろうと思っ
たのは、僕が既に狂っていたせいかもしれない。
 
 「翡翠ちゃん。ちと相談に乗ってくれよ」
 僕の都合なんて考えもせずに、ふらりと骨董屋の暖簾をくぐった龍麻にお茶
を出してやった。
 一応最高級と言われた玉露の、それも芽茶しか飲まない龍麻のため、わざ
わざ取り寄せて、しかもぬるめに入れてやるなんて、僕もたいがい宿星に縛ら
れている。
 そう。
 玄武が、黄龍に逆らうなんて、本来はありえないのだ。
 「翡翠ちゃんとなど、呼ばなければ相談に乗ってやってもいいけども?」
 お茶請けは、虎屋の和菓子。
 老舗の和菓子屋が出しているのは何も羊羹だけではない。
 僕はここの、あんまり甘くない葛を使った水菓子が気に入っている。
 季節限定の青梅がふんだんに使われた羊羹は、酸味が爽やかで品も良い。
 龍麻にひと口でほおりこまれてしまい、ふう、と肩を落とす。
 「じゃあ如月様?」
 「様もいい」
 「何だかんだいってワガママさんだよな。如月って」
 「誰に我儘と指摘されても、君だけには言われたくないね、黄龍」
 「せっかく紅葉に負けないくらい、綺麗な顔してんのに。おっかねー面するなっ
  て、玄武」
 紅葉と、龍麻の口から僕の想い人の名前が出ると、いつも堪えきれない嫉妬
を覚える。
 自分の感情を押し殺すのには長けた方だが、紅葉絡みの話になると必要以
上に熱くなってしまうのには、我ながら困ったものだ。
 「……あいかわらず、紅葉ラブって奴だな?」
 他の誰にも気づかせてはいないが、龍麻の目だけは欺けない。
 「君に負けない程度には、好きだね。愛しても、いるよ?」
 「そいつぁ残念だ。紅葉は俺だけが特別だからな」
 僕が黄龍と玄武の関係で、主従を強いられるならば、紅葉は双龍の関係で、
対等を求められる。
 もともと人馴れしない性質だったが、双龍は別らしい。
 龍麻の我儘を苦笑して聞き届けながら『対だからね。仕方ないんだよ』と穏
やかに目を伏せる様は、どう見たって嫌がっているようには見えない。
 「僕も別格だよ。君とベクトルは違うけれども」
 仕事のできる上司のように、できの良い兄のように。
 紅葉は、紅葉なりに僕を慕ってくれる。
 龍麻の知らない紅葉の秘密も僕は知るだろう。
 「でも、お前の望むようにじゃねえわな?いっくら翡翠ちゃんが外道でもあん
  なに懐かれちゃあ、手は出せないだろうが」
 「出す必要もないさ。SEXなんざ、子供の繋がりでしかない」
 「言うねぇ?紅葉に聞かせてやりてーわ。ブラック如月降臨中ってな感じでよ」
 SEXしたいなんて、そんな生易しい感情じゃあない。
 紅葉が僕しか見なければいいのにと。
 見えなくなってしまえばいいと、真剣に思う。
 「でも、君は言わないだろう」
 「まあ、な。俺みたいなの相手にしてるんじゃあ、逃げ場はいる。お前ならうっ
  てつけだからな」
 この男の凄いところは、己の紅葉への執着が強すぎるのを知って、僕とい
う逃げ場を作ってやったことだろう。
 嫉妬にかられて、手酷い行為に及ぶなんてのは日常的にあるらしいが、そ
れでも紅葉が僕の元へ逃げ込んでくるのを止めようとはしない。
 何だかんだいっても度量が半端なく広い。




                                 
如月の〜紅葉への執着は〜半端ないんです。
                                           っていうお話なんですけどね。
                             そこまでするかなーってネタを練りながら唸ってます。




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