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 鋼鉄の温もり


 突然降って来た雨に、私は肩で大きく溜息をつく。
 「ついていない、な」
 これでは、発火布による焔の攻撃は、できない。。
 私は一応携帯している銃の様子を確認しながら、雨が降り注ぐ空を仰いだ。

 使えない訳ではない、少なくとも仕官学校時代の射撃訓練ではトップクラスだったから。
 ただ、階位が上がるにつれ。
 優秀な部下が増える度とに。
 銃を使わなくなっていった。

 何せ私の部下には、長距離&短距離の二強がいる。
 長距離射撃の腕は、既に神業とまで言われ、中央司令部でも知らぬ者はいないホークアイ
中尉。
 短距離専用銃をしかも二丁同時に扱い、特攻の役目を果たすハボック少佐。
 本来特攻は、先陣切って路を切り開く者。
 打ち漏らせば後に続く物が始末すればいいだけだ。
 正確さは求められない。
 なのに奴の射撃は恐ろしく正確だ。
 どんなに激しい銃撃戦の最中でも、相手を完全にスコープの中央に捉える事が出来る。
 二丁分の弾全てを撃ち尽くす中で、ジャムり(弾詰まり)でもしなければ、全てを急所に必中
させるのだ。

 しかも、この二人。
 妙に私に甘く、前線に出したがらない。
 手柄が持っていかれるとか、他の部署なら当たり前だけれども寂しい理由では勿論なくて。
 前線に居ればそれだけ被弾率が高いから。
 私が怪我するような被害を受けてしまうのを、心から心配して。
 何時でも、どちらかが私を完璧に護ってくれていたのだが。

 珍しくも二人から引き離されてしまった。
 背中に常に感じる鷹の目線も、隣に立つ犬の体温も感じなくなって既に一時間以上が経つ。
 しかも、敵さんはじりじりとその距離を縮めていた。
 私から鷹と犬を引き離すのだ、手慣れなのだろう。
 が、激しすぎる殺気を多分に含んでいるので、その気配は丸解りだった。
 優秀なテロリストとはいえない、失態。

 まぁ、テロリストといっても自分達の主義主張が明確に有るのは、人として悪くはない。
 悪くはないが、それが軍の規律に抵触するものならば、排除するしかないのが、現実。
 悲しいかなアメストリスは軍事国家だ。
 
  「うーん。全員生かせるかなー」
 銃で応戦しても殺す事ならば可能だろう。
 手馴れている方が、殺しを割り切っている方が、絶対的に強い。
 世に犯罪者として名高い罪深き罪人でも、私が殺した人間の数には遠く及ばないし、今の
私に殺しを躊躇っている暇はない。
 一息の元に殺すのは、そんなに難しいものでもなかったりする。
 「でも、生かすとなるとなぁ?」
 これが、難しい。
 最悪、何人かが残れば尋問は出来るし中央へのメンツも立つ。
 どんなに上手く立ち回った所で難癖つけられるのは目に見えている。
 いっそ、その方が楽なのだが。
 「約束、してるんだよな……」
 額に、こつんと銃をあてる。
 ひんやりとした鋼の冷たさと、無機物特有の物言わぬぬくもりが伝わってきた。
 私の大切な恋人が持つ機械義手と同じ冷たさと、ぬくもりに、私は淡く微笑を浮かべる。
 
 今だ遠い場所で、禁断の術を捜し求めて放浪している少年と、約束をしていた。
 誰の血であっても、極力流さないようにと。
 鋼のは大切な肉親を、私はあまりにも多くの人間を殺した。
 殺さない事が贖罪にならないのは、当たり前の定理。
 けれど、罪は重ねる度に重くなってゆくもの。
 これ以上罪を重ねない強さを持って、お互いの目標に挑もうと、誓った。
 「君の方が、全然大変なんだからね」
 十年に一度の天才と呼ばれる鋼のとそれ以上の天才とも囁かれる弟を持ってしても、彼ら
の望みが達せられる可能性は低い。
 それでも、何時か遂行して見せると、唇を噛み締めるのだ。
 私が、この程度で、躊躇していては示しがつかないだろう?
 上官としても、年上の恋人としても。
 
 「発火布が使えなくとも、錬金術が使えるって。焔を操れなくとも、人など簡単に殺せるって、
  私が……そんな人間だなんて」

 テロリスト達は、知らないのだ。

 そして、知る機会もないだろう。
 
 生き延びても永遠に鉄格子の中。
 自分達の正義の為に屠ってきた命へ、償いをしねければならない。

 何時か、私も……。
 頭に巣食う暗い思考の淀みを、大きく首を振って払った。

 「…死んで許されるなんて、思うなよ!とか、君は言いそうだよね?」
 弟と元通りにして、母さんの代わりに長生きするのだと、涙を堪えながら笑って見せた。
 強くて、イトオシイ、存在。
 「心配しないでも、私には死も……生も許されないと思っているよ」
 私と君が背負っているものは、違う。
 君はそんな事を百も承知で、私と約束を交わしたのだろうけれど。
 
 人の気配が一番濃厚な場所に、弾を一弾だけ撃ち込む。
 瞬間、小さく散った火花を拾って、発火布を擦る。

 どおおおん。

 建物の崩れる音と、驚きにうろたえる無数の気配。
 そして背後に鷹の目の気配と、久しぶりに会う飼い主を見つけた時の勢いで、飛んでくる
ように近づいてくる犬の気配。
 
 「ただこうして、君を感じて、正気に返ることぐらいは許して欲しいものだね?」
 銃の感触で、君を思い出すくらいは。
 そんなセンチメンタルな感情を、素直に告げる事はきっと一生ないけれど。
 銃を握る度に思うよ。

 君に会いたいなって。

 こんな、時と場合も考えずにね。

 「無事っスか!大佐」
 足元に滑り込んでくるハボック少尉を、ついつい鋼のを考える余韻に浸った瞳のままで見
やってしまった。
 はわわ!と慌てた少尉は、私の身体を引きずり倒すようにして、怪我でもしたのかとぺた
ぺた触ってくる。
 その、余りの必死さに、私はしみじみ場違いな事を考えていたのだと思い知らされて。

 もう一度だけ、深い溜息をついた。




                                       END




 *どこが、ヒュロイ前提なのかと小一時間問い詰めたい!
  むしろハボロイなんじゃあ?と思うのですが、
  一応ロイにとってヒューズは格別な親友で、ハボックは格別な部下で
  エドは格別な恋人なんです(汗)




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