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 手をつなごう


 「……ああ、このドレスにして良かった!」
 ぱん! と掌を打って大喜びしているのは今日の主役の一人。
 「……リザ? 白いドレスは花嫁のものだよ?」
 私達の結婚式ですから、私達が選んだ衣装を着て下さいね! と言われたので、外へドレスを
買いに行く気力など到底ない私は、気軽に頷いたのだが。
 「いいえ。貴方の物です! 貴方以外の誰が似合う色だというんですか!」
 「でも……」
 「まぁまぁ、ロイさん。リザのドレスも純白ですし、デザインがかなり違うから、そんなに
  印象はだぶらないですよ」
 長い髪の毛を結い上げたリザとは対照的に、私の髪の毛は、本日もう一人の主役の手に
よって丁寧に梳られた後ろへ綺麗に流された上で、ティアラが乗せられている。
 真珠とダイヤモンドとプラチナで作られた繊細なデザインは、女性の大半が憧れるだろう
逸品。
 出資は恋人のエドワードで、セレクトはハボックとリザの二人。
 「しっかし、ロイさん。無茶苦茶大事にされてますね! 調子を崩してるっていうから、
  心配してました。今撫でただけでも最高の髪艶だってわかりますよ。 健康な証拠です。
  その日限りの手入れじゃあ、こんなに綺麗ではいられないですしね」
 特別な日だから! と久しぶりに私の側に侍れる機会を得た二人のスキンシップは半端
ではない。
 ハボックは、己の頬を私の頬に擦り付けながらゆったりと微笑む。
 上着こそ着ていないが、初めて目にするガンホルダーを兼ねない純粋なサスペンダー姿を
披露するハボックは、リザと私が大好きなオールバック。
 人懐こい眼差しは、私のすさんだ心を何時でも癒した。
 「本当。エドワード君は料理ができないから、心配しました」
 「やっぱり体の基本は料理と睡眠で培われますからね」
 「最近は簡単な物なら手作りもしてくれるよ?」
 「所詮は素人レベルです。せっかくお金があるんですから、そっちを上手く使ってほしいわ。
 まぁ、自分の手料理でロイを喜ばせたいっていう気持ちは良くわかるけど。ねぇ、ジャン?」
 「全くです! て、言うか!」
 ハボックは、髪の毛をセットし終えたのか、そのまま背中から抱きついてきた。
 抱きしめられているのだが、抱きつかれているという印象の強い所作だった。
 「ロイさんのご飯、毎日作りたいです」
 「お前……仕事はどうする?」
 我ながら、突っ込みどころがそれか? と思う返答をすれば、膝に頭を預けて座り込んで
いたリザが、ぱっと顔を上げる。
 「大丈夫です。私が稼ぎますから! 女性としても軍人としても、私はかなりの出世頭だと
 思いますよ?」
 顔全体を喜色で染めて勢い込んで話しかけてくる。
 「リザまで……」
 確かにリザほどの出世頭はいないだろう。
 祖父は高年齢だが大将の職に就き、大総統であるエドワードとも旧知の仲だ。
 更には、神業と呼ばわれるレベルの狙撃の腕を保持している。
 比較的は日々が続いているが小競り合いは多いし、テロリストの跋扈は変わらない。
 常に重宝されるスキルの持ち主だし、事務能力や統率能力もずば抜けている。
 女性でここまで、仕事ができる兵士は稀有なのだ。 
 「俺、奥さんと愛する人の為に、毎日ご飯作りたいです!」
 「普通は奥さんが愛する人、じゃないのか」
 「大丈夫です。ロイさんの事は別格。奥さん公認ってーか、奥さんの方がロイさんラブだし」
 「ええ。誰にも負けないわよ! それこそエドワード君にもね!」
 大総統府で未だに足止めを食らっているエドワードは、今頃くしゃみでもしているだろう。

 「……しかし、良かったのかな。こんな小さい規模の結婚式で……」
 「いいんです! お爺様も納得してくれましたよ?」
 今日、エドワード邸で開かれるハボックとリザの結婚記念ガーデンパーティにも招待されて
いるらしい。
 一見して好々爺のグラマン大将は、エドワード君は僕の言う事を本当によく聞いてくれるしねぇ、
大総統にでもなった気分だよ? と共犯者めいて笑う、できた方。
 死ぬまで引退をせず、エドワードを助けてくれると電話をくれた、懐の広い御仁は孫の我侭に
寛大だ。
 「うちの両親も快諾でした。おえらい軍人さんに囲まれたら、料理も食べられないじゃないの!
  ありがたいわぁ……だそうで」
 「君の両親もいらしてるのか」
 「……お嫌だったです?」
 途端、きゅうううん、と悲しそうな泣き声すら聞こえてきそうな、縋る眼差しのハボックの頭を
苦笑して撫ぜる。
 「馬鹿。逆だ。何時か、ご挨拶をしなければと思っていたからな。渡りに船だ」
 「本当ですか! 良かったぁ」
 ぱああっと、今度は後光が差したと表現したくなる華やかな笑顔を浮かべられた。
 ころころ変わる表情の変化をこっそり楽しんでいたら、リザが私の手の甲を優しく撫ぜてくる。
 「……本当に、呼んでも良かったんですか。ヒューズご一家」
 「いいんだ。奴の事。招待しなければきっと押しかけてくる。グレイシアやエリシアがいれば、
  ヒューズも無茶はしないだろう」
 「あの人、まだ。あんたから、大将を引き離そうとしているんですよ……」
 キング・ブラッドレイ元大総統閣下との死闘の際。
 私は彼を打ち倒す最後の最後に呪われた。

 その身体では、さすがに大総統にはなれまい? 
残念だったな。ロイ君。
 はっつはっつはっつは! 
 と、高笑いをしながら、己の首をその手で持った一対の剣で掻っ切って自決したその様は、
敵ながら見事としかいいようがなかった。
 
 ブラッドレイの呪いは、私の身体を女体化させるというものだった。
 身体が引き千切られるような痛みに耐え切れずその場に昏倒し、起きた時には、既に。
 完全に女体化していたのだ。
 クーデター後に大総統が自害したともあれば、国は混乱を極める。
 アメストリス歴史上初の女性大総統を立てるには、情勢が不安定すぎた。
 だから私はエドワードに懇願したのだ。

 こうなった以上、私は大総統閣下にはなれない。
 だが、大総統閣下に一番近い位置に居ると自負する私が、お願いする。
 君に大総統になって欲しい。
 私に出来ることであれば何でもするから。
 と。

 エドワードは、数秒の沈黙の後で、静かに言った。

 アンタが俺の女になってくれるなら、引き受けても良い。

 耳を疑った。
 無駄に瞬きを繰り返して絶句する私に、エドワードは噛んで含めるように繰り返したのだ。

 ロイ・マスタング。
 貴方が俺の伴侶になると承諾してくれるのならば、俺……私。
 エドワード・エルリックは大総統に任命されよう。

 ……と。

 考えさせてくれと言いかけた唇は固まって、代わりに出てきた言葉は掠れて聞き取れぬ
くらいの囁き。

 愛人なら、良いよ。
 君が、大総統に相応しい女性を正妻に迎えてくれるのならば、私は君の女に。
 愛人になろう。

 盛大に眉根を顰めたエドワードは、これもまた数秒間思案した後に笑って頷いた。

 了解した。
 アンタが俺の愛人に納まってくれるんなら、俺は大総統になるよ。

 そうして、契約はなされたのだ。




           
            そんな前提があっただなんて、前作を書いてる時は、知らなかったよ、自分。




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