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 牛乳


 俺は大佐が好きだ。
 大好きだ。
 ぶっちゃけ、めろめろだ。

 だけどな?
 好きだからって、耐えられんコトもある。

 「……大佐。ナニコレ?」
 「何これって。クリームシチューだよ」
 違う。
 これは絶対クリームシチューじゃない。
 ミルクシチュー。
 もしくはミルクスープだ。
 じゃがいもが生煮えっぽいのも、にんじんがじゃがいもより大きく切られているのも、さやいん
げんの筋取りがなっちゃあいねーのも、ブロッコリーがぐずぐずに煮崩れてるのも、白菜は
根っこより葉っぱを大きく切れよ!とか、肉入れて!肉!ってー具材に関する文句は、この
際言わないで置いてやる。
 これが俺の愛だ。
 深いだろう?
 じゃなくて!
 「ホワイトソースの作り方って知ってんの?」
 「ホワイトソース?」
 「食材に牛乳入れただけじゃ、クリームシチューになんないんだぜ」
 「失敬な!出汁も取ったしローリエも入れた」
 「それ、ホワイトソースと関係ないし」
 「……そうなのか?」
 指摘されて、首を傾げている。
 ちゃんと初心者向けのレシピとか読んで、作ってくれたんだろうか。
 「ホワイトソースってーのはな。牛乳の他に、塩コショウと小麦粉とバターがいるんだ」
 「……塩コショウは使ってる」
 ってーことは、肝心のバターと小麦粉が入ってない訳ね。
 ミルクスープ決定。
 「ごめん……じゃあ、これは鋼のが食べられるシチューじゃないんだな?」
 あんまりにも悲しそうなので、うん、と頷けない自分がいる。
 「私もさすがにこの量は一人で食べられないから……誰か呼ぶよ」
 「誰かって?」
 「中尉とかハボックとかブレダとか」
 「フュリー曹長とか、ファルマン准尉とか?」
 「ああ」
 ……俺が食べられないのに、マスタン組の奴等は食えるって?
 「ああ、でも私の手料理って言ったら中尉以外は拒否されるかもしれないなぁ」
 「中尉?」
 「そう。彼女は何故か私が料理をする事を、妙に買ってくれてね?評価は厳しいが、きちんと
  全部食べてくれるんだ」
 「……ふーん」
 まぁ、中尉は大佐が大好きだしな。
 大佐の頑張りを褒めるのは趣味だしな。
 でも、他の奴等だって絶対食べると思うぜ。
 何だかんだ言って、皆アンタにめろ甘なんだから……しまった。
 腹立ってきたぞ。
 「鋼の?」
 「食べる」
 「え?大丈夫なのかい」
 「大丈夫かどうかは、食べてみなければわかんねーよ」
 「では、スープ少なめでよそるよ」
 いそいそとシチューを更に盛り込む大佐の顔は、隠し切れない喜びに溢れている。
 ああ、可愛い。
 
 しかし、どこが少なめによそってくれたんだろう?と突っ込みを入れたくなる大盛りのスープ皿
を目の前にすると、無意識に溜息が出た。
 や。
 間近で見ると迫力倍増なんだ。
 これがまた。
 「……鋼の?」
 「あ?」
 「……エドワード?」
 「んだよ」
 「やっぱり無理しなくていいよ」
 そう言った大佐は、寂さを滲ませてせっかく出してきた皿を、そっと下げようとする。
 「ちょ!ちゃんと食べるってば」
 「や。そんな切ない顔……初めて見たし」
 どんな顔してんだ、俺。
 「……大佐」
 俺は必死にスープ皿の端を引っ張りながら、これだけは聞いておきたかった事を聞く。
 「アンタさ。まさかとは思うけど味見してないんじゃあ?」
 「……」
 その沈黙が何よりの肯定だよ!
 っつーか、自分の料理下手を知ってるんだから、味見しろ。
 まー、した所でどう直していいかわからないから、無駄なのかもしれないが。
 「次はちゃんと、味見しろよな?」
 「……ん……」
 何とか皿を奪い返して、ぱんと手を叩く。
 「いただきます!」
 気合を入れて、じゃがいもとスープを口に入れた。
 じゃり、と大佐にも聞こえたんじゃないかな?
 生煮えのじゃがいもを齧る音。
 「……エド?」
 なんつーか、こう。
 美味いまずいのレベルじゃなかった。
 粗食には慣れている俺でも、かなり厳しい風合いだ。
 しかし、一度手を付けてしまった以上、残すのは忍びない。
 何せ、大佐が俺が好きだろうって、一生懸命作ってくれたんだしな。
 俺ってば、男前だ!
 と、一人こっそり自画絶賛しながら、スープ皿をがっきと掴んで持ち上げると、そのまま
ずろろろろっと中身を一気に咀嚼する。
 じゃり、しょり、ぐにょぐにょっと、凡そシチューを食す時に出るはずのない擬音のオン
パレードを披露しながら、俺はどうにか一皿のシチューを攻略した。
 拷問だ。
 うん。
 感想はその一言に尽きた。
 「ごめんね。鋼の」
 そっと目の端に指先が伸ばされて、何と!
 俺はあまりのまずさに、目の端に涙を浮かべていたのを知る。
 「いや……努力は認める。努力は、な…次回に期待するよ」
 「うん。ハボにでも手伝ってもらう…」
 本当は誰にも手伝って欲しくないが、大佐一人に任せていたら、美味なシチューに
ありつける日は永遠にこないだろう。
 俺のレシピを教えたい所だが、時間が取れそうにもない。
 アルの身体が、戻るまでは。
 戻ったら二人で、作るのもいいがな?
 「大佐」
 「なんだい?」
 「デザートで口直しする」
 「用意してないよ」
 「これで十分だ」
 俺はしょんぼりしてしまった、大佐の首根っこを掴むとぐいと引き寄せて口付けた。

 うぁ……甘い。
 すっごく、満たされる。

 先刻のシチューの凄まじさなんかすっ飛んだ。
 
 「鋼の?」
 「うん。デザートは最高」
 「もっと食べるかね?」
 「ベッドの上でゆっくり頂きたいね」
 「わかった…でも、その前に」
 大佐は不意に気合を入れると、俺同様に、スープの皿を一気に飲み干した。
 今更の味見をしようと思ったのだろう。
 そーゆーとこ。
 案外と律儀な人だよ。
 ごっくんと喉仏が蠢いて、数秒後。
 「……私も、デザート」
 「あいよ」
 複雑な顔をしながら、唇が近付いてきた。
 どんな理由であれ大佐から重ねられる唇が嬉しくて、歯を割って舌を絡めて吸い上げる
ディープなキスをすれば、濃厚ミルク味。
 
 嫌いなはずの牛乳も、大佐とちゅうしながらなら飲めるかなぁと、お馬鹿な事を考えながら、
口直しのデザートを欲しがる大佐が満足するまでミルク味のキスに付き合った。




                                                         END




 *大佐の料理下手は公式設定でもありますが。
  やっぱり外食ばかりじゃ駄目だよなぁとか、思って。
  鋼のには家庭の味が必要だよなぁとか、考えて。
  一生懸命作ったようです。
  そして後日談。
  『どうしたら、シチューをこんなにまずく作れるのでしょうね』
  とハボックに首を傾げられて
  益々途方に暮れる大佐がいるのです。
                                                   2008/07/06




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