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 どっちが大事?


 今日この瞬間まで、自分がそんな言葉を口にするほど女々しい男だとは思ってもいなかっ
た。
 「なぁ、エドワード。アルフォンス君と私とどちらが、大事かね?」
 言った瞬間。
 馬鹿な事を言ったものだと、内心で派手な舌打ちをした。
 この手の睦言を好まない、幼い恋人だと重々承知していたから。
 しかし、彼は。
 私の顔を真っ直ぐ見て、数回ぱちぱちと瞬きをした後に。
 思考に沈んだ。
 「……鋼の?」
 ぶつぶつぶつと、そう。
 ちょうど論文の締切が切羽詰っている時のように。
 何かに追い詰められて時にする、必死さだった。
 私は彼を追い詰めるつもりなど、毛頭なかったというのに。
 「えーと。あの? 鋼のっつ! そんなに深く、考える事でもないんだよ? ほんのじょうだ
  ……睦言なんだから」
 「……嘘を吐け」
 け! と舌打ちされた。
 苛立たしげに髪の毛をがしがしと掻く。
 それも機械義手の方で。
 関節の幾つかに髪の毛が入り込んで、引き抜いてしまったらしい。
 もう一度舌打ち。
 私は、彼の義手を手に取って関節に嵌っている髪の毛を、爪の先で丁寧に取り除いてゆく。
 「負い目があるから。アルフォンスの方が大事」
 「エドワード」
 「負い目がなかったら、あんたの方が大切。たらればはないってわかってる。現時点で俺は、
  間違いなく何があっても選ばなきゃいけない時には、アルを取る……」
 義手に触れていた私の手の甲に、生身の手を乗せて。
 「でも。敢えて言うよ。俺があいつを巻き込んで。あんな身体にしちまったっていう、負い目が
  なければ。俺はアンタが一番大事だ」
 「……すまない」
 「? なんで謝るんだ。俺はさぁ。嬉しいぜ。なんかさ。普通の恋人同士みてーじゃん。『私と
  弟君、どっちが大事なのよっつ』みたいな?」
 おどけて女の子の声真似までして見せるが、言葉はどこまでも真摯だ。
 「いい年して。やきもち、焼いた」
 「うわー益々嬉しいかも。アンタがそんなに素直なんてねぇ?」
 「らしく、ないってのは。わかってる」
 何時も年上らしく振舞ってきた。
 一度甘えたら際限がきかなくなってしまうのが、わかっていたから。
 己の本質が、甘えたなのだと自覚して久しい。
 「だーかーら。んなに、卑屈になるなって。俺は嬉しいっつてんだろ?」
 胡坐を掻いた彼は、私の腰を抱き寄せてその太ももの上に座らせる。
 「俺はね。基本兄貴属性なの。誰かを構い倒す方が楽な性分なの。だけどさぁ。アル相手
  だとあっちの方が出来良いし、包容力あるし。なかなか、できねーだろう」
 高い位置にある私の顔を引き寄せて、髪の生え際にキス。
 そのまま首に回った指先が、優しく耳の裏を擽った。
 「だからさ。恋人のアンタが甘えてくれると、構い甲斐があって嬉しいし、楽なんだぁ」
 楽だと言われて、怒る者は多いだろう。
 軽んじられている風にも聞こえる。
 けれど。
 私は鋼のが、日々。
 どれだけ追い詰められているかを知っている。
 楽をするのを許さない所があるのだ。
 だから、彼にとっての楽は、最大の甘え。
 甘やかすのが大好きな恋人に甘えられて。
 嬉しくない者など、いやしないだろう。
 「私も、今は。君より野望が、大事だ」
 「そうきたか!」
 「うん。でも、何時か達成して。絶対に遂行して。君を一番大切にするから……その、時は」
 「おう! らぶらぶ馬鹿っぷるになろうな!」
 アルフォンス君や、私の部下達から見れば、今でも十分な馬鹿ップルぷりらしいのだが。
 私にして見れば、まだまだ足りない。

 言葉で満足してしまったのだろうか。
 珍しく鋼のは、情欲を乗せないキスを飽きもせずに繰り返して、私の身体をゆらゆらと揺ら
す。
 眠りを喚起させる揺れに、私は身を任せて至福の溜息をつく。

 完全に落ちる寸前に聞こえた。

 『俺、頑張るからさ』

 という、言葉に。

 『そんなに、頑張らなくても、いいんだよ?』

 と。
 答えてやれなかった事を、少しだけ。
 目が覚めて、既に鋼のの姿が見当たらないのを確認してから、後悔した。




                                       END




 *男前な攻めが好きです。
  年下だと、その楽しさは二倍三杯になります。
  でもって、甘えたな受けが好きです。
  甘えちゃいけないんだよなーと、普段は節制していて、時々。
  箍が外れる、みたいにな設定に萌えます。

  短い分ですが、ぎゅうっと萌を詰め込みました。           2009/05/27




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