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  Adoration


 「……カメリア?」
 確かにそれは、冬に咲く花だった。
 赤く美しい、残酷なまでに綺麗に切り取られた花が一輪。
 素朴な花瓶に飾られていたのを思い出す。
 『わびさびって、よくわからないけど。こーゆーのを言うのかもしれないよね?』
 鬱陶しいと思いつつも、地理的に近いのと無駄に警戒心がないのとで、比較的友好な関係を
保っているといえる、ヴェネチアーノの家に、かなり強引に招かれた時に見たものだ。
 センスの良い彼が心を込めて整えた屋敷内の装飾とは違うので、目を引いたのだと、最初に
思ったのだが。
 実はそうでもなかったのだと気づかされたのは、随分と後のことだった。
 胸に去来した、珍しい感情を必死に頭を振り払って追いやり、もう一度。目を細めて光景を
正確に認識する。
 雪が降りしきる山奥の、スイスでも日本でもないこの地に椿は咲かないのだから。
 「……まさかっつ!」
 しかし、そこにあったのは椿よりも有り得ない存在。
 「菊っつ!」
 心の中でしか呼ばぬ名前で呼んでしまったのは、心底驚いたからだ。
 ツヴィンクリは己の目を疑いつつも、足に纏わり付く雪を跳ね除けながら、出来る限りの速さ
で目的に近付いて行く。
 「どうしてっつ!こんな場所にっつ!」
 雪の上、倒れていたのは紛れもない本田菊、本人だった。
 ツヴィンクリが見間違えるはずもない。
 誰よりも大切に、思っている相手だから。
 「しかも、何故こんな格好で?」
 雪山警戒に相応しい重装備のツヴィンクリとは違い、本田は何と着物一枚だったのだ。
 しかも、本田が好まないはずの真紅一色。
 確かこれは日本の女性が着る長襦袢というものだったはず。
 更に赤い長襦袢は、ツヴィンクリの記憶が正しければ、特殊な職業についている女性が
身につけるものだったと記憶している。
 着物の中でも下着にあたる、しかも本来女性が着る物を着ていたという状況に、色々と
考えたくもない嫌な予感が沸き起こって、ツヴィンクリはマスクの下の唇をきつく噛み締
めた。
 「とにかく今は、何を考えている時間も惜しい」
 ツヴィンクリは、携帯している荷物の中から簡易毛布を手早く取り出すと、本田の体を
足先まで丁寧に包みこんで、抱き抱える。
 銃を背中側に回して、拠点地にしている山小屋へと足を早めた。

 「まずは……暖だな」
 外と変わらない温度にまで落ちてしまっている山小屋内を暖めるのに、種火だけの暖炉に
大量の薪をくべた。
 ニ、三人がストレスなく長期間過ごせるようにと造られた小屋なので、山小屋にしては広さの
ある方だろうが、最新の断熱材なども使われているので、中が完全に温まるまでの時間は
さしてかからない。
 「湯も……沸かしておいた方がいいだろう」
 ケトルを二つ暖炉にかける。ベッドの上の冷えた寝具を暖炉の前に置き、着替えも暖炉の
前に置く。
 「しまった!一番先は違うだろう!」
 気が付かなかったが、自分もかなりパニック状態に陥っていたらしい。
 入り口付近に寝かせておいた本田の体を、大急ぎで暖炉の近くに置いた。
 「……取り敢えずは、これで……いいか?」
 頭の中で、シュミレートしてみたがこれ以上は思い浮かばないので、自分の着替えを始める。
 入り口付近に上下の上着をかけて室内着となり、毛皮を羽織った。
 「沸騰はしてなくとも、そろそろ大丈夫だろうな」
 小さな気泡が立ちだしたケトルの中身を、盥の中に空けて、タオルを数枚沈める。
 身じろぎもしない本田の体を、幾らか温もった新しい毛布の上に転がして、長襦袢を肌蹴た。
 「っつ!」
 本人が目覚めていなくて良かったと思う。
 もし、目覚めていたらツヴィンクリが殺し切れなかった声を、彼は悲しく思っただろうから。
 本田の体には、酷い陵辱の跡があった。
 通常の拷問より、誇り高い本田には苦痛であったのではないかと推察される。
 全身に散らされた赤い跡と、血と恐らくは精液に塗れた下肢の凄まじさには、思わず眉根が
寄ってしまう程。
 より早い手当てが必要なのはわかっていた。
 今までに似たような状況に遭遇しても、表情一つ変えずに淡々と手当てをしてきたツヴィン
クリだ。
 「だが……」
 自分の命より大切だと、長く思ってきた妹よりも優先してしまうだろう、たった一人の相手の
手当てが、これほどに辛いものだとは想像してもみなかった。
 「できれば、知りたくはなかった、な」
 しかし、これを自分以外の誰かが治療するのだと考えれば、そちらの方が耐えられない。
 ツヴィンクリは意を決して、本田の身体から長襦袢を剥ぎ取って、すぐさま暖炉の火へとくべる。
 薄い布は赤い火の粉を撒き散らして、踊るように燃え失せた。
 暗い目で、燃え切る長襦袢を見届けたツヴィンクリはようやっと、本田の身体の治療を始める。




                                    続きは本でお願い致します♪
                     エーデルワイスを使う話にしたかったんですが、失敗。
                                  まぁ、椿も綺麗だからいいかぁと。
                     その内、エーデルワイスが出てくる話も書く予定です。




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