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  どうか……どうぞ。



 ある日。菊から電話があった。
 『思う所ありまして、アルフレッドを捨てる事にしました。ご協力、願えますか?』
 
 「喜んで、お菊さん。で、あっしはどうしたらいいんで?」
 内心の動揺を表には出さずに、まずは菊の意向を聞き出す事にする。
 『そう、ですね。直に会ってお話がしたいので、お時間頂けますか?』
 「おやすい御用で。日時が決まりやしたら、こっちから電話いたしやしょう」
 『ありがとうございます。お待ちしていますので』
 「へい。速攻で手配しますぜ」
 電話のマナーのまま、まだまだ菊と話をしていたい己の気持ちをこれもまた押し殺して、
受話器を置こうとした、その時。
 『ああ! サディクさん!』
 「はい? どうかしやしたか?」
 『できうるならば、その。お泊りの手配を取って頂けるならありがたいです』
 初めてのオネダリに、受話器を握り締めながら硬直したアドナンは、それでもどうにか可愛く
も嬉しい、その願いを即座に許諾した。
 「へぃ! 喜んで!」
 『ふふふ。それでは、宜しくお願い致しますね』
 受話器の向こうで、菊の弾んだ声が聞こえた。嬉しいのは自分だけではないと、思わせて
貰える声だった。

 「……お菊さん?」
 「はい? どうかしましたか」
 「どうもこうもねぇ! どうして、こんなひでぇ事を、しなさるんでぃっつ!」
 玄関まで出迎えてくれた菊に従って、居間まで通されて、それを、見て。
 理由も聞かず、菊を咎めてしまった。
 居間の片隅に一メートル四方の檻が設置されており、その中にジョーンズが座っていたの
だ。
 「酷い、事?」
 「まさか、ひでぇとは思えないんで? 捨てたんじゃなくて、飼う事にしたんですかぃ?
  こいつを。犬か何かのように?」
 「俺は!」
 「黙りなさい! 誰が発言を許しました。これを噛んで大人しくしておいでなさい」
 菊は懐の中から、ぽんと檻の前に何かを投げ落とした。
 指を伸ばしたジョーンズが、初めて見る従順さで、それを装着する。
 言葉を発しない為の口枷なのだと知れた。
 「……お菊さん……」
 カルプシは大きく息を吐きながら瞠目する。
 「勘違いしないで下さい。これは、彼の願いを叶えた結果です。彼が望んで、しています。
  私もいい加減。ストーカー行為にではうんざりだったんで」
 「すとーかー?」
 「はい。別れを切り出して、それからずっと。色々な方に協力を仰いでも収まりませんでした」
 ジョーンズがストーカート化したのは、よくわかる。
 菊は認めていなかったが、最後まで認められなかったが。
 彼は彼なりの盲目的な愛情を菊に注いでいたのだ。
 菊だけを愛していたのだと言ってもいい。
 ただ愛情の表現があまりにも幼くて、菊の心まで届かなかっただけで。
 心まで届かなかった事に、別れを持ち出させるまで気付けなかっただけで。
 悲しいすれ違いを指摘する存在に、恵まれなかっただけで。
 色々な要因が重なって、菊がジョーンズとの関係を切り捨てると決めたのが、菊を熱愛
するアドナンには嬉しくもあったけれど。
 こうして、侮蔑の眼差しを注がれても、菊の愛を請うジョーンズが、少し。
 不憫ではあった。
 「詳しく、お話致しましょう。彼にも聞かせたいので、  申し訳ありませんが、こちらで
 ……お茶の用意を致しますね」
 「へぃ」
 アドナンは、菊の言葉にこめかみを掻きながら、ジョーンズに背中を向ける。
 奴を、見ていたくはなかった。
 一歩間違えれば自分もああなるのかもしれないと、背筋に怖気が走ったからだ。
 どかりと胡坐を掻いて菊を待てば、準備はしてあったのだろう。
 丸い盆の上に、茶や茶菓子を乗せて楚々とした風情で戻ってくる。
 目に麗しい光景だ。
 口で息ができなくて苦しいのか、やたらと荒いジョーンズの鼻息が聞こえて来なければ、
幸せは倍増しただろうけれど。
 「今日は暑いので……」
 「葛使いの和菓子たぁ。嬉しいねぃ」
 小さなガラスの器に入っているのは、葛で餡を包んだ透明の饅頭。
 こちらは見た目も涼しげだ。
 椿の形をした漆器の皿には葛餅。
 きなことたっぷりの黒蜜がかけられていた。
 ほろほろと口の中で崩れる食感に、なんとも言えない風情がある。
 「ん? もしかして、こいつぁ……」
 「はい。葛プリンです」
 葛物が続いていたので、それだけ違うはずもないだろうと最初に口にしたプリンは、菊が
頻繁に作ってくれる卵プリンとは違う風合いだった。
 こちらの方がさらりとしていて喉越しが良い。
 「お菊さんは、本当。料理が旨いやね」
 「ふふふ。貴方も負けていないと思いますよ。ここの所、貴方の手料理も頂いていません
  ので、また。宜しくお願いしますね?」
 つい、と差し出された湯呑みの中には、とろりとした液体。普通の緑茶ではないようだ。
 「ああ。こちらは粉末の抹茶を入れた葛湯になります。菓子が皆冷え物ですので、飲み物
  だけは熱くしてみました。冷たい物も準備してありますから、言って下さい」
 「至れり尽くせりたぁ、まさしくこの事だねぃ」
 「ふふふ。サディクさんは本当、言葉がお上手で困りますよ」
 「お菊さんへの賛辞ともありゃあ、あっしも惜しみませんぜ?」
 「ありがとうございます」
 珍しく自分用にも作ったらしい。菊の小さな口が、綺麗に切り分けた葛饅頭を一口食す。
 葛がつるっと、口の中に入って行く様が、何とも艶っぽくって参った。
 そんなに欲求不満なのだろうか。
 確かに彼を抱いたのはもう数ヶ月も前の話だし、食事中の菊は常に艶っぽい。
 だからと言って通常では、ここまで興奮することもないのだが……。
 仮面をつけっぱなしで良かった! と思いながら、どれも甲乙つけがたく美味な和菓子を
堪能して、後。
 今日の本題を切り出した。
 「さて、お菊さん」
 「はい。何でしょう?」
 「あっしは、一体。何をすればいいんでぃ?」
 「……私がサディクさん。貴方に、望むのは。愛しい四人の恋人に望むのは。四人を等しく
  愛する私を、受け入れて欲しいということなのです」
 「はははっつ! 今更そんな事を確認なさる? お菊さんらしくもねぇ」




                                    続きは本でお願い致します♪
         今回はサディクさんのしゃべりの自分的縛りを、少しゆるくしてみました。
                                               楽だった!
             違和感ないようでしたら、今後はこんな感じで行きたいものです。




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