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  ……駄目?



 
ある日。菊から電話があった。
 『思う所ありまして、アルフレッドを捨てる事にしました。ご協力、願えますか?』
 
 「すぐ、行く」
 願っても叶わないと思っていた。
 想像し切れなかった喜びの展開に、カルプシは国の象徴として持ち合わせている全ての
権限を滅多にない強引さで発動しながら、即時日本へと飛んだ。

 電話を貰ったのが夜。
 日本へ着いたのは次の日の夜。
 飛行機は定刻到着で有名な日本の会社の物を使ったけど、早く着く訳ではなかった。
 「猫型ろぼっとの、ドコデモドアが、欲しい……」
 日本で放映されている、ちょっとメタボな猫型ロボットの素敵なアイテムを思い浮かべたカル
プシは、遠すぎる距離を嘆きながら、肩から掛けた小さなバックを抱え直して、日本宅のチャ
イムを押す。
 「ハーク!」
 すぐに出てきた所をみると、玄関前で待っていてくれたらしい。
 「ありがと、菊。待っててくれたんだ?」
 「私の方からお招き申し上げたんですから、当然です! にしても、びっくりしましたよ。
  まさか、電話の後即座に出発の手配を取ったとは思いませんでしたし。上司さんに確認
  したら、物凄い勢いで飛び出して行ったよ! と、やっぱり驚いていらっしゃいました」
 「……怒ってた?」
 「いいえ。最近は、とてもよく働いてくれるから息抜きも必要だろうって、おっしゃっておら
  れましたよ」
 「そう」
 もう数え切れぬほどに変わってきた上司の中でも、比較的。
 今の上司とは折り合いが良い。
 彼が歳若い首相と言うのもあるかもしれなかった。
 何しろ思考が柔軟なのだ。
 あのトルコとの会談で、あの馬鹿を持ち上げる事が出来るくらいには。
 「でも、ハーク。無事に日本に着いたのを報告しなくてはいけません。電話をされて下さいね?
  私はその間、お茶を用意しておきますので」
 「……ん」
 電話の前に、ハグをしないと! と、彼の目の前に腕を突き出せば、きょとんとした菊は、
花が綻ぶように笑って、カルプシの腕の中に収まった。
 きゅうと抱き締めれば、何時も香る独特な薫りに酔いしれそうになる。
 「いらっしゃい。ハーク。お待ちしておりました」
 「うん。久しぶり……会えて嬉しい」
 そのままキスを頬と額に、唇にもしようと思ったら、彼の子供のようにやわやわの掌で、
そっと押し止められてしまった。
 「そういうご挨拶は、お電話の後に……」
 「普通の、挨拶だと思うのに……」
 「フェリシアじゃあないんですから、駄々捏ねないで下さい」
 さらりと他の情人の名前を出す菊は、思っているよりも性悪さんなのかもしれない。
 そんな所も大好きだけど。
すっすっすと、足袋が立てる微かな足音を残して、菊は炬燵のある部屋へと向かってしまった。
 カルプシも仕方なく、じーころじーころと不思議な音をする旧式な日本の電話のダイヤルを
回した。

 「猫さんの! ……ねりきり?」
 受話器を置き、炬燵部屋へ足を向ければ、今は刺繍の凝ったレースのテーブルクロスが
掛かっている炬燵の上、湯気の立つ湯呑みと和菓子が二種類置かれている。
 「そうです。ねりきりと干菓子です。可愛いでしょう?
  味はさて置き、形が」
 「味も好きだよ? 緑茶が進む」
 「ははは。そうですね。どっちも水分必須なお菓子ですものね」
 夕食は飛行機の中で取った。
 せっかくなので日本食を頼んでみたけれど、菊の手料理には遠く及ばない。
 出された和菓子もこれは手作りではなかったのに、内心がっかりしたけれど。
 「餡子の仕込みはすんでいますから。明日のおやつは作りたてのどら焼きを、ご用意しま
すよ?」
 菊には、しょんぼりが見透かされてしまったらしい。着物の袖口で口元を隠しながら、ころ
ころと笑われた。
 「アリガトゴザイマス。どら焼き大好き」
 「ふふふ。皆さんそれぞれ、和菓子の好みがございますけれど。ハークはサディクさんと
  一緒ですね? あの方も、どら焼きがお好きですもの」
 「アレと、一緒にだけは、しないで」
 「私の愛しい方を、アレ呼ばわりしないで下さい」
 「菊……」
 口の端についてしまったらしい、ねりきりを菊の爪先が拾ってくれる。
 そのまま小さな屑を口の中に入れる所作は誘っている風にしか見えなかった。
 「……ジョーンズを捨てるって、本当?」
 「ええ、本当です。フェリシアに手伝って貰って、はっきりきっぱり別れを申し伝えました」
 「左のくるんに?」
 「ええ。あの子は、やればできる子なんですよ?」
 「……知ってる」
 確かに、彼にこそ相応しい役目だったのだろうけど。
 カルプシも一緒になって、菊を子供の我が儘の延長上にしかなかった執着で散々傷つけた
ジョーンズに、引導を渡してやりたかった。
 「ですが、ジョーンズ君。ちょっとストーカーっぽくなっちゃってるんですよ」
 「ナニ、それ?」
 「言葉通りです。玩具に反抗されるなんて、思ってもいなかったんでしょうねぇ。まぁ、玩具に
  意志があるとも思わなかった方ですから……きっと、未だに現実が受け入れられないの
  でしょう」
 「直接的な、被害とかは」
 「今の所は事前に回避しています。撃退体勢は完璧です」
 ぐっと拳を握り締める菊は、大好きなゲームの攻略に挑んでいる時のように、どこか楽しげ
ですらあった。
 「フェリシアも心配して、何人かプロの方を寄越してくれているんですけど。彼等はどちらか
  というと暗殺のプロらしいので……先日お茶をお出ししたら、お役に立てず申し訳ないと、
  謝られてしまいましたよ」
 まさか、ジョーンズ君を殺す訳にもいきませんものねぇ、と美味しそうにお茶を啜りながら、
微笑を浮かべる菊だけど。
 フェリシアーノは、間違いなくジョーンズを殺す気で彼等を派遣しているのだと思う。
普段は、ほややんとして無邪気な風情の彼だけど。
 菊とルートヴィッヒの為なら別モノに成り代わる。
 ルートヴィッヒの為ならば、彼は己の手を汚すだろうけれど。
 菊の為には決して、己の手を直には使わない。
 菊を悲しませたくないからだ。
 万が一、どうしても使わねばならない状況でも彼は、絶対。
 菊にばれないように周到な策を巡らすはず。
 「ハーク? どうしました」
 「俺には、何ができる? 暗殺屋さん、派遣する?」
 「フェリシアにも、貴方にも、そういう事は、望んでいないですよ、私……ただ……」
 炬燵から出てきた菊は、カルプシの背中に、自分の背中をあててきた。
 菊はカルプシの背中に自分を預けて一眠りするのが、大のお気に入りだ。




                                    続きは本でお願い致します♪
                         前回で懲りたはずなのに、書く順番をミスって、
                                   時系列の確認が大変な事に!
                           学習力のない自分に全力で絶望してます。




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