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 ばすたいむ・ふぁんたじあ



 『日本の風呂も乙ですがね。トルコの風呂もなかなかのもんですぜ?』
 どこのご隠居さんですか!なんて突っ込みを入れたくなるくらいに、本田の家に泊まる度、
結構な時間を『はぁ、極楽極楽!』と上機嫌で風呂に浸かるアドナンから、トルコへ来ないかと、
プライベートな誘いがあった。
 何時もは仲が悪い割りに何故か一緒にいる事が多いカルプシに邪魔をされるのだが、
今回彼はムハンマドがギリシャを訪れているので、観光案内などをしているらしい。
 『アレ、から。誘いがあっても、絶対に行っちゃ駄目、だ!』と、言われていたのだけれど。
 わざわざ日本まで一人で訪ねて来てくれたのを、無碍にする訳にもいくまい。
 迷った挙句、本田は結局。
 アドナンの誘いを受けて、共にトルコを訪れる事になった。

 「ほーいよっと。お疲れさん」
 「アドナンさんこそ、お疲れ様でした」
 「今は日本トルコ間の直通便があって、便利だやねぇ」
 ほっこらせっと、面白い掛け声をかけながら荷物を足元に置いたアドナンが、大きく伸びを
する。
 「喉渇いたんじゃねぇです?何か淹れやしょうか」
 「えーと。何がありますか?」
 手で示されるままに絨毯の上に座る。
 初めて訪れるアドナンの家の間取りはどことなく本田の家にも似ていて、不思議と初めて
訪れた気がしない。
 「そうですなぁ。チャイとトルココーヒーが一般的。冷たい飲みもんだと、オススメでアイラン、
  ってーのがありやす」
 「アイラン?どんな飲み物なんですか」
 「簡単に言やぁ、ヨーグルトに水と塩を混ぜたジュースってとこですぜ。トルコ料理との相性
  も良い」
 「じゃあ。夕食の時にご相伴に預かってもいいですか?今は、温かい飲み物が頂けると嬉し
  いです」
 「ほいじゃあ、胃に優しいチャイにしやすか。念入りに淹れてきやすから、その辺に転がって
  るガイドブックでも見て、まったりしていてくだせぇ」
 テーブルの上には無造作に色々な国の言葉で書かれたガイドブックが置かれている。
 そういえば、トルコは観光に力を入れている国の一つだ。
 外国人に対して全般的に親切な国と有名だ。
 何人もの人間が見てきたのだろうか、読み癖がついている日本語で書かれたガイドブックを
 手に取ると、冒頭から丁寧に読み始める。
 いきなりの誘いだったので、事前準備が全く出来ていなかったのでちょうど良い。
 前から言われていれば、行きたい場所なども検討しておいたのだが。
 トルコは、実に魅力的な観光地が多い。
 『妖精の煙突』とも表現される、奇岩群のカッパドキアなどは、一度は訪れてみたい世界遺産
の一つ。
 ギョメレ国立公園辺りなどの散策も考えれば、数日かかる広さだと言う。
 見応えがありそうだ。
 またパッカレムと呼ばれる世界遺産にも心惹かれた。
 石灰成分の温泉水が湧き出て造られた自然の温泉地と聞けば、温泉好きの日本人としては
目の色を輝かせたのだとしても、納得して貰えるだろう。
 水着着用なのも恥ずかしくなくて良い。
 まだどれぐらい滞在するかを決めてはいないが、長く留まれるのならば、極々普通のご家庭
などにもお邪魔してみたかった。
 「お待たせしやした」
 「わぁ。可愛らしいセットですね」
 アドナンが銀トレイの上に乗せてきたのは背の高い不思議な風合いの銀色をしたポットと、
小さな花瓶のような口が開いた、クリスタル製のグラスが二つ。
 チャイというと、日本ではインドチャイの印象が強い。
 陶器のカップに煮出したミルクティー。
 更にシナモンで香り付けされた物を想像していたのだが、トルコのチャイはどうやら随分と
違うようだ。
 「本田さんは、濃いめと薄め、どっちが好みですかい?」
 「……取り合えず、薄めですか。渋い紅茶は苦手で」
 「渋い緑茶は大好きだってーのにねぇ」
 「自分でも面白いと思いますけど」
 「参考にしてもらえりゃあいーんだが、トルコチャイを注文する時、薄めの場合はぁ『アチュ
  ック』濃いめの場合はぁ『コユ』と伝えるんがトルコ式」
 「了解です」
 「っつてもまぁ。まず本田さんと手前が別行動する時はねぇから、ほーんと参考まででさぁ」
 トレイの上に乗っていたアレコレをテーブルの上に移動したアドナンは、どうやら一からトルコ
チャイの淹れ方を至指南してくれるらしい。
 本田は居住まいを正して教えられる生徒の体勢を取る。
 アドナンはポットを分解して、説明を始めた。
 「このポットは、サモワールっつって。トルコチャイを入れっ時の伝統的ポット。最近じゃあ、
  もっとお手軽なチャイダンルックを使うんが多いんじゃねーですかね。そっちぁ日本の急須
  を二つ重ねたみたい形でさぁ。本田さんには、そっちの方がぁ取っ付きやすいかもしれや
  せんな」
 「では、次に淹れて下さる時は、そちらで」
 「あいよ」
 「で、こいつん中にゃ、炭が入ってやす」
 示されたのは三段重ねのポットの内、一番大きな物。覗けば見慣れた炭がちょこんと収まっ
ている。
 「二段目に、水。一番上に、茶葉」
 いちいち中身を覗かせてくれ、本田が確認を終えると、ばらされていたポットが元通りに積み
上げられた。
 「こうやって湯が沸くのを待つんでさぁ。その間に茶葉もいい感じに蒸らされるって寸法です
  ぜ」
 「おお!合理的ですね」
 「先人の知恵って奴でしょうなぁ。お湯が沸くまで……行きたい場所の検討でもしやしょか」
 「どこも素敵な場所で迷います」
 「観光は滞在期間にもよりやしょう……今日は、まぁ。旅の疲れもあっから茶の後はハン
  マーム詣でと洒落込みてぇですな」
 「ハンマーム?」
 「日本的に言えば公衆浴場と表現しやす。恥ずかしがりーの本田さんの為に、貸切にして
  みやしたぜ。小さいとこですがねぃ」
 ばちんと、ウインクがされる。
  宗教上の理由からなのか、常にマスクをしているアドナンだったが、トルコの地に降り
立った時から、マスクを外していた。
 実に男らしい風合いで、何故だかウインクがよく似合う。
 愛の伝道師ボヌフォワ顔負けだ。
 「そんな贅沢をしなくとも、銭湯で慣れていますよ?」
 「でもなぁ。本田さんの柔肌を国民に見せたくねぇ!ってーのもありやしてね」



                                    続きは本でお願い致します♪
                       いやー。アドナン氏の言葉遣いに梃子摺りました。
                                 べらんめぇ口調って、難しい……。




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