数多

 「なんつーかーこう。人気者に惚れると厳しいやな」
 「……まぁ、な」
 壁に寄りかかってぼんやりと紅葉の様子を窺っていた俺に、何を思ったのか
珍しく一升瓶を抱えたままの村雨が話し掛けてくる。
 「紅葉は普段忙しくて会えない口だからな、こういう場所だとモテまくる…しゃー
  ねーよ」
 男女絡めての飲み会はいつでも如月宅。
 宿主がマメだし、泊り込みOKだし、駅からのアクセスも悪くはない。
 遅くなって女性陣を送る車を置くスペースにもことかかない場所は、都心に多
くはなかった。
 「愛想が良いわけでもないんだが。人徳か?」
 「何だろうな…まー少なくとも人の話をよく聞くってのはあると思うぜ。相槌もう
  ざくないからよ。そのあたりもポイント高いんじゃねーのかなぁ」
 今日の紅葉は背中にひーちゃんを背負ったまま(その姿はまるで甲羅でも背
負っているようでなかなかに笑える)藤崎、高見沢、芙蓉の三人と菓子につい
て語らっている。
 怜悧なと良く言われる表情と外見からは想像も付かないが、料理&菓子作
りの腕前はなかなかで、手芸に至ってはボタンの留めつけから始まって、か
なり複雑な模様のセーターまでを編みこなす。
 今日も、以外にも仕事の合間を縫って菓子を作るのが趣味らしい藤崎と、
甘い物には目が無く旨い菓子の食べ歩きも忘れない高見沢と、少しでも人ら
しく女らしくあろうと最近菓子というものに興味を持ち出した芙蓉の中にあって、
なかなか饒舌なようだ。
 「でね。どーしてもふっくら焼きあがらないのよね、スポンジ…」
 紅葉一筋の俺ですら、思わず目が吸い寄せられてしまうほどに艶っぽい藤
崎が切ない顔で囁けば。
 「ん?多分卵白の混ぜ方が足りないんじゃないかな。きちんとつのがたつま
  で徹底的にやってみるといいよ」
 俺には何がなにやら全くわからない専門的な返答をし。
 「最近ね〜パイシューにはまったんだけど〜。あんまりおいしい所ないのよ 
  ね〜」
 口元に人差し指をあて、見る者が見ればしゃれにならないくらい可愛らしい
思案顔で高見沢が訴えかければ。
 「そうだね。一度仕事ででかけた後に寄った銀座のノアールってお店のパイ
  シューを母の土産に持っていったけど、生地がかしゃかしゃでおいしかっ
  たかな」
 以外にも行動範囲の狭くない所を見せて、簡単な地図を書きながら説明を
する。
 「桜餅に使われる葉が本物だと、何か良いことがあるのですか?」
 日頃紅葉以上に表情が動かない芙蓉が、一生懸命なまなざしで教えを請う
マニア受けしそうな姿には。
 「まず、本物だと香りが違うから。自然な感じを出したいと思えば使ったほう
  がいいだろうね。後は見目形と他にも何か作用があったかなもしれないけ
  ど…」
 教師が生徒に教えるように丁寧に説明している。
 「タイプが違うあんだけの別嬪さんに囲まれて、あんな会話で盛り上がれる
  紅葉はなかなかすげーと思うぜ。むしろこー、尊敬に値するわ」
 「……確かに」
 俺的には女の子相手に嫉妬しなくてすむので、ありがたいことではあるけど
な。
 「蓬莱時と語らってても味気ねーから。別嬪さんでも冷やかしてこようかね」
 「まさか”別嬪さん”に紅葉を数えちゃいねーだろうな!」
 村雨はすくっと立ち上がって、心底楽しそうに俺を見下ろす。
 「…数に入れてるに、決まってるだろう」
 『待てやこらー』と伸ばした指先はくるりと交わされた。
 村雨は紅葉の背中に張り付いていたひーちゃんを器用にひっぺがした後で、
嫌がるひーちゃんをしっかりと抱え込み、華やかな女性陣の中に身を埋める。
 俺に嫌がらせをするつもりなのか、目の前で紅葉の腰を抱き寄せて何やら
囁いているのが、何とも言えずに小憎らしい。
 今度こそぶち切れても許されるだろうと、腰をあげれば『また後で』と場に居
た人間に囁いて軽く頭を下げた紅葉が大股で歩いてきて、俺のお隣にすとん
と腰を下ろ
した。
 「紅葉?あっちはいいのかよ」 
 怒るタイミングを逃がしてしまったので、仕方なく足を投げ出した格好で座る。
 「大丈夫、後でまた顔出すし。話の切れ目的には席を外しても問題なかった
  と思うから…それより蓬莱時さん」
 紅葉の顔がぐっと近づいて、内緒話でもするノリで耳元にひっそりと声が届
く。
 「妬いてくれたんですって?」
 「……村雨か……」
 俺がやられたーと肩を落とせば、視界の端で村雨がにやりと笑って寄越す。
 「妬いたってほどでもねーよ」
 「そうなんですか」 
 「…拗ねてるだけだ」
 村雨には"がってむ"の指ポーズ付きでお返しをし、紅葉には苦笑で返す。
 「それを妬いてるっていうんだと思うけど…」
 「だって紅葉さん、モテモテでいらっしゃるから!」
 「関係ないでしょう。もしそう見えたのだとしても僕に興味がないんだから」
 あれだけの奇麗な女の子に囲まれたら、普通恋愛感情はなくても思うとこと
はあると思うのだが。
 その辺りは紅葉の紅葉たる所以。
 「僕には、京一だけで手に余るくらいだから」
 こんな風にさらりと赤面ものの、嬉しいが恥かしいセリフをのたまってくださ
るから。
 「はい。俺様も紅葉さん一筋でございます」
 両手を上げて”お手上げ”をするしかない。
 「それが心からの言葉なら嬉しいけど?」
 「嘘偽り、誇張もございません」
 「では、どーんと構えてください?」
 「ほいほい」
 惚れた方が負けなんて、誰が最初に言ったのかは知れないが。
 全く以ってその通りだと紅葉と会話をする度にしみじみと思う。
 「紅葉ー俺のこともかまってってばー」
 どうにか村雨の腕を振り払ったらしいひーちゃんが、紅葉に向かって手招
きをしている。
 「じゃ、適当にしていてください?……帰りは一緒に帰りましょう」
 「ああ。ひーちゃんのお守りは紅葉しかできねーからな、頑張れよ」
 ひーちゃんに呼ばれて、いそいそといった風情で戻る紅葉の背中を、今度
は先刻よりは遥か余裕のまなざしで、見送った。


END





*京一×紅葉。
 現在今一番書きやすいカプです。
 お蔭様で書きやすかったこと(笑)18禁もいいんですが、
 この二人にはほのぼのして欲しいなーと思う今日この頃。
 リクエストをいただけるなら、この話の続編もありかなーと。

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