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 護衛

 
 数メートル先に潜伏する大佐の姿から目を離さないようにして、静かにライフルの残弾数を
確認する。
 散弾タイプの弾丸は気をつけていないと、単発銃よりもずっと簡単に撃ち尽くしてしまうのだ。
 日々の訓練の最中でならば、散弾の残弾数を記憶しておくくらい訳ないのだが、実際の戦闘
となるとこれが想像していたよりもずっと難しい。
 小さく溜息をつけば、まるでその溜息が聞こえてしまったかのように、大佐が振り向いた。
 瞳には、私を心配する色が浮かんでいて。
 情けなさに唇を噛み締めかけて、代わりに、できうる限り穏やかに微笑んで見せる。
 私の笑みに、顎をしゃくる大佐の意図を一瞬読み違えそうになり。
 会釈をすると、出来うる限りの迅速さで、大佐の側に走り寄る。
 『大丈夫か?ヴァトー』
 唇の動きだけの会話に、私は。
 『大丈夫ですよ』
 と、同じ風に唇を動かして返す。
 『緊張、することはないからな。今日は鷹目がいる』
 私達の背後、五十メートルの位置には狙撃用のライフルのスコープから、鮮やかな金色の
瞳で背後を護るホークアイ中尉がいてくださる。
 そして、大佐自身。
 本来は、この程度の戦闘で護られる人ではないのだ。
 戦場でなら、まだしも。
 市街戦にもならない、武装した銀行強盗の拿捕なぞでは。
 人質が既に二名殺されて。
 更に警官が三名殉職した時点で、軍部へと犯人拘束の権利が委ねられただけで。
 もっと、突っ込んだ事情をぶちまければ。
 犯人の一人が、軍部上層の一人息子であるというだけ。
 折りしも、覆面を被った奴等の素性がばれないうちにと、圧力をかけたようだ。
 全く、世も末だ。

 そんな情けない事情で、大佐を借り出すなんて。
 華奢とまではいかなくとも、がたいの良い軍部の人間に囲まれてしまえば幼い風情を保っ
たままの人間が重ねてきたとは思えない、歴戦の猛者である大佐の手に掛かれば、犯人を
傷つけずに捕縛するなど朝飯前。
 隠蔽工作を図って、全員の身元がわからないくらいに焼き尽くしてしまうのも、容易い。
 「で、大佐?結局どうすることに決まったのでしょうか……」
 捕縛か殲滅か。
 「さて、な。連絡待ちなんだ……歯がゆい事に」
 警察官はすっかり引かせたが、まだ建物の中には何人もの人質がいる。
 せっかく大金を手にしたものの、逃げる事が適わなくなった愚かな犯人達が更なる暴挙へ出
る前に、早く、終わらせたいと。
 大佐は考えているだろう。
 悲しいかな、大佐は中間管理職だ。
 絶対的な上官の命令に、逆らえる権力はない。
 不意に、待ちかねた大佐の耳元のイヤホンに伝令が届く。
 同じ周波を使っているので私の耳にも、残酷な命令は響いた。
 「サンマルヒトゴ(三時十五分)を以って。犯人の殲滅を決定……繰り返す。犯人の殲滅を決
  定……人質を優先せず……犯人の殲滅を許可する」
 ふぅ、と大佐が空を仰いだ。
 昼間の三時。
 まだまだ明るい日差しが燦燦と降り注いで、苦悩する大佐の表情を照らした。
 「自分の息子を……切り捨てるんだな。あの方は……」
 平静を装っている端に、隠し切れなかった苦渋が見えるくらいには、私も大佐の近くにいる。
 「将軍を、ご存知なんですか」
 「プライベートでも親交があったよ。昔に、な……息子さんも、よく知っている。大人しい良い子
  なのだがね……」
 きつく閉じられた、目の皺が。
 大佐の葛藤を物語ってはいたけれど。
 「父親の、プレッシャーに勝てなかったのだろう」
 目を開けた次の瞬間には、全ての情を切り捨てたかのような、冷ややかな眼差しがあった。
 「残念だが。仕方ない。これも、仕事だ」
 発火布を嵌め直す瞳に宿った暗い。
 暗い焔。
 口元にあるスイッチをカチリと捻って、指示を飛ばす声に、私情は欠片も含まれていない。
 『サンマルフタマル(三時二十分)を以って、作戦を遂行する。プランCを採択。繰り返すプラ
  ンCを採択』
 プランAは、犯人に傷をつけずに捕縛するもの。
 プランBは、犯人を殺さずに捕縛するもの。
 『了解。プランCを採択……準備完了しました』
 返事は、何時でも冷静沈着な中尉の声。
 中尉の放つ弾丸が、作戦開始を意味する。
 プランCは、犯人捕縛の必要なし。
 完全な沈黙を目的とした犯人を瞬殺する、プランだった。
 『人質の生命を最優先。以外、全てを破壊』
 『人質救出班。了解しました。サンマルヒトハチ(三時十八分)を以って先行します』
 今度はブレダ少尉の返答。
 多大な危険を伴う先行班は、退役したハボック少尉の担当だったが、現在は少尉が受け
持っている。
 ハボック少尉ほどの瞬発力はないが、補って十二分な分析力を持つ少尉にかかれば、幾
度か行われた作戦においても失敗は一度もなかった。
 『処理班は、救出班の脱出を確認後。作戦開始。全ての証拠を隠滅せよ』
 『処理班、了解しました。予想突入時刻をヨンマルマルマル(四時)推定』
 幾分か緊張したようにも聞こえるのは、フュリー曹長の言葉。
 殿を努めるには心もとないだろうが、情報の漏洩を避ける為と爆弾を効果的に使った破壊
には曹長が不可欠だ。
 『……推定時刻了解。合流・同時刻と推定』
 『了解』
 大佐が、合流すると継げた途端に、安堵の気配があった。

 ……無理もない。
 本来なら後方支援しかやらないはずの立場にあるのだから。
 最も、それをいうのならば前線に立つ経験の少ない私が、大佐の隣に立つのも、おかしな話
なのだが。
 私とてこの手の事件では、残務処理を中心に行ってきた。
 それも現場に立つのではなく、事務処理ばかりを。
 同僚の誰もが、私の今の選択を怪訝に思っているのだろう。
 そうとわかる忠告をくれた人間すらあった。
 とても近い人達ですら、言ったのだ。
 
 貴方には、無理よ。

 と。
 ……でも。
 どんなに無理でもやらない訳にはいかないのだ。
 私はどこまでも大佐と共に行くと決めた。
 拙い私の技量で、こうして生き長らえているのが不思議なくらいだが。
 せめて大佐が納得する護衛が現われるまでは、私が勤めるしかないのだ。
 候補は何人もいた。
 ハボック少尉の部下の中で、中尉が納得する人間ですらいたというのに。
 大佐は私を護衛にと選んだのだ。
 恐らくはきっと、絶対に死なせないために。
 「……ヴァトー?どうした」
 「あ!すみません。何でもありません。サー」
 「緊張するなという方が難しいだろうが、大丈夫だ。私が護るから」
 護るべき対象に護られる矛盾。
 でもきっと、ハボック少尉ぐらいの飛びぬけた技量がなければ、護るのは難しいのだ。
 私はそう。
 体ではなくて、心を護っているのだと思う。
 私という絶対的に護らねばならない存在を側に置く事で、己を戒めて、死なないようにと。
 ……自分が抱く相手に護られる事に抵抗がないではないけれど。
 何も持たない私が、大佐の側にいるにはなりふり構ってなんかいられない。
 「絶対に、護って下さいね?」
 「ああ、護るとも……お前だけは、絶対に」
 細めた瞳の端に宿る暗い影は、瞬間。
 護れなかった人々を思い出したのだろう。
 「絶対に。護り抜いてみせる」
 私の目を射抜くようにして、噛み付くような口付け。
 軽く頬を擦って激情を宥めながら、大佐の隣に位置を変える。
 時計の針は、三時二十分数秒前。
 『作戦、開始します』
 イヤホンから、中尉の凛と響く声が届いた次の瞬間。
 シュパーン。
 と銃声が響く。
 中尉の弾丸に無駄弾はない。
 見事に額を打ち抜かれた人間がビルの窓から落ちてきた。
 「行くぞ、ヴァトー」
 「イエッサー」
 先行するブレダ少尉に合流し、全ての人質を解放する為に。
 私は大佐の三歩後ろに付き従って、続いた。

                 


                                               END




 *ファルマンロイ
   これからだろー!と思わないでもないのですが。
   身体を護られる事で、心を護っているってー話を書きたかったので、
   ここまで。
   もそっと成長して、
   びっくりするくらいに大佐を上手く護るファルマンも書きたいものですよ。





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