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 権力


 確かにこの仕事は、私にしかできないだろう。

 「んあっつ、はあっつ。閣下!か、っかあ」
 「どうしたね。マスタング。今日は何時もよりイイみたいだね。締め付けが格段と激しいよ」
 これが六十を迎えるという男の精力なのだろうか。
 既に行為に耽り始めてから、三時間二十五分が経過している。
 大佐の中に挿入してからは、一時間十三分。
 三度も大佐に精を放たせながらも、自身は一度も達していない。
 老人は射精に至るまでの時間が長いというが、そもそも完全勃起にまで持ち込めないから、
射精に時間がかかるというだけの話。
 閣下の場合は、あれだけの硬直を保っておられる。
 元々SEXに強い性質なのだろう。
 「こんな事だったら、もっと早くに君の部下に見て貰うんだったね?今度は全員並べてみよ
  うか」
 「……それだけは。お許し、下さい」
 対する大佐も勝るとも劣らぬ淫蕩ぶりだ。
 相手を長くいかせないというのは、受け止め方が恐ろしく上手いという証にもなっているは
ずだ。
 大佐が閣下のお気に入りという噂は聞き及んでいたし、ここへ共に連れてこられる前に十分
な説明も受けている。
 二人の行為を見続けても、表面上は平気な風にも見えるだろう。
 元々表情が読みにくいといわれる面立ちだ。
 だが、正直これはなかなかにきつい。
 男性同士の性交渉に対する知識も心構えも、他人より遥かにあったつもりだが、何より大
佐が艶やか過ぎる。
 「そういえば、何故、部下の中から彼を選んだのか聞いていなかったね?私はてっきり、
  金髪の二人のうち、どちらかだと思っていたよ」
 金髪といえば、ホークアイ中尉とハボック少尉。
 副官に護衛。
 対して私の担当は裏方的な事が多く、軍内で大佐の側に侍るケースは少ない。
 閣下の指摘は、誰しも納得のいくものだ。
 だが、私だからこそ、閣下の暗い愉悦を満たして差し上げられるのだ。
 「中尉と少尉は大切な部下ですが、准尉は……ファルマンは私の恋人ですから」


 「ほう?」
 初めて私の存在を認識したように、目線が投げられた。
 頭の天辺から爪先まで値踏みされているあからさまな眼差しにも、私は黙って一礼をする。
 「意外な、趣味だな」
 「そう、ですか?私には……彼、でないと……駄目、なのですよ」
 会話の最中にも、にゅぷんちゅぷと、いらしい交接の音が途切れることは無かった。
 どころか、閣下の突き上げは激しさを増している。
 「どうして?」
 一瞬孕んだ暗い色は、私への嫉妬だったのだろうか?
 彼、でないと……駄目。
 と、言った大佐の睦言めいた言葉を鵜呑みにしての。
 愛情のない独占欲なぞ、ままある事。
 ましてや、自分を欲しがってやまない淫乱な身体を晒されては、愛を錯覚しても、誰も責め
ないだろう。
 「んあああ、ん……私と…寝て、私に、溺れ……な、い…のは。彼、だけだったので」
 そういう約束というよりは、一方的な契約。
 心も身体もやろう。プライドも持ってゆけ。
 でも、魂だけはやれない。
 それで、いいのならば。
 私の『恋人』になれ。
 純然たる命令。
 既に大佐に焦がれてやまなかった私に、諾、という以外の選択肢があったのならば。教えて
欲しい。
 「それは、貴重だ……凄いだね、君は。この身体を抱いても、溺れないでいられる、とは。尊
  敬に値するよ」
 「……恐れ入ります、閣下」
 私は、深く腰を折って頭を下げた。

 「良かったら、教えて欲しいものだな……どうしたら、この、淫乱な身体に溺れないですむの
  か。私なんか……ほら……イイ年をして、めろめろだ」
 しゅぷしゅぷと滑らかな音は続く。
 忠節を強いるだけの行為にしては濃すぎる気もするので、溺れているかどうかはわからぬ
としても、ある種の執着を持っているのは、間違いないだろう。
 「申し差し上げても宜しいですか、大佐?」
 「……教えて、差し上げなさい」
 盛りのついた犬のような後背位で犯されて喘ぐ大佐の首が、もったりと持ち上げられて私を
見つめる。
 まるで、私がどこまで冷静でいられるかを値踏みするような瞳。
 「はい。私は恋人であるよりも、部下であることを自覚しているだけであります」
 「……それだけ、かね?」
 「はい。それだけです」
 そして、私にはそれだけで十分なのだ。
 恋人といっても求められるのは、部下に要求される従順と全く同じもの。
 僅かにでも特別な自分でありたいのならば、決して溺れない存在でい続けなければならな
い。
 大佐に焦がれているのは、何も私だけではない。
 身代わりならば、幾らでもいる。
 私を選んだ一番の理由だって、感情が表に出にくい面立ちだから……それだけだったのだか
ら。
 「……なるほど?では君は、恋人である前に、部下の一人であると、そういう事なのかな」
 「おっしゃる通りであります」
 ふむ、と満足げに頷いたのは、私なぞ眼中に置く必要はないと。
 大佐を挟んで共に争う存在にはなりえないと、そう判断したのだろう。
 支配者たる者の考え方だ。
 間違っても、いない。
 ただ、正確でもないが。
 「では、従順な部下には、ご褒美だ」
 止まる事の無かった腰が、ぴたりと止まったかと思ったら、腰を掴んで大佐の中に己の肉塊
を銜え込ませたままで、抱き込んだ。
 属にいう座位、と名付けられた体位。
 は、は、と舌を出して喘ぐ大佐の太ももを抱え上げて、大股を開かせると、私に、大佐のそそ
り立って今にも射精してしまいそうな肉塊がよく見えるようにしてくださる。
 「かけて上げなさい、マスタング」
 「はい」
 ……全く、高尚なご趣味だ。
 私は閣下の意図を把握して、大佐の目線が促すままに、その太ももの前に端座した。
 閣下の首に腕を回して、ぐっとその顔を近づけて、もっと動くように瞳の色だけで強請ってみ
せる様に、あやうく勃起しかけるのを、腹に力を込めて押さえ込む。
 「閣下っつ!閣下ああっつ。も、駄目、だあめ、で、す」
 「よしよし、いいよ。出しなさい。准尉が待ち構えている」
 「あ、んつ。らめ……でちゃ……」
 出してしまう、その瞬間まで大佐の瞳は閣下を追っている。
 媚びも、ここまで売れれば立派なものだろう。
 「や、あっ!」
 ぴゅと飛んだ精液の量は少なかったが、勢いはそれなりで。
 私の口元から顎へと、大佐の精液が滴る。
 手の甲で丁寧に拭い取って、全部綺麗に嘗め取った後で。
 「ご馳走さまでした。閣下。ご相伴に預かり、恐縮です」
 と、目の端を落としながら謝辞を述べた。
 満足したのか目を細めた閣下の腕の中で、大佐もまた、愉悦を浮かべた微笑を、ようやっ
と私に向けてくれる。

 権力に屈したように見せつつも、己が楽しむ事も忘れない爛れた性分の大佐が、私はとて
も好きなのだ。

 ……とても。




                                     END

 


ファルロイ&ブラロイ
 ファルマンたら、何時からそんな黒い考えの持ち主に!
 黒ファルは初めてかもしれません。なかなかに楽しい(苦笑)
 ってーか、ファルマンてなんとなしに、マニアな気がするんですよね。
 他の部下とは違う面で大佐を評価している気がするんですわ。
 や、勿論こんな黒い面じゃないですけどね。
 





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