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 別離


 「……たまには一人にしてもらえないか、少尉」
 ベッドの上。
 ひよこパジャマを着た大佐が、うんざりした顔で俺を見上げてくる。
 「んにゃ。駄目っす。はい。あーんしてください。あーん」
 俺はそんな大佐の口元に、スプーンを持ってゆく。
 「どうせなら、美女にしていただきたいものだね」
 首を振って、肩まで竦めた大佐の言い分もわからないじゃあないが。
 「わがまま言わないで下さい!それともナニですか!貴方の愛しい恋人が、ふりふりエプロン
  をつけて作ったおかゆが食べられないとでもいうのですか!」
 大佐の言う事を利いて、中尉に怒られるのは俺。
 大佐と中尉。
 どちらを怒らせたら怖いか、俺を含めた東方司令部のメンツはよーく知っている。
 「……ふりふりエプロン……つけてたのか?」
 「突っ込みどころはそこなんすか?」
 「いや。食べやすいのはわかるが、私はこの『おかゆ』というものが、どうにも苦手だ」
 ファルマン准尉に教えて貰った、東の国の病人食。
 見た目はアレだが、確実に栄養が取れる。
 「我慢してください。だいたいもう何日休んでいると思ってるんです?てんてこ舞ですよ。
  司令部」
 本来なら俺だってこなさねばならない任務が山ほど溜まっている。
 それを押して、大佐の家に入り浸って看病しているのはただ。
 大佐が心配だからだ。
 俺と同じ杞憂を抱く中尉も『目を離さないで』と許可をくれたくらいに。
 今までにない懸命さで激務をこなして、疲労困憊で倒れてしまったのが一週間前。

 明日は、ヒューズ准将の命日なのだ。

 
 「……一週間も熱が下がらないのは初めてかもしれない。や、士官学校の時は何度か、あっ
  たかな」
 「そん時はヒューズ准将がおかゆ作ってくれたんですか」
 「んーさすがに、おかゆはなかったがな。林檎を擦ってくれたり、寄る部屋を抜けだして、プテ
  ィングだー、ムースだー、アイスクリームーだーと病人の舌に優しそうなモノを買ってきてくれ
  たな」
 高熱に潤む瞳に、光が宿る。
 ヒューズ准将の話をする時、大佐の目には生気が煌く。
 例えどんなに疲れていても、壊れていても。
 それだけ、大切だったのだと思い知らされて。
 俺が死んでも、んな風にはならんだろうなーとか、ちょっと悲しくなったりもするけれど、そん
な大きな存在を失って、がむしゃらに突き進もうとする大佐を見る方が切ない。
 「で、こうやって食べさせてくれるんすか」
 「私が嫌がると、何故か嬉しそうにな」
 「あーんって?」
 「そうだ」
 「ラブラブっすね!」
 ええもう、俺は死人にまで嫉妬しそうですよ。
 そんな、蕩けそうな笑顔を見せ付けられた日には!
 「……焼くな。はぼ。ひゅーずに関しては焼くだけ無駄だ。恋愛感情がないから、そこまで甘
  いんだ」
 蒲団からもったりと持ち上げられた腕が、俺の首に回って慰撫の動きで項を擦る。
 「愛していない、代わりに。甘いんだよ」
 「……准将が、死んだ今でも?」
 「すまんな。これだけは変わらずに、ずっとだ」
 変わるのが恋心ならば、変わらないのが友情か。
 俺はあんたが、変わらずにずうっと好きなのに。
 愛して、いるのに。
 「ずっと。変わらない。だから安心しろ」
 「って言われても、妬けますって」
 「そうじゃない。ジャン。そうではない」
 「……ロイ?」
 伸びてきた指先が、俺の唇に触れる。
 「身体で繋がれないから、心が近いんだ……お前とは肌が馴染むだろう?言葉にしなくとも触
  れればわかる事は多い」
 指の腹は、俺を認識するように静かになぞった。
 「愛してる、と囁かなくとも通じ合える」
 「俺はいつでも、言って欲しいっすけど」
 「言葉を惜しんでいるつもりはないがな。慣れ親しんだSEXが、見えない心で繋がっている不
 確かさよりずっと、具体的なものだろう。まあ、その辺りは、わかってくれるという、甘えもある
 がな」
 大佐の甘えはわかりにくい。
 身体だけじゃない。
 愛してる、愛して貰ってるってしみじみできる場面は多いけれど、ふとした大佐の言動や仕種
でヒューズ准将にしか向けられない、特別な感情を見出してしまったりする。
 それが、嫌なのだ。
 心の狭い奴と笑われてもいい。
 愛ではなくても、特別、唯一という存在が俺以外にあるのが嫌だ。
 「……ヒューズはもう、ここにはいない。それは私とてわかっている。ただ……あいつの存在は
  私にとって一部みたいなものだったから。完全に切り捨てるわけにはいかないんだよ」
 口付けが、目の端に届く。
 心配するな、と触れる側から感情が伝わってきた。
 「明日は、一人で墓参りに行く」
 やっぱり、ヒューズ准将は聖域だ。
 俺を恋人だと認識してくれるならば、隣りに立たせて欲しいのに、結局護衛の延長でしかない
のだとしたら……俺は!
 「ロイ!」
 「心配しなくても、人体錬成なぞしやしないさ。そんなハイリスクな術式は使えんよ……だって
  はぼ。お前、私がヒューズに泣き言を囁く様なんざ、見たくもないだろう」
 見たくない。
 見たくはないけど。
 「貴方を、どうしても死人に縋らせたくはないんです」
 「……少し時間をくれ。恋人だというのならば懐の広いトコロも見せて欲しいもんだ」
 「時間をあげても、簡単に修正できる習慣じゃないっしょ。頼むから側に置いてください。隣に、
  立たせてください!」
 思わずベッドヘッドに押し付けるようにして、その身体をきつく擁いた。
 「大声を出すな。頭に、響く」
 「あ、すんません」
 抱き締め体は何時もよりずっと熱い。
 これ以上悪化させてどうするよ、自分。
 大慌てで毛布を引き上げて、肩までを包む。
 「お前は、ここにいる。ヒューズは、ここにいない……それで、十分だろう。ハボック」
 「いえ、ヒューズ准将は、永遠にあんたの胸の中。消えることはない、そうでしょう?
  ……車で墓地まで送ります。で、車の中で待ってますから」
 「……わかった、それでいい」
 俺には踏み込めない聖域の中で、大佐はヒューズ准将との別れを理解しているのだ。
 心配する周りのことも、きっと念頭に置いた上で。
 ただ、心が離れ難いだけの話。
 死人には勝てないけれど、今、この身体を抱き締めるのは俺だ。
 ……現状は、それで我慢するしかないだろう。
 自分がここまで嫉妬深い性質だとは思わなかった。
 「納得してくれて、嬉しいよ」
 「他ならぬ、あんたの為ですからね。でも添い寝は譲りませんよ」
 食事の後始末もしないといけないのだが、大佐が寝付くまでは隣にいたい。
 「お前。大きいから、邪魔なんだが」
 「でも抱っこされるの好きじゃないです?俺の胸に頭預けて眠るあんたは凶悪に可愛いです」
 「私を、可愛いと正面切って言うのはお前で二人目だ」
 一人目は、ヒューズ准将。
 やっぱしあの人はあんたを、俺が抱える感情にとても近いもので、包んでたと思いますよ。
 「もう、俺だけですね?」
 「……一人で十分すぎる」
 「そうっすか。ま、恋敵は少ない方がいいんで」
 言葉遊びの影にもついヒューズ准将の影をちらつかせてしまう、自分の陰険さに、うんざりす
る。
 「もう、寝る」
 「はい、わかりました」
 呆れたのかとびくびくしたが、大佐の表情は随分と穏やかだ。
 俺と話して、少しでも自分の感情が整理できたのならば、良い。
 そっと、髪の毛を梳く仕種を繰り返せば、穏やかな寝息が零れ始めた。
 明日はきっと、身体も落ち着いているだろう。
 そんな気がする。

 後は貴方が、嫌な夢に魘されず、明日を迎えられればいい。

 もう少し寝顔を見てから、片付けにかかろうと思いつつも、俺はなかなかベッドから出ること
ができなかった。




                                       END




 *ハボロイ。
  あえて、エロは入れませんでした。
  ヒューズの死をちゃんと理解していて、ハボを大切に思っているロイたんを書いてみたかった
  …というのならば、最初からロイたん視点にしればいいのにと、今になって思いました。
  馬鹿だ。





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