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 大切なもの


 「大佐?」
 だだっ広い中央(セントラル)の中でも、僕が一番多く足を運んでいる場所は、身体が鎧でなく
なっても同じ。
 大佐が座る司令室。
 東方司令部にいた頃からの部下にですら囲まれるのが嫌になったのか、ホークアイ中尉や、
ハボック中尉の席を通り越して奥まった所にある小さな個室が、大佐の最後の牙城となって久
しい。
 「……鋼の?……いや、失礼アルフォンス君か……」
 窓辺に頬を寄せるようにして眠っていた大佐が、もったりと顔を上げる。
 目の下には派手な隈。
 一体何日寝ていないのだろうか。
 「うつらうつらしていたから。すまなかった」
 僕は別に兄さんと間違えられるのを苦には思わない。
 実際声はよく似ていたし。
 大佐が兄さんを呼ぶ独特のやわらかさが好きだから。
 『鋼、の』
 と。
 恋人を呼ぶ甘やかな囁きは、いつでも僕の背筋をぞくぞくさせてくれた。
 「構いませんよ。寝て、いても。寝顔も好きですから」
 「……鋼のと、同じ事を言う。君達はあまり、似ていないと思っていたのだけれど。そんな所は、
  よく似ているね」
 緩慢な動作で立ち上がろうとするのを掌で制して、サイフォンに近付いて、空になった大佐の
マグを満たす。
 「ああ。ありがとう」
 ふかふかの肘掛椅子に座り直した大佐の指が、僕の手からマグを受け取る。
 「また、痩せましたね?」
 会うたびごとに、細くなってゆく指先。
 このままいけば、すっと消えてしまうのかと思わせるくらいに、儚い風情。
 あの絶対的な存在感が失われたのは、兄さんが死んでからだろうか。

 「そうかい?」
 背中を丸めて、ふーふーとマグに息を吹き付ける様は、何とも可愛らしい。
 年上の、それも上官に可愛らしいなんて表現は失礼なんだけど、大佐には本当よく似合う。
 死んだ兄さんもよく言っていた。

 兄さんのが死んだ原因は、僕だ。
 僕の身体を元に戻そうとして、完璧に戻して。
 死んでいった。
 僕が生き返って初めて目にした物は、兄さんの躯。
 くにゃりと、奇妙に捻じ曲がった身体の中には、骨も内臓も、脳みそも何一つ入っていなかっ
たのだ。
 虚ろな空洞を湛えた瞳を見つめて。
 元に戻さないとと、思い込んだ僕だったけど。
 兄さんが残した遺言を読んで、考えを改めた。
 残された言葉は、二つ。
 『俺が朽ち果てても、人体錬成はするな。きっと次はない』
 『大佐をよろしく頼む』
 二つ目の、言葉が僕を虜にしてしまった。
 僕は、兄さんを蘇らせるよりも、大佐を見守る事を選んだのだ。
 ずっと、ずっと。
 大好きだったから。

 僕が隣の部屋で眠れないでいるのを承知で、兄さんは大佐を抱いた。
 その真意は一度も問いたださなかったから、さだかではない。
 誰かに、大佐は俺の者だって、言いたかったんじゃないかな?と推測している。
 ただ僕は、途切れ途切れに大佐の喘ぎ声を聞きながら、いつでも欲情していた。

 だから、兄さんの代わりになろうと国家錬金術師の資格を取ったのだ。
 優秀な部下は一人でもいた方がいいだろう。
 複雑な過去なんてものがあるから使いにくいかもしれないが、忠誠度だけなら他の方々に負
けない自信はある。
 何より大佐に惚れ抜いているのだから。
 「そういえば……近々、少将に昇進できるようになったよ」
 「おめでとうございます!」
 「君のお陰だよ。頑張ってくれているから」
 マグを机の上に置いて、手を伸ばしてくるので、僕は腰を落として頭を差し出す。
そうすると鎧だった頃と同じに、大佐が良い子良い子と頭を撫ぜてくれるからだ。
 兄さんのように、大佐を抱きたくないといったら、それは嘘になるだろう。
 何より今の僕には健常以上の完璧な肉体がある。
 抱き締めてきたブルネットの慰安婦達は、仕事を忘れて善がってくれた。
 ベッドテクニックなんてものは、まだまだだと思うけれど、肉体そのもののできはこの上なく
イイらしい。
 でも、今はまだ。
 メンタルな面では混乱を極めたままの大佐に、告白は出来ない。
 髪の毛を梳くように撫ぜてくれていた手首をそっと取って手の甲に、恭しく口付けを一つ捧
げる。
 せいぜい、敬愛にも見せかけたこの程度限界。
 「これからですよ。やっと国家錬金術師の資格が取れた。もっとお役に立ちます」
 「なってしまったんだね」
 「はい」
 貴方の側に立つために。
 少しでも役になって、兄さんのように。
 愛して貰うために。


 「できれば、側においてやってください。准将ともなれば人事権に口出しが出来ると聞いていま
  す」
 「そうだね。希望すればまず通ると思うけれど。君を欲しがる人間は多いから」
 国家錬金術師になるための実技試験。
 見ていた人間全ての髪の毛を一瞬にして消し去り、最初の悲鳴が上がって、何人かが半
狂乱になった所を見計らって元通りにした。
 ちなみにつるつる頭でも大佐は可愛かったと断言できる。
 苦笑する比較的若い上官と、激怒した年配の上官。
 ブラッドレイ大総統は、腹を抱えて大笑いした。
 筆記試験は文句なしのトップだったので、実技もそこそこにやっておけば良かったんだけど。
 大佐の下に配属されたかったから、あえて派手なパフォーマンスに挑んでみた。
 とてつもなく間抜けだけれど、結構評価されると思ったんだ。
 これで、育毛の錬金術師とか、間抜けた二つ名が与えられなければ文句なしなのだけれども。
 「ふふふ。君にしては驚くくらい派手なお披露目だったから?」
 くすくすと声を潜めて笑う大佐は、やっぱり綺麗で。
 例え目の下にどんよりと隈が居座っていたとしても、どうしようもなく好き。
 「あれぐらい突拍子もないことをしておけば、大佐の下に配属になるかなと思ったんです」
 「まあ、ね。性格に癖があると私の下に配属される可能性は高いよ」
 「……まだまだ足手まといだとは思いますが。何時かは貴方の側に四六時中侍るのが僕の
  夢なんです」
 「鋼のが生きていたら、顔を真っ赤にして反対するだろうね。そんな夢」
 「そうですね。でも兄さんは死んでいますから。反対したくてもできません」
 「そうだね。鋼のは死んでしまったから」
 とても大切にしていた兄さんの命を踏み躙ってまで、生まれ変わった僕を、大佐は憎んだりは
しなかった。
 僕の口から兄さんの死を幾度となく確認せしめた所で。
 穏やかにその死を認識するだけだ。
 己に言い聞かせるようにして。
 兄さんが僕を元通りにするのを、それこそ生甲斐にしていた部分というものが僅かでもあった
とするならば。
 僕という存在は、兄さんを鋼の錬金術師として生き長らえさせる為に必要不可欠だったのだ。
 大佐が愛した、鋼の錬金術を。
 だから、憎みたくても、憎めないのだ。
 ……たぶん。
 「そろそろ時間だったかね」
 「はい。そうですね」
 今日は大総統閣下から直々に二つ名と銀時計を頂く事になっている。
 本来ならば、配属先の上官から貰えるのだが今日は偶然にも閣下がいらっしゃるということ
で、特別な計らいがなされた。
 ハボック少尉なんかは、大総統の直属につけられるんじゃねーの?なんて、言ってくれてる
けど。
 それはないだろう。
 大総統は、彼は。
 僕と同じ父親を持つのだから。
 愛された息子を、愛されなかった息子が側に置きたいと思うか?
 一度だけ、恐らくは二人きりで目通りを許すのは、僕と己の立場の徹底的な違いを見せつけ
るため。
 今は、大佐と共に首を垂れるが。
 見ているがいい、後数年後には、絶対に貴方をその地位から追いやってやる。
 何よりもいとおしい存在である大佐が、少しでも心安らかな生活を送るのには、大総統閣下。
 貴方は邪魔なのだ。
 「では、いっておいで?」
 僕の野心など思いもよらず、大佐が僕を促す。
 「ええ、いってまいります。二つ名を頂いたらもう一度こちらへ伺ってもよろしいですか?」
 「ああ、待っているよ。困った二つ名でないことを祈っていよう」
 「大佐の祈りは強力ですから、大丈夫ですよ」
 ぴしっと、敬礼をして深く頭を下げる。
 大佐に背を向けた僕は、彼には決して見せないだろう歪んだ微笑を浮かべたままで、大総
統閣下がいらっしゃる部屋へと向かった。

 


                                       END
                       



 *アル×ロイ
  えーとこのお話では、アルは大総統がホムンクルスでホーエンハイムがホムン
  クルスをたばねるお父様であることを知っています。でもってロイは知らない。

  微妙なパラレルで恐縮です。なんかこの設定でも続編書きたいなあ




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