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 畏怖


 私が大佐に抱くこの感情を、愛と、名付けてしまったのならば。
 どれほど楽だったのだろうか。

 「リザ……」
 私の胸に顔を埋めていたロイが、名前を呼ぶ。
 先ほどまで繋がっていたはずなのに、その声にもう甘さは残されていない。
 「はい。何でしょう」
 ロイの髪を撫ぜる手を止めず、努めて冷静な音域で返事をする。
 つくづく自分が余韻を楽しむ性質でなくて良かったと思う。
 「東部に異動になった」
 「……そうですか」
 出世をする条件の一つに、一度地方へ飛び、中央とは違う雰囲気の中で職務に勤しむとい
うのがある。
 最もロイの場合は、いわゆる左遷なのか、出世の一端なのかは微妙なところだ。
 大総統閣下にすら愛されるその才覚はさておき、若すぎる上官は年寄りの妬みを買いやす
い。
 今回の異動は人事部のトップが独断で決めつけたという、噂も聞き及んでいる。
 「すれていない部下が欲しかったからな。ちょうどいい。書類を見て何人かは目星をつけてあ
るが、実際使ってみないとわからないからな。楽しみだ。色々と」
 左遷などとは全く思ってもいないのだろうセリフに、自然笑みが浮かぶ。
 「リザにも来てもらう。問題はないな」
 「ありません。東部でもこちら同様お仕え致します」
 「うん。そうしてくれると助かる」
 顔を上げたロイは満足そうに微笑んでいた。
 この、笑顔が見られるなら自分は何でも出来るだろう。
 初めて出会った時に誓ったのだ。


 「そうだ!一人気になっている奴の中でリザと同じ金髪がいたな」
 「……ジャン・ハボック准尉ですか?」
 「!何故分かる」
 「大佐の好みかと、そう思っただけです」
 ロイが取り寄せた書類の手配を、誰がしたと思っているのだろうか?この人は時折信頼してい
る人間にだけ、抜けいているところがある。
 ジャン・ハボック准尉は上官に媚へつらうのが苦手だったようで、書類には随分と否定的なこと
ばかり書かれていたけれど。
 中央での研修で何度か見たことがあった。
 私の髪にもう少し茶か橙を加えた金髪に、透き通るアイスブルーの瞳が印象的だった。
 色は無論。
 主を探して彷徨う忠犬の眼差しが、何よりも。
 私同様、トップに立ちたいとは夢にも思わず、忠誠を捧げられる上官を求めるタイプのようだ。
 男性には珍しいが、いないわけでもない。
 己を良く知っている証拠だ。
 上官の覚えが悪いのは、それだけ彼が選り好みをしているからだろう。
 大佐なら、私の、ロイなら。
 彼もきっと気に入るはず。
 私が助け切ることが出来ない部分もフォローしてくれる、そんな気がした。
 「君の好みだったんじゃないのかね?綺麗な青い目をしていたよ」
 口調に拗ねた色合いが混じる。
 私が貴方以外の男性に目を向けるはずは無いのだから、嫉妬など必要ないのに。
 「私の好みは黒目ですから」
 「普通女性は、金髪青目。きゃー王子様―とかなると思うけれど?」
 「趣味思考の問題でしょう?私は大きな黒目が好きです」
 「良かったよ、私が君の好みで」
 
 嬉しそうに髪の毛に指を絡めてくるので、引き寄せられるままに唇を重ねた。
 軽く唇を食まれて、下腹がじん、と熱くなる。
 全く……我ながら浅ましい。
 ロイの下につくのならば、男性の方が良かったに決まっていた。
 男に生まれても私は、きっとこの人を、生涯の忠誠を捧げる相手に選んだと思う。
 でも、今、私は女でしかない。
 ならば、女として、この人を守り抜こう。
 この人が与えてくれる快楽は、性交渉に不慣れな自分には時折手に余るもので、ともすれば
立場を忘れて溺れたくなってしまうけれど。
 それは、許されない。
 ロイが私を許しても、私自身が許さない。
 「リザ?」
 「はい」
 「も、一度。いいかな」
 愛ではなく、そんな生ぬるい感情ではなく。
 「明日も、早いですよ。遅刻は許しません」
 「ちゃんと、起きるから……駄目かな」
 この人を失ったら生きてゆけないという、盲目的な恐れ。
 見上げてくる、ロイの額に唇を寄せて。
 「も、一度。だけですよ」
 「ああ!」
 渋々といった私の承諾を受け取った途端、腰を抱かれて体勢を入れ替えられる。
 私が組み敷かれる相手は、生涯、この人だけだろう。
 「……リザ……」
 ロイの熱い掌がそっと私の乳房に触れてくる。
 私は己の乱れを見せないようにロイの頭を抱え込んで。
 「……ロイ……」
 できうる限り甘い声で、縋る、風に。
 絶対者の名前を、その耳に吹き込んだ。



                         
                                                      END





 *アイロイ。
  はれ?もっと長引くかと思ったんですが、すんなり収まってしまった。
  ロイが大切で仕方ないリザたんを。
  ハボをロイたん好みに躾てゆくリザもいいなあ、とか思ってしまう自分。
  相変わらず、駄目だ(苦笑)





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