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 あちらこちらで、細くたなびく、煙。
 僕が殺した人間達が、焼かれて空に溶け、天へと昇ってゆく。
 
 「紅涙の」
 最後まで、僕が国家錬金術師になることを反対した、ロイ・マスタング大総統が、それでも労う
ように呼ぶのは、エルリックという苗字でもなくアルフォンスという下の名前ではなくて、国家錬
金術師に与えられた二つ名。

 紅涙(こうるい)の錬金術師。

 生ける物全ての組織をランダムに破壊し、最終的に至らしめる滅殺の術。
 微かでも食らった人間は、その苦痛のあまり血の涙を流すことからつけられた。
 つけてくれたのは、僕の最愛の人。
 「何でしょう、閣下」
 己の野望に殉じて、望み通りの地位を手に入れたはずなのに、何時も憂いを帯びた眼差し
をしている。
 大好きだった濡れたような黒目も、片方は無粋な眼帯で覆い隠されていて、切なげな眼差
しに拍車をかけているのかもしれない。
 ホムンクルスでもあったキング・ブラッドレイ元大総統を殺した時に負った傷だ。
 「無理に、殺す事は、ないんだよ?」
 僕の名前を呼んでくれない以外は。
 以前と全く変わらない。
 どころか、もっと。
 ……優しい。
 「いえ。一刻も早い国家の安寧のために」
 僕は軍靴を鳴らしながら、敬礼をする。
 心にもないことを口の端、上らせながら。
 「……不思議だとは思わないかい、君は」
 両腕を大きく広げて。
 煙以外は何一つなくなってしまった大地に向けて、まるで何もかもを包み込むように、して。
 「人殺しをしないための人殺しを繰り返す事が」
                                 
                     
 「いいえ。不思議とは思いません」
 「そうか……私は、ね。不思議で仕方ないよ。人殺しの、私が生きていることを含めて」
 天を仰いで瞳を閉じる風情は、刻み込まれた目元の皺と共に、殉教者のようにも映った。

 ブラッドレイ元大総統を殺しその目玉を抉り取り、ヒューズ准将の残した資料を使って、ブラッ
ドレイ氏がホムンクルスだったのだと、世間に知らしめた。
 ウロボロスの紋章が浮かび上がった目玉が、ブラッドレイ氏のものだと鑑識が判断を下した
時。
 大佐は反逆者から、英雄へとなった。
 異例の昇進を果たしたのは、当然のこと。
 大佐の言い分を聴きもせず無情にも牢へ放り込んだコトも、綺麗に隠蔽された。
 異論を唱えた者は皆、左遷・更迭とあっては逆らえる者でも口を噤む。
 そうやって、ヒューズ准将の復讐も果たし、誓いも成就させたというのに。
 どうしてこの人は、こんなにも淋しい目をしているのか。

 「おかしいよね。人殺しが、英雄なんて」
 本当は、この人は。
 ブラッドレイ氏ですら、殺したくなかったのかもしれない。
 兄さんの目を盗んでは、僕が鎧の中で飼っていた猫に、そっと餌を食べさせて目を細める人
だった。
 たぶん、今でも。
 動物も、人も、自分が関わった人間は特に、大切にする。
 「英雄で、あり続けるのは苦痛ではないけれど。人殺しを続けるのはやはり、苦痛だね」
 「国内は平定しました。後は外部に閣下の力を見せ付けて、都合の良い条件で講和を結ぶだ
  けでしょう?」
 「ふふっつ。簡単に言ってくれる」
 どんなに大切にしている人の前でも、共にここまで駆け上がってきた人達の前ですら外さな
くなってしまった、発火布でできた手袋のままの掌が僕の頬を包み込む。
 「私を、助けてくれるのかい……紅涙の?」
 「貴方が望まない、人殺しでも。必要であるのならば、命を賭けてもお助けしますよ」

 そっと手首を掴み、手の甲に恭しく口付けを一つ。
 「すまない、ね」
 まるで泣いているのかと思った、湿った声音は一瞬。
 不意に顔を上げて、空を馳せ。
 「では、また。殺戮の狼煙を上げて貰おうか」
 大総統の顔をして、絶対者の物言いで言い放つ。
 これも、僕が愛して止まない、ロイ・マスタングの一面だ。
 「……ソファルトーラですか?」
 先日僕が主導者を暗殺した国。
 散々命乞いをする様を国民に見せてやったのなら、きっと戦意を喪失させることができただろ
うに。
 死なねばならぬ人間を、必要以上に辱めるのは……と思った結果は。
 殺した主導者の弟が跡を継ぎ、更なる反旗を翻す状況だった。
 僕はまだまだぬるい。
 「もう、残さなくてよいよ」
 国民をも殲滅させて良いと、静かに囁かれて、僕は従順に頷く。
 「仰せのままに」
 一度だけ許すのが、閣下のやり方。
 二度目はない。
 それは部下に対してもそうで。
 僕だからとて、例外ではない。
 「行って参ります」
 敬礼をして、軍靴を鳴らし、すぐさまかの地へと向かおうとした僕に掛けられた言葉は。
 「必ず、帰っておいで」
 失敗してもいいから、という意味合いを込めての言葉だったけれど。
 それだけはできない。
 失敗は、彼の側を離れる事になるからだ。
 やっとの思いで一番近い場所を手に入れた。
 どうしたって手放すつもりはない。
 それでも。
 それが彼の、ロイ、の優しさだと知っているから。
 「はい」
 返事をして、振り向き様。
 眼帯の上に口付ける。
 「絶対に、貴方の元へ戻ります」
 捧げる誓いはただ一人に捧げる忠誠。
 「……気をつけて、紅涙の」
 背中越し、僕に遠慮して近寄らなかった大総統の部下達が、わらわらと近寄ってくるのを感じな
がら、僕は彼の側を離れる。
 より、近くに侍るためだけに。
 何度でも死地へと赴くつもりだ。





                                        END
                   



 *アルフォンス×ロイ
  この設定で長編書きたい!で、でも誰が読んでくれるっていうんだ(泣)
  おまけ小説で連載とかしちゃおうかなー。
  この設定でいちゃラブとか、書きやすそうだと思うのですが、駄目かな、やっぱ。



  

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