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 負け戦


 
 雨のように降り注ぐ銃弾を、頭上数メートルで全て誘爆させる。
 爆風は、己の周囲に炎の壁を巡らせて完全に防いだ。
 相手も歴戦の猛者。
唖然としているのは、ほんの僅かな間なのだが、私にはそれで十分。
 発火布を擦り合わせて飛び散る小さな火花が呼び水となって、遥か先の敵までをうねり上がっ
た炎で焼き尽くす。
 正確な場所の指示さえもらえれば、肉眼で見えなくともピンスポットの攻撃が可能だ。
 我ながら、戦うためだけの残酷な技だと、そう思っている。
 「相変わらず、鮮やかな技ですねぇ」
 彼にしてみれば掛け値なしの賞賛なのだろうが、歪んだ性格故か、どうしたって嘲笑されてい
るようにしか感じられない。
 「……紅蓮の。君の殲滅区はもっと北だろう?」
 集中していたにしても、彼の気配に気が付かなかったとは、我ながら情けない。
 つい、口調がつっけんどんなものになってしまう。
 「怒らないで下さいよ。もうね。自分の区は殲滅が完了したから。貴方の様子を伺いにきたん
  ですよ?技に似合わず優しいから、躊躇っているのかと、思いましてね」
 真正面。
 にやにやと微笑み掛けながら、私の目を見つめたまま、手の甲を取り、そっと唇を寄せてくる。
 錬成陣を描いた手袋を嵌める私と、己の掌に錬成陣を掘り込んだ紅蓮の。
 似た技を持つ我々だが、戦い方も、考えも全く違う。
 「私が、貴方の代わりに殺しましょうか?大好きな貴方が辛いのは、私も嬉しくはないですか
  ら」
 「……冗談はたいがいにしろ」
 人を殺す熱に浮かされたまま抱き合う相手に、何故、紅蓮のを選んでしまったのか、自分で
もわからない。
 紅蓮のが言うように、好き、が理由でないのは確かだ。
 私は彼が、心の底から嫌いだ。


 何よりも、歪んだ心根のままに、こんな列書くな状況下においても、己を見失わないその強さが。
 自分には持ちようの無い、単純な強さが……憎いが故に。
 「冗談ではありませんよ?貴方のような存在があるから、世の中は成り立っているんです。
  狂人ばかりだったら、つまらないじゃないですか。戦争だって早く決着がつくでしょうよ?
  敵だろうが味方だろうが関係も無く、更に躊躇いが無いのですからね」
 先日も、優しい豪腕の錬金術師・アレックス・ルイ・アームストロングが命令違反で更迭された。
 あの優しい男が、陰惨な戦場から抜け出せたのは良かったと思ってしまうが、私を正しく理解
してくれる人間が側にいてくれないのは切ない。
 士官学校時代からの親友、マース・ヒューズ少佐も副官として健気についてきてくれている、
リザ・ホークアイ少尉も、国家錬金術師でないが故に、戦場にいながらも、会えない場所にいる。
 リュオン・エッガー大佐は、国家錬金術師でもあり敬愛できる上官でもあるが、殲滅担当地区
が離れすぎていた。
 会おうと思えば会えるのかもしれない。
 会えたのなら、私に無言でコーヒーを差し出してくれるだろう。
 懐の深い優しい人だ。
 決して会えない距離ではないが、今は、会えない。
 私の状況を知られて、軽蔑されるのが嫌だった。
 紅蓮のに、抱かれて、正気を保つような自分の劣悪な状態を。
 「マスタング……座標が少しずれている。やはり代わりましょうか」
 「結構だ!と何度言わせるんだ」
 感情が高ぶった途端、技の発動にすらしくじる。
 「っつ!」
 この程度の言葉で躍らされてどうするんだ!
 舌打して目を伏せれば、不意に正面から抱きすくめられた。
 「ぐれ!」
 名を呼び切る余裕もなく唇が塞がれる。
 体内で燻った熱をそのまま伝えて寄越すような、熱くて、認めたくないが甘だるいキス。


 女性との行為にも随分慣れていたのだろう口付けは、決して経験の浅い方ではない私をたや
すく翻弄する。
 息継ぎも許されない激しさを止めようと、縋るような体勢になってしまうのは本意ではないのだ
が。
 このままでは膝までが崩れ落ちてしまいそうだ。
 人を殺す罪悪感で燻り続ける、重たい熱を吸い出してくれるような、そんな馬鹿らしい錯覚に
陥って首を振る。
 逃れようとしているのだと、勘違いしたのか。
 頬を固定する掌に力と熱が、篭もった。
 掌に錬成陣を刻んでいるのを知っているからか、熱く感じるのか、実際熱いのか、判断しか
ねる所。
 「……気をつけて下さいよ。焔の?」
 頬を包み込んでいた掌がゆっくりと離れてゆく。
 掌に赤々と掘り込まれた錬成陣に、瞬間目を奪われる。
 ひらっと何かを掴むような仕種で、飛んできた弾丸を幾つも爆弾へと変化させた。
 私へ口付ける時と、何ら変わらない微笑を浮かべたままで、小さな弾丸を指で弾き、空に躍
らせると爆発させる。
 爆風から私の身体を庇うようにして抱えて、手に残っている爆弾をタイミングよく手離してゆ
く。
 誘爆が、更なる爆発を呼び目の前には紅蓮の爆炎が上がった。
 好き勝手に爆発を楽しんでいるようにしか見えないのだけれど、恐ろしく緻密な計算を重ね
る事ができるのだと、こうして目の前で見なければ知らないままだったろう。
 「離せ、紅蓮の」
 「もう、大丈夫です?」
 「ああ、下がっていてくれ」
 功績を立て様だとか、なるべく自分の負担少なく人を殺そうとか、そんなことは微塵も考え
ないのだろう、紅蓮の。
 奴はただ、爆発で死んでゆく人間の阿鼻叫喚を聞いていられれば、それでいいのだ。
 損得勘定や罪悪感とは、遠い所にいる奴が、うらやましくも、あり。
 憎くもあり。
 爛れた環境で、せいぜい引き摺られないようにするのが手一杯だ。
 「北、ポイント08521。西、ポイント19823」
 嫌になるくらい、正確な位置表示は、私の確認と全く同じ。
 爆弾狂などと名付けられているが、優秀な奴なのだ。
 上層部の手に負えないだけで、個々の殺戮兵器としては、私より余程。
 「風、微風。修正値511」
 「563」
 「……飛ばしますね?」
 「せっかくなんだ、貴様も使えばいいだろう」 
 「おや、参加させてくれるんです。光栄ですね」
 腕を伸ばして発火布を擦る。
 散った火花を、紅蓮のが、爆弾にと変化させた。
 「いいですねー。初めての共同作業」
 心の底から嬉しそうな声だ。
 きっと人を大量に殺せる愉悦に、浮かんでいる微笑を歪んでいるだろう。
 地面を目に映らないスピードで走った火の線は、敵方の基地のど真ん中で大きな血煙を上
げた。
 「ああ、やっぱり、貴方の焔はイイ。血の色にとても近い。ほら、貴方もよく見るといい」
 踵を返そうとした、私の身体をひょいっと抱き抱えて、炎が一番良く躍って見える位置に移動
された。
 今度は大蛇のような黒煙が何本も立ち上っていた。
 あれは、何やら燃料関係が燃えている色だ。
 人も随分と殺したし、滞在に使う燃料も焼き尽くしたとあったのならば、敵は後退を余儀なく
されるだろう。
 ここでの、私の仕事は終わった。
 殲滅とは、全てを灰燼に帰す事ではない。
 敵の、心の底にある僅かな戦意を根こそぎ奪う事だ。
 「……これで、終了となりました、か。お疲れ様でした。マスタング」
 労わるように髪の毛を撫ぜられて、ふと安堵に目を閉じそうになった。
 「満足げで、愛らしいですよ?」
 項に唇の感触を覚えて、ざわっと産毛が逆立つ。
 
 誰が、紅蓮の腕の中、安堵などするものか。

 誰が、この残状を見て、満足げに、微笑んだりするものか。

 私は手の甲一つで、紅蓮の口元を叩くと、外套を翻して国家錬金術師が逗留を定められて
いるテントへと向かった。
 血が滲むほどきつく、唇を噛み締めながら。
                               


                      
                                       END




 *キンブリーロイ
  おや?戦場でのエロエロになるはずが……。
  しかも、キンブリーが無駄に格好良い、ような?
  そして、ロイたんに甘すぎる、ような?
  何だかおかしい気がするですが、口調がそこはかとなくキンブリーっぽく
  なった気がするので満足気味。
 




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