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 家族


 優しい母さんと大切な弟。
 俺の家族は、この二人だけだ。
 「きみの父親を、知っているよ。鋼の」
 だから俺は、その言葉が出た時、反射的に恋人の首を機械義手の方で締め上げてしまった。
 何故、愛しいこの男が、あいつ語る?
 「苦しいよ、鋼の」
 聡明な大佐は、俺の行動を読んだ上で言ったのだろう、機械義手の上にそっと手をあてて目
を細めた。
 「悪りい」
 俺はぎこちなく、力を抜いたが既に時遅く。
 大佐の首にはあからさまな指の跡が、這っている。
 「すっげえ痕つけちまった。どうしよう」
 「何、気にするな。軍服はきっちり首まで隠れるからな。キスマークだってOKだ」
 はははは、と笑う大佐の首元にぎゅっと抱きつく。
 二人の家族よりも、もしかしたら大切かもしれない年上の恋人は、いつでも俺に、悲しいほど
優しかった。
 「……無神経な発言のようだったね?」
 「まあ、普通父親の話をされたぐらいで、首締めるような真似はせんやな?」
 「光の錬金術師、ホーエンハイム。何度かお話も伺ったことがあったよ。穏やかな方だったな」
 「外面はいいんじゃねーの?小さい頃に別れたから、あんま覚えてねーけど」
 いつだって山ほどの文献に囲まれて、遅くまで机に向かいながらペンを走らせていた。
 あの、個人所用にしては充実した資料の中に、どうしてあれほどの人体錬成に関するのもが
あったのか、俺はつい最近までわからなかった。
 「『人体錬成だけはしてはいけない』と言われたよ」
 大佐の整った綺麗な顔が。泣きそうに歪んで、俺は慌てて全身を使って大佐を抱き締めた。

 言うに事欠いて、あの親父は大佐を悲しませる言葉を紡ぐ。
 昔からそうだった。
 いつでも自己完結。
 周りの言葉なんか聞いちゃいない。
 母さんは、錬金術のお仕事が忙しいからね、仕方ないのよ。
 って寂しそうに笑ってたけど、まだいいんだ。
 あんなクソ親父でも愛して、いたから。
 「どうもねー親父でゴメン。あんなのと血が繋がっているのかと思うと反吐が出る」
 でも、俺は親父を愛してなんかいない。
 風の噂を聞くにつけ、早く死んでくれないかなと、心の底から願う。
 どんな理由があったとしても、母さんと俺達を捨てた男だ。
 許せるはずもない。
 だだでさえ悪い印象しか抱いていないと言うのに、大佐を悲しませるんだったら、今度は憎しみ
すら覚えるぞ?
 「そう言っても鋼の。たった一人の父親だろう?心配されていたよ。とても……」
 「は!心配だけなら誰だってできるさ。安いもんだ。幾らでもすりゃあいい。俺には関係ない。と
  んだ偽善なんだからなあ」
 自然声を荒げてしまう。
 大佐は、そんな俺を見て、宥めるように額に、頬に、唇に。
 やわらかく触れてくる。
 「良い方だよ。君の父親は。君には少し、わかりにくいかもしれないけれど」
 「大佐の言葉でも、これだけは飲み込めない。あいつは最低最悪の人間だ」
 俺をなだめようと、その癖、あいつを褒めるというか、フォローする大佐。
 頼むから、あいつを庇わないで欲しい。
 大佐だけは、憎みたくない。
 「鋼の……」
 「母さんは死んだ。俺の家族はアルだけだ。それでいい」
 「……わかったよ。もう何も言わない」
 目を細めた大佐が、俺の髪の毛を撫ぜてくれる。
 子供扱いされていて、嫌だったのだけれども。
 今は嬉しい。
 「こうやって、頭を撫ぜてくれるだけで良かったんだけどな……」
 一度でも子供として可愛がって貰った過去があれば、縋れたのかもしれない。
 「では、私が代わりにしてあげよう」
 大佐の胸の上に乗せている頭が、ゆっくり頭の形に沿うようにして撫ぜられる。
 「代わりに、じゃねーよ。大佐が父親だなんて、ごめんだ」
 あんたは、俺の恋人。
 家族よりも、近い半身。
 「私だって君の父親は御免被りたいよ。まだ二十代でこんな大きな子供は、ね」
 言いながら、髪の毛をずっと撫ぜていてくれる。
 俺が望めばきっと、兄でも父でもやってのけそうで困りもんだ。
 「ロイ?」
 「何だね、エド」
 もし。
 もしだけれども。
 「んん。なんでもねー」
 「呼んでみたかっただけかい?」
 親父が、俺とロイの関係を見透かした上で、ロイに話しかけたのだとしたら。
 人体錬成をするな、と咎めたのだったら。
 それだけは、褒めてやるのだけれども。
 「……ああ、そうだよ」
 俺は大佐の暖かな掌を感じながら目を伏せた。


 


                                     END
                              



                    
 *エドロイ。
  エドロイイベント余韻のままに完結その1(笑)
  血の繋がりよりも得難いものができる幸せと不安。
  がテーマだったんですけどねー(苦)





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