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 はじめまして


 「ちっつ!」
 ライフルが最後の弾丸を放つを音を耳にして、思わず出た舌打ちを聞くものは、誰一人としてい
ない。
 最激戦区といわれるマタルナータでの夜戦。
 狙撃手として使った方が効率も上がるだろうに、上官は私を特攻兵扱いにした。
 上官の命令は絶対だから従ってはみたものの、人には向き不向きがある。
 先陣を切って進む最中、私を除く全員が戦死した。
 得意とする援護射撃も許されぬままに。
 明らかな采配ミスだろう。
 既に撤退すら難しいのは、周りに潜んでいる気配でわかる。
 数時間前までは飛び交っていた銃弾も、今は一方的に打ち込まれているだけ。
 敵もまさか私一人でこの場を支えているとは思ってもいないだろうが、人数が激減しているの
は掌握されているはず。
 だんだんと敵の輪が、狭まっているのを感覚だけで捕らえる。
 残っている武器といえば、自前のグロック26に残弾1。
 M67手榴弾1発。
 手榴弾を投げて、敵数を少しでも減らした上で、自決というところか。
 捕虜になったところで、あの上官が助けてくれるとも思えない。

 助けて貰いたいとも思わない。

 歯にピンをひっかけてぬく。
 ピンを吐き出して、一秒弱。
 振りかぶって、二秒弱。
 手から離れて、綺麗な弧を描くまで、二秒。
 着地とほぼ同時に爆発の五秒が経過する慣れた手順。
 破片手榴弾の名前通り周囲に金属片を撒き散らしながら爆発した手榴弾は、それでも十数人
の敵を屠ったのだろうか。
 「後は、そう、ね」
 軽量この上も無い拳銃に、弾丸があるのを確認して、こめかみにあてる。
 大きく息を吸い込んで、ためらいもなく引き金を引く。

 引いたと思った、瞬間。
 力強い腕が私から拳銃を奪ってしまった。
 すぐ背後にいたらしいその気配に気がつかなかったことに驚きつつ、ぼんやりと首を巡らせた。
 「美女が自決なんて。私の前で許せるはずも無いんだよ?」
 何日も風呂どころか、顔も洗っていない自分を瞬間恥じた。
 とにかく、そのに立っていたのは、私が軍人になって初めて見た、綺麗な人だったのだ。
 「貴方、は?」
 更に近付いてくる敵の銃弾すら、遠く聞こえる。
 まるで世界がここだけ、二人だけを残して切り取られてしまったようだ。
 「はじめまして。名前はロイ・マスタング。地位は少佐」
 不思議と汚れの少ない手袋に包まれた指先が、私の頬をす、と撫ぜる。
 ゆるく爆煙にまかれ汚れた頬を拭ってくれていたようだ。
 そんな接触を、今まで誰にも、同性にすら許してこなかった私が、場違いな優しい所作を許し
たのは、まだ私の神経が死にかけていたせいだろう。
 「そして、焔の錬金術師だ」
 ああ、これが。
 と反射的に目を伏せるほど、有名な呼称。
 大総統閣下のお気に入り。
 前線に投入された国家錬金術師の中でも、信じられない戦火を上げているトップ三の生え抜
きの一人。
 「安心したまえ、リザ・ホークアイ准尉」
 「私を?」
 「よく知っているよ、君は外身の美しさと射撃のずば抜けた優秀さで、なかなかに有名人なんだよ」
 ひゅうっと弧を描いて飛んできた手榴弾が、上空数メートルのところで爆発した。
 暴発したのかと思ったが、私達の周りを囲むように炎が躍っていることに気がつき。
 守られているのだと、理解した。

 「何故こんな、最前線にいらっしゃるのです!貴方のような方が!」
 素早く周りを見回しても、護衛すらついていない。
 少佐ともあれば、本来つかないはずがないのだ。
 ましてや彼は国家の至宝とも言える錬金術師。
 失われていい存在ではない。
その卓越した能力には、替えがない故に。
 「恐れ多くも大総統閣下の直々のご命令なのさ」
 「……まさか」
 国家錬金術師による、抵抗勢力の、殲滅。
 噂に聞いていた。
 噂でしかないと、思っていた。
 「私と、数人の成果が出れば、本格的な投入が始まるだろう。護衛は無用なんだ。邪魔なだけ
  なのでね」
 まるで心を読み取られでもいるように、訥々と語られて自分でも血の気が引いてゆくのがわ
かった。
 私の目の前、とても最前線にいるとは思えない穏やかな微笑を浮かべている少佐を、愕然と
見やる。
 その背後では、数え切れない砲撃が、全て跳ね返されていた。
 どういった術なのかはわからないが、敵側は既に真紅の焔に塗れて、阿鼻叫喚の地獄絵図
に成り下がっている。
 この凄まじい戦力が、本格的に投入されたなら。
 私達一兵卒の力なぞ、紙よりも役に立たない。
 無駄な、だけだ。
 多少なりとも己の腕に自信があっただけに、衝撃は大きかった。
 ふがいなさに唇を噛み締めて、銃を抱え込んだ私に目線を合わせた少佐は、ゆっくりと囁い
た。
 「こんな所で、風情がないのだが。私の副官になってはくれないかな?」
 「……はい?」
 上官の言葉に、疑問で応えたのはこれが初めてだった。
 「必要なんだ。私には。前しか見えないからね。背後を守ってくれる人間が、どうしても欲しい
  んだよ」

 背後では、幾つもの爆炎が上がっている。
 こんな力がある人に、一体何が、必要だというのか。
 後方など、簡単に警戒できるのだろうに。
 「一人では、全てをやり通す事はできないんだよ。心が、壊れてしまうからね」
 私は、ここで、はたと、気がついた。
 少佐が、あんまりにも穏やか過ぎる雰囲気をまとっている現実に。
 狂気が支配する戦場で、私も先刻、死を選ぼうとした。
 それぐらい、ここは病んだ場所なのだ。
 「どんなたくさん人が殺せる化け物でも、心は存在するんだよ。そう、存在するはずなんだ、
  きっと」
 まるで己に言い聞かせるように囁いている、少佐の姿を見て。
 守らねば、と思った。
 今、この人は狂気の淵に立っている。
 だからこそ、こんなに凪いだ風情を保っているのだ。
 何もかもを超越した先にあるのは、恐らく、人が生きていける世界ではない。
 「……私で、よろしければ。貴方をお守りします。背後から、ずっと。貴方がいいというまで、
  少佐」
 ぴしっと敬礼をする。
 「……本当に?」
 瞬間の、少佐の表情を私は一生忘れられないだろう。
 幼いまでの無防備な驚きと喜びを浮かべた儚いまでの、微笑。
 「ええ、本当に」
 「そうか……嬉しいよ。これから一生。私が死ぬまで、よろしく頼むよ。リザ・ホークアイ准尉」
 「いいえ。死んでもお供します。ロイ・マスタング少佐」
 幾つもの巨大な焔に炙られ浮かび上がった少佐は、旧知の共に巡り合ったような懐かしげ
な風情で、私に向かって頷くと。
 背後の爆炎を尚一層派手に、燃え上がらせてみせた。




 *ホークアイ×ロイ
  逆も好きなのですが、あえてリザ様攻めで。
   この時点ではまだ初々しいですが、後に最強になって欲しい。
   終夜の二人の初めての出会いはこんな感じでした。

  これを根底に、今後もバリバリ書きたいですね。むふう。
 
                                                  


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