[私の見た イギリスチャンピオンシップショー] 吉川信幸

今年は、3月のクラフト展と7月に開催されたペイントンドッグショーの二つのイギリスチャンピオンシップショーを見学する機会を得ました。ペイントンドックショーを中心に私の見たイギリスのショーとラブラドールについて報告します。

ギリスのチャンピオンシップショー

ラブラドール(L)犬に関しては、単独展を含めて今年一年間に41のチャンピオンシップショーがイギリスで開催されます。チャンピオンシップショーとはCC(Challenge Certificate)カードが出るショウですが、これ以外にオープンショー(CCは出ない)等はたくさん開かれます。ご存じの方も多いと思いますが、イギリスでは3人の異なる審査員から3枚のCCカードを獲得した犬がショーチャンピオン(Sh Ch)と認められます。さらにワーキングテストに合格するとフルチャンピオン(Ch)になるわけです。チャンピオンシップショーの審査員は前年に決定され、ラブラドールレトリバークラブ(LRC)の年報などに前もって公表されています。2000年度の審査員を見ますと、ほとんどのチャンピオンシップショーで審査員が異なります(4名の方は2つのショーを審査します)。このようにイギリスのL犬は多数の審査員によって幅広く審査されることになります。
チャンピオンシップショーにはおおよそ200〜450頭のL犬が出陳されますが、それぞれのショーで出されるCCは牡牝各一枚です。年間に合計82枚のCCカードがL犬に出されることになります。単純に3で割って計算すると一年間に27頭のSh Chが誕生する可能性があるわけですが、実際にSh Chの称号を得るのは牡牝合わせて12頭程度だそうです。CCを3枚獲得してSh Chになったからといって引退するわけではありません。既にSh Ch やChになっている犬もショーに出場するのが一般的ですから、CCカードを得るためにはこれらチャンピオン犬を打ち負かす必要があります。一頭で多数のCCを獲得する犬もおり、例えば最近の牡の記録保持犬Sh Ch Bradking HugoはCCを50枚獲得しています。イギリスには一頭のチャンピオン犬も出したことのない犬舎も多数ありますから、一枚のCCの価値は非常に高いわけです。AKCではそのシステムから考えるとかなり多数のチャンピオンが出るでしょう。JKCの昨年度のL犬チャンピオン登録数は98頭です。イギリスではSh Chになるのが非常に難しく、その時期も通常3-4才になってからが多いそうです。
イギリスのチャンピオンシップショーでのクラス分けはどうなっているのでしょうか。今回見学したペイントンドッグショーでは牡牝について次の9クラスに分けられていました。
マイナーパピー(Minor Puppy)・パピー(Puppy)・ジュニア(Junior)・メイドン(Maiden)・ノービス(Novice)・アンダーグラジュエート(Undergraduate)・ポストグラジュエート(Post Graduate)・リミット(Limit)・オープン(Open)です。メイドンとノービスクラスは過去にクラスの一席になったことがない犬(メイドン)や一席の回数が3回以内(ノービス)のもので、易しいクラスだそうです。CCを獲得している犬はリミットクラスに出場しなければなりません。オープンクラスは、6か月以上の犬であれば歳の制限がありませんが、チャンピオン犬は必ずこのクラスに出場しなければなりません。
先ず牡牝それぞれで各クラスの一席が選ばれます。その後、各クラスの一席犬の中から一番の犬にCCが、2番の犬にリザーブCCが与えられます。ほとんどの場合にはポストグラジュエート、リミット、オープンの3クラスの中からCC獲得犬が選ばれることになります。最後に牡と牝のCC犬からベスト・オブ・ブリード(BOB)が決定されます。

イギリスドックショーの成熟度

イギリス南部のエクセター郊外の公園を会場に開催されたペイントンドッグショー(7月12日?14日)の3日目にL犬やG犬を含むガンドックグループの審査が行われました。全出場頭数(全犬種で9461頭)のうちガンドック・グループが2115頭,その中でL犬は214頭、G犬は234頭でした(3月のクラフト展のL犬出場頭数は約450頭ですから、おおよそクラフトの半分の規模の大会である)。L犬の審査員はロチェビー(Rocheby)犬舎のホプキンソンさん(Mrs. M Hopkinson)でした(写真1)。

 ショウは牡のマイナーパピークラスから始まり、牡のCCはリミットクラスの3才になるDacross Daniel Widdonが獲得しました。牝のCC獲得犬はリミットクラスに出場したイエローの4才になるレジー・チェリー・ブロッサム(Lejie cherry blossom)で、最終的には本犬がBOBに選ばれました(写真2と3)。牝のオープンクラスには3頭のチャンピオン(Ch Warringahs Bungle Bungle, Sh Ch Newinn Winter Fantasy JW, Sh Ch Cremino Corniche JW)が出場していましたから、これらのチャンピオンを破ってのCC獲得とBOBということになります。

本犬はバランスの良いイエロー犬で、頸から背、尾にかけてのラインが美しく、力強く無駄のないムーブメントをする犬です(写真3)。レジー(Lejie)は小さな犬舎ですが、これまで4頭のチャンピオンを出しています。昨年レジー犬舎を訪問していたので、ショーの合間に犬舎主のティムさん(Mr. Timms)に挨拶に行ったところ、「もし今日、チェリーブロッサムがCCを獲得するとSh Chになるので、今、はらはらどきどきしてるんです」と話していましたが、決定の時の喜びの様子は、周りの人からの祝福も含めて非常に印象的でした。
 今年のクラフト展のBOB犬であるCh Carpenny Walpoleを作出したカーペニー犬舎のカーパニーニさん(Mrs. Carpanini)は、Carpenny Rustina(昨年のクラフトのリザーブCC)を出陳していましたが、ピックアップに残れませんでした。Rustinaは牝的表現に優れた美しい犬です(写真4)。退場してきたカーパニーニさんに声をかけると、非常に気さくな人で、いろんな話をしてくれましたが、その中で少し気になった点は、「昨年日本にL犬の審査で行った時に、日本のL犬はイギリスと比べてサイズが大きいのが多いことに驚いた」と述べていました。L犬のサイズについては後でもう一度述べます。

プールステッド(Poolstead)犬舎はこれまでチャンピオンを25頭以上も出しているイギリスの老舗の犬舎で、独特なイエローのラインを持つことで有名です。今年のクラフト展ではCh Poolstead Pineappleが牝CCに選ばれました。犬舎主のMrs. Hepworthはかなり高齢ですが、3月のクラフト展でも、この大会でも、折りたたみ椅子を持参しながら自らリングに立ちます(写真5)。歩様審査の時だけは、クラフト展では息子さんが、今回はご主人が替わりにハンドリングしていました。高齢になっても自分で繁殖した犬を自らハンドリングしショウを楽しむ姿にはイギリスドッグショーの歴史と成熟を感じました。

イギリスではチャンピオンシップショーのジャッジが次の大会ではハンドラーとなって自らの繁殖犬を出陳します。審査する側とされる側が逆転するわけですが、このことがお互いに敬意を払いながらショウに参加するというバランスを保っているのかもしれません。本大会でも、今年3月のクラフト(牡)の審査をしたMrs. Coode(ワリンガー犬舎、Warringah)、来年のクラフト審査員のMrs. Cole(Stajantor)とMrs. Hewitt(Newinn)、歴史のある犬舎主としてはMrs. Rae (Cornlands)やMrs. Woolley (Follytower)などがハンドラーとして自身の繁殖犬を出陳していました。
 ドックショウの審査は標準書(スタンダード)に則って行われるわけですが、考えてみてください。仮に上位10頭の犬がすべてスタンダードに当てはまっているとしたら、どのように順番をつけるのか。その中には「肩が立っている」とか、「肘が甘い」、「腰が弱い」、「被毛が悪い」、「頭部が軽い」などという明かな欠点を持つ犬はいないわけです。イギリスのチャンピオンシップショウになると、おそらく上位の犬はすべてスタンダードにあてはまっていると考えてよいでしょう。前にも書きましたが、L犬に関しては年間41回のチャンピオンシップショーを40名近い審査員が審査します。これら審査員はL犬のスタンダードを理解したブリーダーで、かつチャンピオンシップショージャッジです。ただし、スタンダードの解釈には幅があること、またどの点に審査の重きを置くかは審査員によって少しずつ違ってきます。ですから、今日はA犬が、明日の大会ではB犬、次はC犬がCCを獲得することが当たり前に起こるわけです。多数の審査員が審査を担当するシステムは、L犬全体を考えると、犬種の特質の幅が維持され、その発展にプラスになると思われます。

キャロル・クードさん(ワリンガー犬舎)に聞く

 ペイントンドッグショーの数日前、ロンドンから車で約1時間のゴッタルミングにあるワリンガー犬舎を訪問しました。犬舎主のキャロル・クードさんは「Labrador Retriever Today」の著者であり、昨年6月のLRC展(牝)と今年3月のクラフト展(牡)の審査員を務めています(写真6)。L犬のブリーディングを始めてから約30年で、ワリンガー犬舎からはこれまで十数頭のChが出ています。

クラフト展でのクードさんは、非常に威厳があり、近寄りがたい印象でしたが、快く迎えてくれました。先ずこちらが日本警察犬協会に所属し、審査員の勉強をしていることを伝えた後、L犬のスタンダード、ブリーディング、審査法などについて質問しました。その中のいくつかを報告します。

 [サイズ]について L犬のサイズについての質問には、「イギリスのスタンダードには“理想的な(ideal)”という表現で体高が記載されていますが、決してその範囲に入らなければならないとは書いていません。サイズが少々はずれても大事なのはバランスです。」という意見でした。クードさん自身は大きめの犬が好きだそうですが、現在いるCh犬は、スタンダードの下限かやや小さいとのことでした。サイズに関しては、以前ロチェビーのホプキンソンさんが、講演会での同様の質問に対して「大きくても、小さくても良い犬は良い犬です(Good dog is good dog)」と答えていたのを思い出しました。

[欠歯]について 前臼歯の欠歯についての質問に対しては、「ガンドックグループの中で欠歯に関する記載がスタンダードに載っている犬種はジャーマンショートヘアードポインターとワイマラナーだけです。私はこれまで自分の犬についてかみ合わせ以外は調べたことがありません。」、「欠歯なんか些細なことです。もっと重要なこと(テンペラメント、シェープ、ムーブメント、タイプ)を審査しなさい」という回答でした。

[ムーブメント]について ワリンガーには現在3頭のCh犬を含めてL犬は7-8頭(その他にサセックススパニエル3頭)いますが、一頭一頭その歩様を見せてくれました。どの犬も無駄のない力強い歩様をしており、クードさんがムーブメントを非常に重要視していることがわかりました。また予想していたよりは犬が細く見えたこと(骨が細いわけではない)について、「私は太った犬は嫌いです。私が審査する時は、出陳者はみんなそのことはわかっています。」ということを話していました。

L犬とは元来ワーキングドック(作業犬)で、スタンダードには作業犬に必要な体躯構成が記載されています。L犬は厳しい環境下で一日中ハードな作業を繰り返すための持久力が必要とされる犬種です。『イギリスのL犬は過肥で歩きが悪い』という評判を何度か聞いたことがありますが、クードさんの話やショーを見る限りこれは違うようです。原産国イギリスでもワーキングドッグとしての体躯構成やサウンドネスが厳しく審査されます。今年のクラフト展の総評が「The Labrador International 13, Summer 2000」に載っていますが、牡牝の両審査員(Mr. D.Coulsonとクードさん)ともムーブメントの良くない犬と過肥な犬について厳しく審査したことが言及されています。

[ブリーディング]について イギリスで成功している犬舎のほとんどはラインブリーディングを積極的に行っています。優れた形質を固定していくわけです。これに対して、今年の5月にPD東日本ラブラドール単独展の審査員として来日したアメリカのボラドー(Borador)犬舎のサリー・ベルさんはアウトクロスによるブリーディングを行い、またタイトなラインブリーディングによる弊害(サイズが小さくなり、骨も細くなる)を指摘していました。この点についてクードさんに聞いてみました。「私たちは、自分の牝のすべてを知り尽くした上で、さらに牡についても体躯構成はもちろんテンペラメントまで十分理解した相手でなければ交配しません。」「タイトなラインブリーディングによってサイズが小型化した犬舎はありますが、別の血液を入れて改良しています。」ということでした。その個体だけではなくて両親、祖父母など何代にもわたる犬について長所・短所を知り尽くしているからこそラインブリーディングが可能なのでしょう。クードさんは現在7-8頭の犬を飼い、L犬については平均年2回の繁殖を行います。イギリスではこの程度が一般的だそうです。自分の犬舎のラインを長い時間をかけて作り上げていくわけです。

[HD・ED]について クードさんから「イギリスではKC/BVA(The Kennel Club and the British Veterinary Association )による腰(HD)や肘(ED)の検査体制が確立しているが、日本ではどうなのか」という質問を受けました。以前歩様の美しい牝のチャンピオン犬がいたが、ヒップスコアーが高かったためにクードさんは繁殖には使わなかったそうです。日本にはそのようなシステムがないことを伝えましたが、最後に「健全な犬を繁殖してください。仮に8頭の子犬が生まれてその中の1頭をショー用に残したとしても、あとの7頭はペットしていろんな家庭に行くわけです。その人たちにストレスを与えてはいけません。」というご意見をいただきました。

昨年から今年にかけていくつかのイギリス犬舎を訪問し、何人かのブリーダー(ジャッジ)から話を伺うことができました。その中で、日本に対する意見として「日本のL犬界の状況がほとんどわからない。あなたたちのラブラドールクラブはいったいどんな活動をしているのか」というのがありました。ヨーロッパ各国間やヨーロッパとアメリカ・カナダ間では審査員やL犬の往き来が普通に行われています。日本はこのことに関しては難しいところがあるようで、その原因の一つは日本の正確な情報が海外に伝わっていないためのように思われます。つい最近イギリス政府が、これまで西欧だけに限られていたペットパスポート制を来年1月末から日本などにも拡大することを発表しました。これにより従来課されていた6ヶ月の検疫期間が免除されることになります。例えば、クラフト展などのチャンピオンシップショーへ日本の犬が出場したり、また交配のために犬をイギリスに連れて行くことも将来可能になるわけです。今後のわが国L犬の発展を考えるなら、様々な面において誠意のある国際交流を地道に行っていく必要を感じました。

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