家                        

2001年8月28日



 お盆に帰省した時、家の裏手が整地してあり、土手がコンクリートで固めてあった。

「そういえば、倉庫を造るっていってたな。」  私の実家は小さいながら商いをしている。

今の家は私が中三の時に建てたものである。それまで住んでいた家は、

お世辞にも立派とは言えない小さな小さな家だった。

そこに祖母・父・母・兄二人・私の6人で暮らしていた。私が赤ん坊の頃は祖父も健在だった。

その頃の田舎は大きな農家以外はみな似たような小さな家に住んでいた。

しかし、だんだんとご近所さんが新しい家を立て始め、農家の藁葺き屋根が

立派な瓦屋根に替わっていくのを見ると

「こんな家嫌だな〜」と思ったものだ。一生懸命働いている両親の手前、口には出さなかったが

思春期にさしかかっていた少女にとってはボロい家に住んでるのは深刻な悩みの一つである。

近所に土地を買い新しい家を建てると聞いたときは嬉しかった。自分の部屋が持てるなんて夢のようだった。

カーテンのサンプル生地などを選んだり、どんなレイアウトにしようかと布団に入り、あれこれ思案した。

 家が完成し、引っ越しも済み、私は高校生になった。しかし、兄たちは遠くの大学へ行っていて、

広い家で4人の生活が始まった。下の兄は結局この家でちゃんと暮らしたことはない。

 2階に部屋をこしらえてもらった私は、「一人がこんなに寂しいとは・・・」夜に怯えるようになった。

「遅くまで勉強してるんだね。」と向かいのおばさんが感心していたそうだが、

単に灯りを消して寝るのが怖かっただけである。家族の空間が広がった分、心細さを覚えた。

 古い家はそのまま、店の倉庫や物置として使われ、越して間がない頃は懐かしさに

時々上がってみたりしたが、数年たつとネズミの糞などがあり「あっちから、酒とってきて」と

店の手伝いをさせられる時以外は近づかなくなっていった。

「あっちも、もう雨漏りがひどいし。こっちの裏に1階が車庫と倉庫・2階に部屋を造ろうと思って」と母。

以前から、倉庫を新しくしないとという話題は出ていた。

そういう話を聞くたびに、古い家で過ごした少女時代を思い出す。


 重なり合うようにして寝ていた家族の息遣い。小さなこたつの定位置に座り、賑やかに囲んだ遅い夕ご飯。

蚊帳を吊ってもらい遊びに来ていた従兄弟達とはしゃいだ夏休みの夜。

兄妹三人でぎゃーぎゃー騒いで入った腐りかけた木のお風呂。縁側から訪れる小動物達

(イタチと目が合った時はさすがに驚いた!蛇がニョロニョロと上がり込んでくるのもしばしば)。

夕方、アニメを見ようとTVをつけたらどのチャンネルも同じ画面、山奥の山荘を大きな鉄の玉で

壊していたニュース(浅間山荘事件です)子ども心に退廃的な香りを感じた。

昼寝している頭の上で聞こえてくる、祖母と母の口喧嘩の声。

家族全員音痴なくせに狭い家に不釣り合いな大きなステレオを買い、エレキギター片手に

大音量でビートルズを聴き母に怒られていた長髪の兄たち。

 実家から離れせせこまと暮らしているせいか、帰省しボーと暇にしていると、

年々幼い頃を思い出し感傷的になったりする。

「あっちから、持ってきたんだけど。子どもの頃の絵日記読んだらおかしくって」と母。

ダンボールの箱いっぱいに私と兄が描いた絵や絵日記が入っていた。見覚えのある可愛らしい絵、

「この絵、覚えてる。これ中学の時賞をとった絵だ。懐かしいな〜。」

「ほら、これパパの絵だって。上手ね〜」と義姉も甥も娘たちも、

私や兄たちの幼い秘密を覗いているような、うきうきした目だった。


 夫・私・娘3人狭い団地暮らし、6年と4年の上の娘たちはやはり自分の部屋を持つことを夢見ている。

「一軒家がいいな〜」と時々言う「お母さんだって一軒家がいいよ〜。でもお金ないから無理。」

「でもさ、お金持ちですっごくおっきな家に住んでいても。あんまり幸せじゃなくて毎日楽しくないのと、

狭い家でも家族仲良、幸せで楽しいのと、どっちがいい?」と私、「狭くても楽しいのがいいかな〜」と娘。

「でしょ!」なんとなく言い訳がましく答えがあってないような変な質問。苦笑。

 この先、もし広い家に越せて、みんな自分の部屋ができ、家族に秘密を持ち悩みをかかえ、

大人になって巣立っていっても。

きっとこの狭い団地での暮らしを一番懐かしく思うのだろう。

 学校の脇の長い石段や、姉妹喧嘩して泣いても同じ布団で寝なくちゃいけない、しょっぱい枕の味。

桜の下、団地の芝生での花見大宴会。ハッピを着て、粋にたたいた夏祭りの樽太鼓、体に響く心地よい振え。

三女が生まれ、初めて抱いた赤ちゃんの感触、乳臭いにおい。ベランダから見た打ち上げ花火。

体全体、心いっぱいで受け止めた記憶は歳を増すごとに鮮明に甦る。

家がなくなっても、家族が離れても、おばあさんになっても・・・。

子ども達の思い出はそのまま家族の思い出でもある。

住まう空間が狭くても、広くても皆元気で楽しく暮らせたらそれが一番いい、

   でも・・・。どうせなら広い家で幸せに暮らしたいな〜。本音である。

        (宝くじ当たらないかしら・・・。)

 

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