〜蝶の夢〜
 
 
 
 

翌朝、ハルディアがフェリシエラ の部屋に訪れると彼女はまだベッドの中にいた。
柔らかい毛布をすっぽりと被って長い金糸の髪が無造作に散らばっている。

「フェリシエラ ?」

いつもならこの時間にはとっくに起きて両親と朝食を取り終えているはずの彼女。
不思議に思って問いかけてみるが、返事はない。

「フェリシエラ 、具合でも悪いのか?」

ベッドの傍に寄って屈みこみ、彼女の顔を覆っている毛布をゆっくり捲ってみると。

「・・・う、ッん!・・・何?朝・・・?」

差し込む陽光に眩しそうに顔を手で隠しながら、少女は掠れた寝ぼけ声を出した。

その顔はいつもより白く苦しそうに眉根を寄せる姿に、ハルディアは心配そうに頭を撫でる。

「昨日の指輪の影響がまだ残っているのか?随分顔色が悪い・・・」

「あ、れ?・・・ハルディア?」

聞き慣れた声にフェリシエラ はようやく彼の存在を認識すると、うっすらと鮮やかな緑玉の瞳を開けて弱弱しく微笑みながら「おはよう」と呟く。

「どこか苦しい所は?起きられるか?」

「うーん、頭が最悪に痛いかも。あと吐き気・・・」

眼も充血して潤んでいるな、と思いながらハルディアは立ち上がる。

「では薬を貰ってこよう。あと朝食も、こちらに届けるように厨房に言ってくる」

「えぇ!ご飯食べたくないよ。薬も苦いからイヤ」

相変わらず子供みたいなことを言うフェリシエラ にため息が出た。

「フェリシエラ 、あなたはいくつだ?」

「今年で2984歳?!だったかしら?・・・ハルディア、子供のときの心を失ったらダメなのよ」

「あなたはもう少し大人になりなさい。薬も、取り合えず頭痛薬でいいか?」

ムッと顔を顰めるフェリシエラ を無視してそう言うと、彼女はヒラヒラと手を振って。

「違うわよ、薬飲めって言うなら二日酔いの薬持ってきて」


「なんだって?!」

驚いてフェリシエラ を見ると、確かに言われてみれば赤く充血し潤んだ瞳、掠れた声、ひどい頭痛、食欲のないほどの吐き気、
だるそうに起き上がろうとしない姿ときたら・・・・・。

「説明しなさい」

険しくなっていくハルディアの表情に、彼女は軽く肩を竦ませ、重たく感じる上半身を起こしながら小さく呟いた。

「昨日、レゴラスが部屋に遊びに来たのよね。いろいろ話し込んでるうちにホビット達もお見舞いに来てくれて。
それで彼らの旅の話を聞いてるうちに夕飯の時間になったから、どうせなら多い方が楽しいから一緒に食べようと・・・」

「それで?一緒に夕食を取っているうちに、突然歓迎の宴会でもしようと思いついて侍女に酒を持ってこさせ、
調子に乗ったあなたはつい飲みすぎて酔い潰れた。と」

額に手をやりながらフェリシエラ の言葉を続ける彼に、彼女は感心したように拍手を送る。

「凄いわ、ハルディア。その通りよ」

美しくニッコリ微笑んで、

「これも愛の力かしら?」

恋人のふざけた様な言葉に、ハルディアは冷たく一瞥する。

「あなたの単純な行動パターンを読んだだけだ」


「・・・・・・」


「あの、やっぱり怒ってる?」

困った様に首を傾げて上目遣いに見つめる仕草がとても可愛らしくて、その細い体を壊れないように優しく抱きしめる。

「あなたは分かっていない。あなたがそうして起きて来ないだけで、あなたの近くにあの指輪があるというだけで、私がどんなに心配しているか・・・」

ほのかに花の香りのする波打つ髪に顔を埋めると、フェリシエラ はそっと彼の背に腕を回す。

「呼んでも反応しないあなたを見て、指輪がまた何か影響しているのではないかと思った」

「ごめんなさい・・・あのね・・・」

一旦言葉を切ると、彼女はハルディアの指に自分の指を絡めた。

「嬉しかったの。私と壁を作らないで話してくれる人って、ロリアンではお父様とお母様とハルディアくらいだから。
彼らとっても親しげに接してくれて、まるで仲のいい友達と話しているみたいで」

弾む声の少女に薄らと微笑んで。

「でも、こんなことは今回限りにしてくれないか?いくら嬉しかったからといって少々はしゃぎ過ぎではないかな」

「わかってるわ、もうこんな風にハルディアを心配させないって約束する・・・」

最後の方の言葉は優しく降り注ぐ口付けに遮られた。
軽く触れるだけの唇にフェリシエラ は嬉しそうに目を閉じると二度目の口付けが額や頬や瞼に降り注ぐ。

「愛してる、フェリシエラ ・・・」

微笑んで体を預ける少女の心地良い重みに目を細めながら、ハルディアは愛しそうに囁いた。

「今日は、ずっと一緒に居てくれるんでしょう?」

問いかけに、頷く代わりにまた口付ける。

フェリシエラ は静かに目を閉じて、温かい抱擁に身を委ねた。


「フェリシエラ 様、大丈夫かなぁ・・・二日酔いだろうね」

ピピンは本日2度目の朝食であるソーセージを突付きながらポツリと呟いた。

今日もいい天気だなと思いながら空を見つめる。

「あの人ホントにお姫様なのかなぁ・・・」

同じくメリーがさり気なく失礼な疑問を口にした。

「おい、メリー。なんて失礼な事を言うんだ。あの方は正真正銘のエルフの姫君で、私達など滅多にお目に掛かれないほど高貴な存在なんだぞ」

窘めるアラゴルンの言葉に、二人は顔を見合わせる。

「だって、ねぇ?メリー?」

「・・・ねぇ・・・」

相槌を打ちながら昨夜の彼女を思い出してみる。

堅くなって喋れなくなった二人の姿を「おかしい」とケラケラ笑う少女。
食事をしながらしきりに旅の話を聞きたがったり、侍女に酒を持ってこさせると彼女自身がお酌をし、
「体の小さいホビットには負けないわ」と酒瓶片手に歌いだす・・・。

はっきり言って、あのガラドリエルに生き写しの美しい外見がなければ間違っても高貴なエルフの王女だとは分からないような気がした。

「だけど、面白い方だよね」

「そうだね、気さくで明るくて。歌も上手いしね」

「何と言っても美しい方ですだ。お優しくて、おらみたいなのにも分け隔てなく話しかけて下さって」

会話にサムが加わってうっとりと呟くと、二人もそうだそうだと頷く。

すっかりお姫様にご執心な彼らに、アラゴルンはため息をついてフロドの方に話しかけた。

「・・・そんなに砕けた方なのか?」

「ええ、まぁ・・・」

フロドは曖昧に微笑むと、顔を赤くして俯いてしまった。

その様子に首を傾げたアラゴルンに、ピピンが笑って変わりに答える。

「フロドは酔っ払ったフェリシエラ 様に“可愛い可愛い”って何度も抱き締められて、挙句に顔中キスの嵐さ」

「羨ましいよ、何でフロドだけ・・・」

メリーが頷いて心底羨ましげにフロドを見つめるのを見て、アラゴルンは複雑そうにフェリシエラ の顔を思い浮かべた。

そういえばアルウェンがいつか言っていた言葉。

『私の叔母君はお婆様譲りのそれはそれは美しい方なのだけれど、口を開けばユーモア溢れる楽しい方なのよ』

思い出したようにクスクスと笑う彼女の横顔が甦る。


「でも、フェリシエラ 様の一番のお気に入りはやっぱりレゴラスだったよね」

急に話題を振られて、彼らの横で弓の手入れをしていたレゴラスは僅かに目を見開く。

「そうかな?みんな同じ様に接していたと思うけれど?」

首を傾げるレゴラスに、他の4人は思いっきり首を振った。

「全然違うよ!レゴラスにだけなんか沢山微笑んでてさ」

「しかも、酔い潰れたフェリシエラ 様が“レゴラス〜ベッドに連れてってぇ〜”なんて抱きついて言ってたし」

メリーとピピンを見比べてレゴラスは苦笑すると。

「それは、君らではフェリシエラ を抱き上げられないからだろ?」

問い返す彼を悔しそうに見つめる二人。

「でも、なんか怪しいよね?」

「もしかしたらフェリシエラ 様はレゴラスに一目惚れしちゃったのかもしれないよ」

あぁなんてお似合いなんだ〜!と頭を抱えるお笑いコンビ。

「お姫様と王子様だしね」

「美男美女カップルですだ」

しみじみ頷き合うフロドとサム。

「抜け駆けはいけないよ!レゴラス。フェリシエラ 様はみんなのものだ」

「結婚式には絶対呼んでよね。僕達戦友だろ」

話が変な方向に行って更に詰め寄ってくる小さな彼らにレゴラスはさらりと、

「フェリシエラ にはちゃんとした婚約者がいるんだけど」

微笑む彼に、ホビット達は固まった。

メリーとピピンの大それた恋心は、呆気なく崩れ落ちていった。


その後、レゴラスはうっかり口にした一言で、ホビット達に質問攻めにされる事になる。

自分の話題で盛り上がっていた旅の仲間のことなど知らず、フェリシエラ は王女の権限と恋人の特権を大いに生かし、ハルディアに甘えていた。

二日酔いの残っている彼女は薄桃色の長い寝巻きのままハルディアの膝枕で寛いでいる。

「ハルディア、林檎が食べたいわ」
「ハルディア、本を読んで」
「ハルディア、歌を歌って」

さっきからそんな調子で甘えてくる少女を、彼は呆れた様に見つめながらもその要求に応えて
いた。

彼の空よりも澄んだ瞳が優しく包み込む様に自分だけに向けられるのがとても嬉しい。

フェリシエラ は微笑むと、彼もそれに答えるように僅かに微笑んだ。

見つめ合った瞳に自分だけが映し出される幸福。

二人は同じ事を思いながら、徐々にその距離を縮める。

吐息の微風さえ感じるほど近づくと、フェリシエラ はそっと目を閉じた。

唇が触れるか触れないかのところで・・・・・・。


「「「「フェリシエラ 様ー!いらっしゃいますかーー!!」」」」


元気の良すぎるホビット達の声が扉の向こうから聞こえた。

綺麗にハモった声に驚いて二人は身を離すと、フェリシエラ は名残惜しそうにハルディアを見つめながら、

「どうぞ〜、入って」

と扉に向かって声を掛けた。

少しだけ剥れてまた彼の膝の上に頭を乗せて横になると、大きな手が髪を撫でる。


「失礼します」

礼儀正しいフロドの声と共に、フェリシエラ の婚約者というのを聞き出そうと意気込んだメリーとピピンが入ってくる。

その瞬間、ホビット達は固まった。

銅像のようにかちこちに。


ベッドの上でいらっしゃいと手招きしているフェリシエラ と、彼女をさも当然のように膝枕してどこか不機嫌そうにこちらを見ているハルディアに。


あぁ、やっぱり美男美女は絵になるなぁ・・・と心の中で泣いた。

二人の空間が、とても甘く感じた。


 

〈あとがき〉
なんか・・・話が変な方向に行っちゃいましたUu
これはシリアスだったはず!
スランプなんです・・・・・・。