〜蝶の夢3〜
フェリシエラ が目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の自分のベッド。
「ハルディア・・・?」
ここまで運んで来てくれたであろう人の名を呼んでみるが返事はない。
「ハルディア?いないの・・・?」
いつもなら目が覚めるまで、ベッド脇の椅子に腰掛けて読書しているはずなのだが?
そう思い、重く感じる体を上半身だけ起こして見回してみるが気配すらない。
「薄情者」
「あらあら、あれほど愛されている相手にそれは酷いのではないですか?」
笑いを含んだ声に振り返ると、開いたドアから美しい母が姿を現した。
「ハルディアは、あなたの体が指輪の影響でいつもより疲労していると、心配していましたよ。
自分がいるとあなたは無理に平気を装うからと、今日はもう国境の警備に戻りました」
「そう、なんだ。」
フェリシエラ が複雑な表情を浮かべると、ガラドリエルはベッド脇に腰掛け娘に微笑む。
「明日、彼に一日休みを与えましたから多分ここに来るでしょう」
「休み?どうして??」
いつもなら決められた休日以外は特別な事情でもない限りそれは認められない。
ハルディアが王女であるフェリシエラ の恋人であっても、今まで二人の時間を作るための休日など一度もなかったはずだ。
フェリシエラ は首を傾げる。
「今回は特別です。ハルディアは指輪の力に囚われそうになったあなたを救ってくれたのですから。
王女の危機を救った騎士に褒美を与えなくてはいけませんからね」
「あの暗く冷たい絶望は、指輪の魔力だったの?」
その問いにガラドリエルは静かに頷く。
あのときの自分の感情を思い出すと今も体が震えて、フェリシエラ は自分の肩を両手でぎゅっと抱く。
「あなたは私の娘。指輪が及ぼす影響もほかの者より敏感に感じるのでしょう」
娘の肩を労わるようにそっと抱いて、ガラドリエルは憂いを帯びた瞳を伏せた。
「私より、お母様の方が指輪が近くにあると辛いのでしょう?大丈夫??」
「大丈夫ですよ、あなたにハルディアがいるようにお母様にはお父様がいるのですから」
「でも・・・」
心配そうに覗き込むフェリシエラ に微笑んでガラドリエルは立ち上がった。
「心配はいりません、あなたがそうであったように私にも少し試練が与えられるだけなのです」
それでも何か言いたげなフェリシエラ を遮って、退出しようとドアに向かう母の後姿は女王の威厳に満ちていて・・・。
ふと思い出したように扉越しに振り返ったガラドリエルは、悪戯っぽく笑っていたが。
「そういえばお父様がハルディアに褒美を与えようと言ったときのことをあなたにも見せたかったですよ」
「???」
「彼が明日一日お休みをいただきたいと言ったところまではよかったのですが・・・あなたと共に過ごしたいと言ったら、お父様は随分考え込んでしまったのです」
「どの位?」
「3時間ほどかしら?」
フェリシエラ は思わずため息を吐いた。
父が自分を馬鹿が付くほど可愛がってくれているのは昔から周知の事実だが、年頃の、それも公認の恋人と一日過ごすのに何故そこまで悩むのか?
「別にどこかに泊りがけで出かける訳でもないのに・・・それで、お父様はなんて言っていたの?」
娘の問いにますます笑みを深くして、
「“一線を越えないことが条件、嫁入り前の娘を孕ませたら即刻この手で死刑にしてやるから覚悟しておけ”だそうですよ」
それだけ言うとガラドリエルは部屋から出て行った。
フェリシエラ は耳まで真っ赤にして「お父様のバカ!!」と叫びたかった。
真面目なハルディアはきっとそう言われて目が点になった事だろう。
深く深くため息を吐いて、ゆっくりと起き上がりストールを羽織るとバルコニーへと出る。
ロリアンの森中から、エルフ達のミスランディアを悼む歌が聞こえた。
「アノールの炎はこの世界を捨て去った、か・・・」
フェリシエラ は手摺にひじを付き、目を閉じる。
「ミスランディアは、消えてなんていない・・・!」
悲しげに眉を寄せて呟く言葉には、どこか強い声音が含まれていた。
暗い歌をそれ以上聴いていたくなくて、フェリシエラ は部屋の中に戻ろうと身を翻したが。
「あなたは、ミスランディアへの哀悼歌は歌わないのですか?」
風に乗って流れるように、聞きなれないエルフの声が呼び止める。
驚いて手摺越しに下を覗くと、そこにはこの森では見慣れない、見眼麗しい闇の森の王子が立っていた。
「そちらにお邪魔してもよろしいでしょうか?」
微笑んで尋ねるレゴラスに、
「構いませんけれど、そこからここまでは回廊を通ってくるとけっこう遠いのよ?」
戸惑いながらも答える。
「今すぐまいります」
そう言うとレゴラスは側の木に登り、あっという間にフェリシエラ のバルコニーまでたどり着いた。
その猫のようなしなやかな身のこなしに、思わずパチパチと拍手をする。
「身軽なのね、スゴイわ」
「この位は大したことありませんよ。それより大分落ち着かれたようで安心しました」
フェリシエラ はレゴラスを部屋に招き入れると、侍女にお茶を持ってくるように頼んだ。
「恥ずかしいわ、こめんなさいね。取り乱しちゃって・・・」
椅子に腰掛けながら、我ながら見事な泣きっぷりだった事を思い出し頬を染めて謝る。
「大切な人を失ったのですから、気になさることはありません。他の仲間達も大変心配しておりましたので、後で会いに行っていただけるときっと喜びます」
「もちろんよ」と頷くと、
「敬語、やめてくれない?名前を呼ぶときも敬称はいらないから。
堅苦しいのは苦手なの」
小首を傾げるその仕草にレゴラスは苦笑する。
「わかったよ。これでいいかい?」
フェリシエラ は満足そうに微笑むと、先ほどの侍女がお茶を持って来た。
甘く香ばしい匂いが部屋中に広がる。
「そういえば、さっき私に哀悼歌を歌わないのか聞いたわよね?」
焼き菓子を頬張りながら思い出したように彼女が尋ねると、レゴラスは差し出されたお茶を飲みながら頷く。
「ロリアン中のエルフが彼を悼んで歌う歌だから、彼を尊敬していたという君は共に歌わないのかと思ってね」
「だって・・・」
どこか不機嫌そうなフェリシエラ 。
「エルフの歌って景気悪いんだもの。
例え闇に落ちてしまっても私達の心の中から彼が消えることはないわ。永遠に彼を忘れない。
だから、あの歌詞はないと思わない?」
真面目に尋ねてくるフェリシエラ の瞳は、とても澄んでいて美しく、色は違っていても彼女の母のそれを思い出させる。
「それにね、私信じることにしたの」
「何を?」
首を傾げるレゴラスに、柔らかく笑う。
「ミスランディアを。
だってみんな彼の亡骸を見たわけじゃないもの。闇の底に落ちてその後どうなったのか誰も知らない。
もしかしたら魔法で空とか飛んじゃって、バルログなんてちょちょいッと倒して、そのうち笑いながら現れるんじゃないかしら」
そう言ってフェリシエラ は美味しそうにお茶を飲む。
「あの暗く恐ろしいモリアからたった一人で抜けられると?あそこにはバルログだけでなく沢山のオークやトロールもいるんだよ」
無理だ、と言おうとしたがフェリシエラ は大きく首を振る。
「信じなきゃ何も始まらないよ、レゴラス。絶望に囚われたら前へは進めない」
自分を真っ直ぐに見据えるエルフの姫は、なんて美しいのだろうと思った。
「強いんだね、君は。指輪の力も及ばないんじゃないかと思うよ」
笑う彼に、フェリシエラ はまた首を振る。
「私は強くないわ。ただ、いつも傍で支えていてくれる人がいるから。
挫けそうになっても、指輪の力に負けそうになっても、私を信じて見守っていてくれる人がいるから。
私も他人を信じることができるんだわ」
頬を染めながら微笑む彼女に、レゴラスは胸の奥の痛みを感じる。
「その人は、ハルディア?」
問いかけに、フェリシエラ は眼を見開いて赤くなった。
「・・・分かる?」
幼さが残るその表情はひどく可愛らしい。
「彼を愛しているんだね」
聞きたくて聞きたくないような言葉。
案の定、フェリシエラ は幸せそうに微笑む。
「愛しているわ。彼がいなければ、私は生きていけないと思うくらい」
祈りにも似た清らかな言葉だった。
まるでそれが力を持っているかのように心に染み込んでくる。
瞬間、レゴラスは気付いてしまった。
甘く痺れるような痛みと共に。
何故?と問いたくなるほど急に訪れたその感情に戸惑いながらも、彼女に確実に惹かれていく。
告げた途端終わりそうな程望みのない想いに、彼はフェリシエラ に気付かれないほど小さく笑った。
胸が、痛い・・・・・・。
ちょっと尻切れトンボみたいになってしまいましたが、王子が自分の気持ちを自覚してくれてよかったわvv
テーマは「ひと目会ったその日から恋の花咲くこともある」です(意味不明)
ホントはもうちょっとヒロインの強烈で美しい印象を王子に与えたかったのですが、文章力の無さから無理でした;
次回はハルディアさんとヒロインの一日デートなのでめっちゃ甘く書けるように頑張りたいです。
ハルさん命!!・・・同士求むvv(切実に)
・・・いえ、王子も好きなのですが、こういう扱いはきっと愛ゆえです!!(どんな愛だ!)