〜蝶の夢16〜


 

  

 


愛しています


伝わっているでしょうか


答えなどありはしないのに


いつだって


「来ていたの?」

自分に用意された客室の扉を開けるなり、グロールフィンデルは僅かに目を細めた。

いつもの歩調で彼は真っ直ぐにテーブルに近づき、離れてもしっかりと持参してきた書類の束を無造作に置く。

振り返った先のソファにはフェリシエラ が座っていた。


「勝手にお邪魔しちゃってたわ」


「別に構わないさ。というより、お邪魔しているのは私の方だけれどね」

口元だけで微笑むと、柔らかな湯気の立ち上る紅茶を挟んで彼らは向かい合う。

グロールフィンデルは穏やかな表情で愛しい少女を見つめた。


「行くんだね」

「ええ」


短い答えが返る。

その姿は、普段の裾の長いドレスとはかけ離れた男物の旅装束。

銀青に細かい刺繍の縁取りが成されたマントに青と黒を基調とした服。

長く伸ばしていた自慢の金糸の髪は、肩の所でばっさりと切られているのが痛々しくも美しい。


「ハルディアは、どうするの?」


落ち着いた口調で尋ねる彼に、ほんの一瞬だけ、フェリシエラ の翠の瞳に影が走る。

グロールフィンデルはそれを見逃すほど彼女を知らないわけではなかった。


「ハルディアは、今まで通り国境警備の仕事でしょう」


「そうじゃないだろう。君達がケレボルン殿とガラドリエル様から結婚の許しを得て3日。
ロスロリアン中がこの上ない吉報に喜んでいる最中、一人で姿を消すだなんて・・・・・・」


遠い昔から変わることのない澄んだ歌うような声は、どこか力弱かった。

彼もまた、二人の結婚の話には喜んでいたのだ。

もしかしたらこのまま彼女が旅への決意を変えてくれることを、密かに期待していたのに。


「だって大切なんだもの。世界中の何よりも」


フェリシエラ は微笑んでいた。


まるで彼が目の前にいるときのように、愛おしさに溢れた眼。


「幸せでいて欲しいの。彼にはずっと…私が傍にいると危険でしょう?」


グロールフィンデルは僅かに唇を噛みしめる。

モルドールが勢力を広げ、世界が恐怖に満たされかけている時代。

そしてその魔手が、エルフの王家の血筋を汲む美しいフェリシエラ を欲している。

例え今まで危険に晒された事のないこのロスロリアンでも、数日前にオークに襲われて以来完璧な安全などあり得なくなった。

フェリシエラ は例え何があろうと、旅に出る決意は変えまいと決めていた。


「君達は、お互いを想いすぎてすれ違ってばかりだね」


フェリシエラ はその優しい声に笑んで頷く。


「そうかもしれないわね。でも、これが私なりの愛の標し方だから」


ひどく大人びた彼女に、グロールフィンデルも微笑んだ。


その言葉を落ち着いて言えるようになるまで、どれだけ悩んできたのだろう。


彼はフェリシエラ の真摯すぎるほど純粋な想いを知っていた。


だからもう、止めようとは思わない。

「・・・アスファロスを連れて行くといい。君にも懐いているし、裂け谷一番の駿馬だからね。きっと役に立ってくれる」


「ありがとう!フィンデル。助かるわ」


嬉しそうに弾む声を返すフェリシエラ 。

グロールフィンデルはその手を取ると吐息とともに彼女と額を合わせた。

かたり、と衝撃でテーブルが揺れ、至近距離でお互いの瞳が絡み合う。


「だから、全てが終わったら必ずアスファロスを返しに来るんだよ」

繋がった手の力を強くして囁きながら確かめる。


暖かなこと。


確かなこと。


優しさはいらない。


愛情さえ望みはしないから。


ただ、生きていてと。


「分かってる。ちょっと行ってくるだけだから」


その全てを感じて、フェリシエラ は温かく包み込む彼の手を握り返した。


「みんな君が傷つくことなど望んではいないんだからね。それを忘れずに」


そっと離れながら、フェリシエラ は困ったように笑う。


「えぇ、ありがとう。最後までフィンデルには甘えちゃったね」


「そんな事はないさ。君は私の妹か、娘のようなものだからね」


恋人のような、とは言えずに彼は少し冷めたお茶を飲み下す。

その意味すら知らず、彼女は含み笑いながら立ち上がった。


「ではまたね、お兄様。それともお父様?」


扉へ歩き始めた背中にグロールフィンデルは躊躇いながら声を掛けた。


「一目、会ってはいかないのかい?」


フェリシエラ は振り返って苦笑する。


「この格好の言い訳をどうしろと?それに、決心鈍らせたくないもの」


最後に会ったのはほんの数時間前。


昨日の夜。


愛しくて、悲しくて、寂しくて、それでも何一つ言えずに去る罪悪感を振り払うように抱きしめた温かさ。


想うだけでこんなにも心の痛みが増していくのに、会えばきっと泣いてしまう。


痛みや傷すら、証に思えるほど渇望して。


だから会えない。


守って、償って、全て終えて。


胸を張って彼の隣に立てるようになったら。


そんなときが来るかも分からないけれど。


「いつか彼の元へ、帰って来たいわ」

それはフェリシエラ の中で、小さくても唯一の希望だった。

「行ってきます」


そして、さようなら。


精一杯の微笑みも、遠く離れた愛しい人へは届かない。


>>>End

<あとがき>

ハルディア出てきませんv
誰夢?!だれ夢??
ハルディア夢です!(にっこり
一応、一部で別離。。
二部再会。。
そんでヘルム峡谷が主な舞台になるかと。。
それでは、宜しければ二部でもお付き合いいただければ幸いですv
ちなみに映画の場面が多々出てくるとは思いますが、ハルディア死ぬとは限りませんv>ぉ!