その日、ロスロリアンでは盛大な宴が開かれた。
森全体が喜びに満ち溢れるように、鳥達の高い鳴き声とエルフ達の透明な歌声が何処までも流れる。
雪のように幾重にも降り注ぐ花吹雪。
清廉だがテーブルに山のように並べられた食べ物や飲み物。
眠りについていた王国の美姫の目覚めは、それぞれの心に掛替えのない光を灯した。
しかし、当の主役は、ロスロリアンでは珍しく華美な宴の席なのにも関わらず一人早々と退出していた。
「病み上がりなんだから、もう少し控えてよねー・・・」
一人ごちてため息を吐くと、冷たい風が心地よく、彼女の頬を撫でていった。
宮の奥にある中庭の東屋にフェリシエラ は一人佇む。
さすがにここまでは宴の喧騒もそう届かない。
甘やかな花の香りに包まれてぼんやりとしていると、草を踏み近づいてくる一つの足音が聞こえた。
「ハルディア?」
取りあえず、一番最初に思い当たる名を呼びかけてみるが、返ってきたのは彼よりも高い歌うように甘い声。
「こんばんは、フェリシエラ 。彼でなくて残念だったかな?」
微笑んで尋ね返すそのエルフを、彼女は少しだけ驚いて見つめた。
「まぁ、レゴラス。間違えてごめんなさい、こんな所へどうしたの?」
不思議そうに首を傾げると、彼は穏やかに答える。
「今日、君が目覚めたとき、外で見ていたんだ」
「外で?」
「とても楽しそうに話していたね」
「・・・・・・見ていたなら、入ってくれば良かったのに」
グロールフィンデルとだって知らない仲ではないでしょう?と彼女は眉を潜めると、彼は笑みを深くする。
「彼らの前ではいつもあんな感じなのかい?」
「あんな感じって?」
レゴラスが一歩踏み出すと、彼女は何故か言い知れぬ寒気を感じた。
「あんな風に、境界を引かずに心から笑うの?」
辺りの静けさが、異様な空間を作り出す。
握り締めた手に、力が篭もっているのに気付いて驚いた。
穏やかな雰囲気はそのままに、目の前の彼はいつもと違う。
「レゴラス?」
名を呼んでみるが、彼はそれには答えずフェリシエラ の手を取った。
「私はハルディアではないけれど」
「・・・・・・?」
「彼と同じように、君を愛しているよ」
白い手の甲に唇の感触を感じる。
フェリシエラ は咄嗟に振りほどこうとするが、強い力で握られて離れられない。
「レゴラス。悪ふざけはやめて」
「ふざけてなんかいないよ。私は君からの愛が欲しい」
「イヤ、放して」
逃げようとするフェリシエラ の肩を強引に捕まえて、レゴラスは噛み付くように口付けた。
重なる唇は、冷たく熱く、張詰めて砕けそうな激しさと、痛々しい激情に犯されている。
レゴラスはフェリシエラ を掻き抱いたままその場に倒れこんだ。
冷たく硬い石の感触を背中に感じたまま、彼女は唇を噛締めて彼を睨みつけた。
暗がりで間近に覗く彼の瞳は鋭いながら揺れている。
「どういうつもり?」
細められる翡翠の瞳に、彼は微笑む。
「抱いて、どうにかなるとでも思っているの?」
細い身体は強張っているが、震えて脆さを見せることはない。
「それは分らないけれど、今より君に近づけるだろう?」
「今より遠のくだけよ」
澄んだ声が静かに響く。
「君を知ることは出来るよ」
「私は知られなくない。どいて」
「いやだ」
レゴラスは彼女の小さな身体を押さえつけたまま、首筋にきつく口付けた。
鋭い痛みと共に、雪白の素肌に赤い花が咲く。
「君を誰よりも愛してる」
長い指先でその淫らな鬱血を辿るように撫で上げて、甘く囁いた。
フェリシエラ は顔を背けて冷淡に言い放つ。
「私は愛してない」
「それなら愛して。他の誰でもない、ハルディアではない私を」
おかしな熱を帯びた指に触れられ、全身が総毛立つ。
「私は彼以外愛せない。あなたはハルディアとは違う」
きつい眼差しも、レゴラスは暗く笑って受け流す。
そのあまりの闇の深さに、彼女は息を飲んだ。
剥き出しの闇が狂気を抱いて、飢えた獣のように恍惚と彼女を捕らえる。
凍りついた冷たい瞳と、熱い眼差しが胸に刺さってくる。
「そうだよ、私はハルディアとは違う。彼のように君の幸せだけを願うことはできない」
歪んだ独占欲と嫉妬が彼の全てを取り巻く。
「愚かな私は、君を連れて堕ちて行きたいと願うよ」
彼に守られて、暖かな日差しの中笑う、風のように美しく涼やかなエルフ。
綺麗すぎて、だからこそ壊してみたい。
全て黒く塗りこめて、破壊しつくす暗い愉悦。
脳裏に刻み込まれた二人の美しい光景が、彼を追い詰める。
あの時感じた孤独と絶望を否定したくて、犯す罪さえ愛しい。
その甘さに囚われて、レゴラスは彼女の涙の意味すら分らなかった。
しかし。
もどかしく、荒々しい手つきで胸元を肌蹴させ、そこで彼は止まった。
零れ落ちる透明な涙さえ冷たく凍るほどの美しい微笑を湛え、フェリシエラ は彼を見つめる。
「怖いでしょう?」
問いかけに、答えを求める意図は含まれていない。
赤い、紅い、血のように艶めかしい。
鮮やかな、胸の谷間に羽を広げた蝶の痣。
そしてその下には、呪われた一つの文字。
「生まれたばかりの私に、冥王がこれを付けたのよ」
身体を強張らせ動けなくなった彼に、フェリシエラ は唇の端を三日月型に吊り上げた。
「この言葉が読めるかしら?」
それは、忌まわしきモルドールの言葉。
白い指が爪を食い込ませながら紅い痣を覆う。
「”冥王の所有物”・・・私はサウロンにその存在を望まれたもの」
フェリシエラ は静かに、その印は禍々しく、美しい。
「”蝶とは古来より、その美しい擬態と毒の燐粉で見る者を欺き、死の淵へと誘う冥府の使い。
その娘には蝶のように美しい容姿に見合うだけの未来を用意してやろう”と枕辺で彼の者は語ったわ」
彼女はゆっくりと身を起こす。
レゴラスは反射的に彼女から退き、言葉もなく立ち尽くすその姿を見てフェリシエラ は哀しく微笑んだ。
「私を愛するのには、覚悟がいるわ。純粋に、ただ魅かれ想いを告げるような、巷に溢れる恋物語では補いきれないの」
眩しく純粋で無垢なものなど知らない。
求められない、暗く呪われた身体が滅びない限り。
自分の生には初めから存在していなかったから。
「ハルディアは、君のその痣の事を知っているの・・・?」
掠れる声を搾り出しながらも、頭の中で彼の声が静かにこだまする。
『…彼女の未来に定められた運命が待っていても、貴方は受け入れてくれますか・・・?』
願うような切ない言葉の意味を、今ようやく理解した。
「勿論知っているわよ」
予想通りの答えはうっとりと愛しげに囁かれる。
その甘く響く声で、どれだけ自分を呼んで欲しいと思ったか知れない。
けれど今は、彼女の存在に震えそうになる自分がいる。
「だから私は、彼以外求めないのだと言ったわ。彼がいなければ生きていけないのだと」
微笑んだまま、優しげに見つめる彼女すら、真っ直ぐには見つめ返せなかった。
「もう、一時の熱に騙されて、浅はかに行動してはいけないわ」
静かに立ち去る彼女の後姿が見えなくなって、レゴラスはようやく身体の緊張が取れていくのを感じた。
>>>to be continued
<あとがき>
あはははははッ・・・・・・>ついに壊れ?!
いえいえ、スミマセンUu
もう、王子ファンに何の弁解も出来ないような展開になってしまいましたv
壊れました、黒いです、襲ってますUu
そしてちょっぴり情けないです。。
でもそんな彼に愛情を感じる如月は、やはり歪んでいる?!
取りあえず、これで彼の淡い(?)恋は終わりました。。
それがこのまま愛へと変わるか、身を引いて引き下がるのかは分りませんが。。
この場面は、一番書きたかったのでvv
書いてて凄く面白かったです。。
暗いしー重いしー黒いしー。。
本人的には蝶の夢の中で一番好きかもv