〜蝶の夢10〜
ハルディアが瑞々しく輝くエラノールを花瓶に移して部屋まで戻ってくると、そこには既にレゴラスの姿はなかった。
代わりに普段ここには居るはずのない高貴なエルフの姿に、少々驚いて僅かに目を見張った。
「随分と久しぶりだね、元気にしていたかい?」
柔和な笑みを浮かべるグロールフィンデルは、フェリシエラ の側に座ったまま軽く手を挙げて挨拶した。
肩から流れる彼の金髪が、光の粒子を辺りに散らす。
「元気…とは言いがたいですね。今の状況では…」
彼の纏う空気は神々しいが、目映すぎず温かく、とても安らいで春の日差しを思わせる。
苦笑しながら呟くハルディアに、彼は穏やかさが滲む瞳を細めた。
「その状況をなんとかする為に私は来たのだよ。君に限らずこのロスロリアン自体なんだか暗い影に覆われているようだからね」
言いながら一瞬外を見遣るが、すぐハルディアの方に向き直ると、大事なものを扱うように胸ポケットから一つの小瓶を取り出した。
ガラスで出来た透き通ったアンティーク調デザインの中に、光を受けてキラリと輝く液体が入っている。
「それは・・・まさか・・・?」
「お待ちかね、エルロンド卿から眠り姫への贈り物だよ」
欲しいだろう?と片手でゆらゆら小瓶を揺らす。
「…いらない。と言うと思いますか?」
器用に片眉だけ上げてため息混じりに問い返すハルディアは、それでもようやく救われた気がした。
安堵の色が浮かぶ彼の顔に、グロールフィンデルは優しく微笑んだ。
「でもこれはあくまでフェリシエラ を目覚めさせる為の”きっかけ”を作るに過ぎないからね」
ハルディアに手渡しながら、彼は低く囁いた。
「そのオークの毒は、受けた者を深い心の闇に捕らえ、絶望を植え付けながら心身共に衰弱させていくもの。
だからその人の闇が濃ければ濃いほど目覚めさせるのは難しい…言っている意味が分るね」
頷くハルディアの瞳は、鋭い光を湛えて険しくなる。
「この薬と、彼女の闇を照らすほどの光がなければいけないんだよ」
「…光とは、どのような?・・・」
「…分からない?」
謎掛けのように曖昧な彼の雰囲気に、戸惑いを覚えながらも首を横に振った。
グロールフィンデルは視界の端にフェリシエラ を捉えたまま、温和な声音は更に音楽のように耳に心地よく響く。
「君以外の誰がフェリシエラ の光だというのかな?
彼女の暗い闇を知りながら、何の躊躇いも見せずに受け入れた者は、私の知る範囲では君位しかいなかったけれど」
重い空気を緩和するようにグロールフィンデルは微笑んだ。
ハルディアは黙ったままどう答えていいものか戸惑う。
「君には一見なんでもない事のようでも、彼女にとってそれがどれ程の救いになっているか、もう少し自覚するべきだよ」
後は任せる。
彼の肩をポンと軽く叩いて、グロールフィンデルは静かに部屋から出て行った。
「フェリシエラ 、君はもっと周りに甘えていいんだよ」
扉を後ろ手に閉めながら、彼は小さく呟いた。
「アッ、グロールフィンデル!フェリシエラ 様は?」
回廊の壁に寄りかかるように佇む彼に、慌しい4つの足音と、呼びかける高い声。
「もう、目覚められましたか?」
フロドの問い掛けに、彼は苦笑しながら子供に言い聞かせるように口元に人差し指を当てた。
「まだだよ。もう少しだと思うけれど、今日の所は一度戻った方がいいかな」
「部屋に入ったら駄目なんですか?」
不思議そうに首を傾げるピピンに、彼は微笑んだ。
「王子様がお姫様を目覚めさせる場面に三者が居合わせるのは野暮というものだよ」
「グロールフィンデルだって王子様じゃないですか」
メリーはサムに隣から小突かれるが、グロールフィンデルは特にかまうでもなく天井に目を遣りながら何処か遠くを見ていた。
そこに僅かに滲むのは、隠し切れない彼の想い。
「彼女の王子様は、この世にたった一人だけだよ」
囁く声の切なさに、ホビット達が気付くことはなかった。
フェリシエラ の部屋には陽光とマルローン樹の金と銀の柔らかな光が降り注いでいた。
幾重にも重なる光の至柱が、風に揺れて彼女の周りを揺らめき漂う。
眠るフェリシエラ の側に屈み、僅かに開かれた桜色の唇から、ハルディアは小瓶の中身をゆっくり流した。
細い喉が僅かにコクリと鳴る。
「・・・フェリシエラ ・・・」
呼びかけに答える涼やかな声はない。
木々を揺らし奏でる風が、二人の間を通り過ぎていった。
芳しい花の香り、静寂の中。
「フェリシエラ ・・・貴方を愛している・・・」
伝えたいのはただ一つの想い。
どんな綺麗な言葉で飾っても、胸にあるのは変わることなく溢れるただ一つの真実。
ハルディアは、絹のように滑らかな金糸の髪を優しく撫でた。
フェリシエラ はいつも独りでいた。
広すぎて寒ささえ感じる豪奢な宮の中。
父も母も、国を治めることを第一に優先し、忙しい身のため普段は滅多に顔を合わせる事はなく。
それでも暇を見つけては必ずフェリシエラ の元を訪れ、少ない時間の許す限りで娘と共に過ごした。
だから言えない。
幼心にも甘えられなかった。
二人の高い背だけを見えなくなるまで追い続けながら・・・。
・・・寂しい・・・・・・。
段々、自分の生まれた意味さえ考えて。
何度呪われた身を一人で泣いたか知れない。
刻まれた闇の暗さに脅え、助けて、と静寂の中呟いた。
・・・・・・その度に、小さな声に答えてくれて。
救い上げて、地に立たせてくれたのは。
優しく髪を梳き、深く澄んだ瞳で見つめるただ一人の存在。
他の誰でもない、愛しい愛しいエルフ。
彼の声が聞こえる。
呼んでいる。
彼の心が痛いくらいに流れ込んでくる。
闇に染まりそうになる自分でも、必要だと言ってくれる者達がいる。
『フェリシエラ 、どうか目を覚まして』
『・・・星のない夜でも、諦めてはいけない・・・』
『フェリシエラ 様の想いが私達をひとつに結ぶ』
『・・・フェリシエラ 、愛している・・・』
切ない、苦しい、けれど嬉しくて、優しくて、甘い。
彼の言葉だけが、唯一の救い。
神様、呪われて闇に捕らえられ汚されたこの身を、私の存在を、疎んでも、蔑んでも構いません。
この世界に在り続けることを、誰かに否定され罵られても構いません。
でも、どうか。
たった一つだけ、我侭を許してください。
・・・・・・彼の元に帰りたい・・・・・・。
そう願うことは、罪ですか?
温かい光の波が、身体の中を駆け巡る。
ゆっくりと瞼を開いて、闇の底の暗影から、眩しい白の世界へ。
フェリシエラ はすぐには目が慣れず広がる映像に目を細めたが。
はっきりとその光景を認識する前に、温かいぬくもりに触れた。
「フェリシエラ !」
胸に心地よく響く声が僅かに震え、強く、きつく抱きしめられる。
「ハルディア、ただいま。・・・会いたかった・・・」
力の入らない腕がもどかしく、フェリシエラ は眉を寄せた。
「いつも周りを困らせてばかりの、困ったお姫様だ」
安堵の息を漏らしながら、彼は愛しそうに、彼女を見つめる。
「・・・そんな私は嫌いかしら?」
小首を傾げる彼女に、穏やかな笑みが返る。
鮮やかで、温かい光を帯びた瞳はどこまでも優しい。
「そんな貴方も、永遠に愛している」
フェリシエラ の小さな顎を持ち上げて、彼はそっと口付けた。
乾いて唇には艶がなかったが、温かい感触が伝わってくる。
触れ合える事が嬉しくて、二人は離れがたく久々にお互いを求めた。
「・・・目覚めた側から相変わらず熱いね、二人とも・・・」
笑いを含む声を遠慮なく掛けられ、二人は咄嗟に離れて声がした方に目を向けた。
クスクス笑いながら意地の悪い視線を送るそのエルフを、フェリシエラ は真っ赤になりながら睨みつけた。
「覗き見なんて悪趣味ね、フィンデル」
恋人との時間を邪魔され、あからさまに眉を顰める。
「おや、誰のお陰で目覚める事が出来たと思ってるんだい?君は」
「・・・エルロンドお義兄様の薬とハルディアの呼びかけ・・・」
「なるほど」
グロールフィンデルは大げさにふぅとため息を吐いて、額に手を当てた。
「それで、イムラドリスからここまで不眠不休で走り続けて薬を持ってきた私には感謝の気持ち
はないのかい?」
そしてようやくフェリシエラ はあぁ、と思い出したように付け加えた。
「・・・ありがとう、アスファロス・・・」
彼女は感謝の意を込め、しみじみとその名を呟く。
・・・付け加えたのは馬だった。
「・・・あはははははッ・・・」
「・・・おほほほほほッ・・・」
いろんな意味で二人は同時に笑い出した。
取りあえずこんな関係である。
隣で見ていたハルディアは、また始まったとばかりに小さくため息をついたが、ようやく戻ってきた日常に、言いようのない幸福を感じた。
楽しそうな笑い声を、レゴラスは扉の外で聞いていた。
やっと目を覚ました彼女に近寄ることが出来ず、そっと、抄いていた扉を音を立てずに閉める。
温かくフェリシエラ を包む空間は、美しく完結し、そこだけ切り取った物語のようだった。
望むことの出来ぬ世界。
彼の心に、不安と哀しみと、激しい嫉妬が雫となって落ちていく。
行き過ぎてやり場を失った強い想い故に、彼は暗い闇に捕われていくが、それに気付く者はまだ誰もいなかった。
>>>to be continued
<あとがき>
最後のレゴラスは、決してストーカーではありません>笑
ヒロインやっとお目覚めで、次回は王子壊れますUu
今日は徹夜明けの上、今まで飲んできたので思考が曖昧の中書いてまして(いいのか?!
表現とかに問題ありかも。。(そんなんUPするなよ。。
うふふッ、酔った勢いで書いてますv
明日これを見て自分が何を思うのか・・・考えると少し怖い。。
でも、折角なのでUPしてみましたvv