〜この白い雲の切れ間〜

ロスロリアンの次女姫 フェリシエラ は母ガラドリエルの血を色濃く受け継いで美しく、その波打つ髪は陽の黄金で、
瞳は鮮やかな朝露の森の色、この世のどんな色よりも汚れない白い肌とほっそりとした長い手足のエルフ。

「金陽の姫君」と呼ばれるその人は、今、人生最大ならぬエルフ永遠の選択を迫られていた。

傍らでは愛しい恋人のレゴラスが自分の手をしっかりと握り、彼を見下ろすように玉座に座っている両親は突き刺す様に、お互い睨み合っている。

「・・・それで、レゴラス王子。あなたは私達の愛しい フェリシエラ を闇の森へと連れて行くなどと戯けた事を言うのか?」

ケレボルンがこめかみの辺りをピクピクさせながら尋ねると、

「その通りです。私は フェリシエラ に自分の気持ちを伝え、 フェリシエラ もそれを受け入れました。
彼女を私の妻として闇の森に迎えることに何の不都合があるのでしょうか?」

レゴラスも負けじと真っ直ぐに玉座を見据えて問い返す。


「不都合だと?!」


血圧が急上昇してくるのを感じるもう充分すぎるほど年なロリアンの主。

「不都合どころではないわー!!
友好関係を築くという名目でロリアンに滞在しておきながら、うちの大切な娘に手を出すとは何事だーーーッ!!不都合ではなくて不祥事だ!!!」


国中に響き渡るような声で怒鳴ると、 フェリシエラ は悲しそうに父を見つめた。

「お父様、まだ手は出されていません」

瞳を潤ませてレゴラスを助けようと訴える娘に、ケレボルンは言っている意味が違うと思いながら再び怒鳴りだす。

「当たり前だ!大体契りを交わして子を身籠りましたなどと、事後報告でもしてみろ!!闇の森を一夜にして滅ぼしてやるからな・・・」

出来ちゃった結婚など認めるかと、いやそれ以前に目に入れても痛くないほど可愛い娘が遠い遠い土地に嫁ぐなど・・・。
最後の辺りはゼイゼイと息を切らしながら恐ろしいことを口にする。

「なぜ、私ではいけないのですか? フェリシエラ ももう立派に成人しています。愛し合っている者と永遠の誓いを交わしていけない事はないでしょう?」


ガラドリエルは澄んだ青い瞳を輝かせ、氷の息を吐きそうなほど冷たい声で話す。

「あなたは フェリシエラ に婚約者がいるという事を承知の上で想いを告げたのですか?」

「いえ、それは彼女の気持ちを聞いた後で知りました。
ですがそれを聞いても私の フェリシエラ に対する気持ちは少しも変わりませんし、彼女にとっても決められた相手ではなく真に愛する者と暮す方が幸せだと思いますが?」


そんな王子を刺すように一瞥し、そしてガラドリエルは フェリシエラ の方に悲しげな視線を向けると、優しく問いかける。

「 フェリシエラ 。あなたはどうなのですか?生まれた頃より今まで見守り続けてきたハルディアを捨て、私たちと離れて、
出会って間もないレゴラス王子と共に遠い闇の森で暮らす事があなたの幸せなのですか?」

痛いところを突くガラドリエルにレゴラスは内心舌打ちしながら彼女の手をいっそう強く握った。

フェリシエラ はその言葉に困ったように俯いてしまう。

娘の迷いをいとも容易く見抜くとは、さすがは母親である。

その様子にここぞとばかりに娘命の親は追い討ちをかけた。

「私達もケレブリアンがイムラドリスへと嫁ぎ寂しい思いをしているところに、あなたにまで更に遠すぎるマークウッドに行かれてしまったら悲しくて耐えられないのですよ」

僅かに掠れた声を出し、ドレスの端で顔を覆って肩を震わせる母。

「もしハルディアが嫌なのなら、せめてイムラドリスのグロールフィンデルにしなさい。そうすれば好きなときに私たちに会いに来れるではないか」

手で額を押さえながら眉を寄せる悲しげな父。

「別に、ハルディアが嫌いなわけじゃないの。寧ろ好きよ。グロールフィンデルだって優しくて大好きだわ・・・」

躊躇いながらも小さく呟く フェリシエラ に、レゴラスは驚いて目を見開く。

「 フェリシエラ !」

何か言いたげなレゴラスを遮って、玉座でレゴラスに勝ったとばかりにこっそり笑い合っている両親に真っ直ぐ向き合うと。


「でも、私はやっぱりレゴラスじゃなきゃダメなの。だってハルディアとフィンデルは好きだけど愛してないもの。
彼を世界で一番愛しているわ、引き離されたら寂しくて死んでしまう」

彼の手を強く握り返して笑う フェリシエラ 。

「君を愛しているよ。出逢って間もないけれど時間なんて関係ないくらい愛しくて堪らない」

レゴラスの言葉に頬を染めながらも嬉しそうに彼に抱きつく。

「私もあなたに永遠の愛を誓うわ。絶対に離れないから」


そして、半ば呆然と二人を見つめている両親に、

「ゴメンなさい、お父様お母様・・・・・・さようなら」


涙ながらに呟いて、レゴラスの手を取ると、 フェリシエラ は走り出した。


残された両親は正気に戻ると、

「私の可愛い フェリシエラ が・・・・・・」

ケレボルンはその場に倒れるように崩れ落ちてしまった。

「 フェリシエラ 、大人になったのね」

ガラドリエルは消えていった娘を思いながら、複雑な表情をしていた。


「 フェリシエラ 、一体どこへ?よかったのかい?あんな別れ方をしてきて」

フェリシエラ に引っ張られながらも問いかける彼に、少女は少しだけ寂しそうに微笑んで。

「いいの、いつまでも親離れできないままの子供じゃダメだから・・・。もう少し行ったところに私の愛馬を待たせてるの。それに乗って逃げましょう」

答えて行き先の方を指差そうとすると。


そこには、背の高い金髪のエルフが立っていた。


「ハルディア!!」

呼びなれた名を呼んで駆け寄ると、彼は彼女の頭を優しく撫でながら囁く。

「行って、しまうのですね?」

切ない響きに泣きそうになりながらも、 フェリシエラ はその胸に抱きついた。

彼の熱い体温が伝わってきて、 フェリシエラ は初めてハルディアの想いを知る。


「本当に愛する人が出来てしまったの。だからハルディアのお嫁さんになれない・・・ごめんなさい」

彼以外の人を愛して初めてその想いに気付くなんて、もっと早く気付いていればよかったと。

「幸せに、なって下さい・・・」


細い体を抱き締め返すと、いつものエラノールの花の香りがした。
何度、このまま自分だけのものにしたいと願っただろうか?もう、永遠にそれは叶わなくなってしまったけれど。


ハルディアはレゴラスに視線を向けると鋭く睨み付ける。

「 フェリシエラ 様を泣かせたりしましたらロリアンの軍が闇の森を囲みますのでその覚悟で」

「わかっているよ。彼女を必ず世界一幸せな王妃にしてみせると誓おう」

「その言葉、お忘れずに・・・」

二人は僅かに微笑み合うと、ハルディアは フェリシエラ の体を離して先に行くよう促した。


「元気でね、ハルディア。離れてても大好きよ!」

振り返って叫ぶ少女に手を振りながら、ハルディアはそっとため息をついた。


雲の間から透かし見た空は、やはりどこまでも青い。

もう、このロスロリアンで幾度となく共に過ごした少女は他の人と旅立って行ってしまった。

自分とは別の道を選んだ少女に、どうかいつまでもエアレンディルの加護あれと。

彼は祈った。


確かあの日も白い雲がゆっくり流れていくのを見ながら微笑んでいたと。

遠い記憶が甦る。

『ハルディア!私が大きくなったらお嫁さんにしてね』

『急いで大人になるから、それまで待っていて・・・』


鮮やかな緑色の瞳で自分だけを見つめる少女。

もういないのだと思うと、少しだけ、感傷的になって「らしくない」と笑った。


白く流れる雲は、どこまでも自由だった。

彼女もどこまでも自由で美しく、まるで春風のようだった。


〈あとがき〉
意外にも皆様からの反響をいただいた「この青い〜」の続編です。
最初は軽いノリなカンジで行こうと思ったのですが、なんだかハルディアさんが入ったら最後は
シリアスちっくにまとまったような気がしないでも??
でもあまり書きたいことが上手く伝わっていない、まだまだスランプから抜け出ない如月です。

感想、というか苦情でもいいので何かBBSにカキコしてくださると嬉しいです!