〜SAKURA〜
カラスガラゾンを一望できる高い丘。
そこはエラノールをはじめとする様々な花が咲き乱れて、中央に位置する場所に中つ国では大変珍しい桜の老木が一本立っていた。
エルフ達が「リフェリシアの丘」と呼ぶその場所で、遠い未来 フェリシエラ は旅の仲間達と出会い、それより近い未来ではハルディアと永遠の愛を誓い合うのだ。
しかし今はまだ、そんな事など関係ない人間で言えば15・6歳位の幼さの残る少女は、桜の木の上で酒瓶片手に花見をしていた・・・。
邪魔の入らない特等席で彼女は上機嫌に「絶景かな、絶景かな」と呟いていると、下の方から話し声が聞こえてきて。
フェリシエラ は根元の方を覗いてみる。
そこには、よく見慣れた警備隊長のハルディアと知らないエルフの女性が向かい合って立っていた。
エルフは耳がとてもいいので内容は丸聞こえ。
女の方がハルディアに愛の告白をしたが、素っ気なく断られ涙ながらに「ヒドイ」と呟きながら走り去る。
一秒の間も置かずに断るなんて確かに酷いなぁ、と フェリシエラ は同情しながら取り残された彼に声をかけた。
「お兄さん、モテますね」
ハルディアは上から降ってきた言葉に驚いて桜の木を見上げ、 フェリシエラ の存在を確認するとばつが悪そうに顔をしかめた。
「覗きとは趣味が悪いですよ、姫」
「あら、私が花見を楽しんでいた所に後から来たのはそっちでしょ」
フェリシエラ は持っていた果実酒をくいっと飲み干すと、ニッコリ笑う。
「あッ、また昼間から飲酒などなさって。しかもなんですか?その格好は!」
たくし上げられたドレスのスカートから細く白い足が露わになっている少女の姿が目に痛い。
「だって木に登るのに邪魔なんだもの・・・ソソる?」
フェリシエラ が足を突き出してブラブラさせると、ハルディアは急に頭痛がして額を押さえた。
そんな事を一体どこから覚えて来るのか・・・彼の頭に裂け谷の双子王子が浮かぶ。
「・・・全く」
「そうよねぇ、私みたいなガキよりさっきのナイスバディーなお姉さんの方がいいわよね!」
何故そこでさっきのエルフが出てくるのかハルディアは首を傾げた。
少女が自分に淡い恋心を抱いているなんて、日々苦労を掛けられまくっている彼は全く気付かない。
「さっきの話は聞こえていたはずですが?」
「・・・ハルディアって鈍感だね」
「はっ?!」
理解できないことばかり言う フェリシエラ に思わず素っ頓狂な声を上げると、彼女はため息を吐いて「いいわよ、別に」と横を向く。
・・・ハルディアはなんだか分からず困惑した表情を浮かべた。
フェリシエラ はその様子を見て苦笑する。
「・・・でもさっきのは酷いんじゃない?せっかくこの樹の下で告白したのに。
ちょっとは考える素振りでもしてあげればいいのに」
「この樹の下だと何かあるのですか?」
彼の問いに フェリシエラ は笑い出す。
「まさか私より随分長く生きているあなたが知らないはず無いわ。
忘れちゃったの?この白い桜の伝説を」
ハルディアは何かあっただろうかと首を傾げる。
「墨染めの桜の伝説」
何千年生きてきたのか分からないが、彼は膨大な記憶の中からそれらしきものを探り当てて
呟く。
「たしか、遠い昔に人間の男とここで愛を誓ったエルフの乙女がオークの襲撃で亡くなったとき、
人間の男がこの樹に向けて“自由に生きる野の桜にも心があるなら、今年だけは亡きエルフを悼んで墨染め色に咲いてくれ”と言ったら
次の年からこの桜は白い花しかつけなくなった。・・・というものですよね?」
満足そうに頷く少女に、ハルディアは再び首を傾げた。
「それが愛の告白とどのような関係があるのですか?」
フェリシエラ は散っていく白い花びらを見つめながら微笑む。
「何がどうなったのか知らないけれど、この桜はそれから愛し合う男女の味方だみたいに思われて、以来この桜の下で愛を誓えば永遠に結ばれる、って言われているの」
「だからさっきのお姉さんはハルディアと永遠に結ばれたかったのね?愛されてるねー」
意地悪い笑みを浮かべて見下ろす フェリシエラ に、ハルディアは眉を顰めて言う。
「そんな伝説で永遠を誓えるなら苦労しませんよ」
「まあね、でも人間達は桜の下には死体が埋まっているっていうのよ」
それに比べたらまだロマンがある、と。
フェリシエラ は手を伸ばして桜の花を一房摘み、眩い黄金の髪に飾る。
「・・・人間とは不思議なものですから理解できませんね。何故そんな事を考え付くのか」
ハルディアは フェリシエラ の姿を見つめながら、桜の精のようだと思った。
「美しすぎるからじゃない?」
彼女の囁くような声はどこか寂しげだった。
「私には分かる気がするよ。何かから飛び出たものには賞賛と同じくらいの畏怖がついてくるものだもの」
フェリシエラ は目を閉じて、桜の樹を抱きしめる。
フェリシエラ と桜。似ているのだと、ハルディアは思う。
この上なく高貴な血筋に生まれ、母親から受け継いだ美貌は見る者を圧倒するが、過ぎた美しさに周囲からは遠巻きにしか見られない フェリシエラ 。
生きたものを糧にしなければこんな美しい花が咲くはずがないと、勝手に決め付けられて死体が埋まっていると言われる桜の樹。
「それでも私は、そんな物など関係なくあなたとこの桜を見ていたいと思いますよ・・・」
誰がなんと言おうが、 フェリシエラ は フェリシエラ なのだから。
たまたまエルフの王家に生まれ、外見が母親に似ているだけで、それ以外は何も変わらない。
大人ぶって生意気で、我侭で、お転婆で、おしとやかさの欠片もないけれど。
本当は優しく聡明で、傷つきやすいガラスのような少女。
ポツリと呟くハルディアに、綻んだ様な笑顔を浮かべる フェリシエラ 。
「来年もまた見に来ようね」
言いながら枝から飛び降りてハルディアの胸に抱きつく。
その細い体を受け止めながら、彼は優しく微笑んだ。
春の日差しはどこまでも暖かく柔らかい。
始まりかけた二人のエルフの恋が、この場所で永遠を誓うのはまだ先の、また別な物語・・・。
今回は「蝶の夢」の外伝書いてみましたvv
今頃桜ネタ?!と思われるかもしれませんが、確か東北は今頃咲いているのでは??
去年見た青森「弘前城」の桜の美しさが忘れられず、それイメージでvv
それから「墨染めの桜伝説」は源氏物語「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに
咲け」という歌から取りました。
ふと思いましたが、私は恋人未満な微妙な関係が好きみたいで、書いててこれは楽しかったで
す♪
もっと幼い頃のエピソードも書きたいなぁ・・・ヒロインはいつからハルディアを意識し出したの
か?とか、裂け谷の双子王子と悪さしてエルロンド卿に怒られるとか・・・自己満足の世界に浸
ってますが、ここまで読んで下さった方、ありがとうございましたvv