〜胡蝶の乱8〜
愛しい人よ
祈る声すら失っても
どうか
どうか
貴方のままで
「フェリシエラ !」
夥しい死体の積もる戦場を迷うことなく駆け抜けていく少女に、よく知った声が鋭く呼び止めた。
振り向いた彼女の白い頬には返り血。
雨に打たれても輝きを失わないその姿に嘆息しながらレゴラスは走り寄った。
「どうしたんだい?こんな所に来て!エオウィン姫達と共に洞穴の中にい」
「レゴラス!ハルディアは何処?!何処で戦っているの?」
戸惑う彼の言葉を遮って、フェリシエラ は冷えた彼の腕を掴む。
「ハルディアなら東側の城門を守っているけれど、アラゴルンが退却の指示を出していたからそろそろ此方へ向かってくるだろう。
それよりも君はどうしてここにいるんだい?」
レゴラスは眉を潜めて疲れが色濃くj滲む声を絞り出した。
「ハルディアが、ハルディアが危ないのよ!私のせいで、殺されてしまう」
耳鳴りのように頭で繰り返される声が、意思を無視して体を突き動かす。
それだけ言うのすら時間を惜しんで、彼女は走り出した。
「フェリシエラ 、待つんだ!」
呼び止める声は雨音で掻き消され、押し寄せる敵や退却していく味方にその姿を遮られ。
レゴラスは彼女の見失った。
いくら切り倒しても尽きない。
いくら射殺しても怒濤の如く流れ込む。
彼は一体何処にいるの?
沢山の死を見つめながら、彼女は静かに進んでいく。
そしてようやく、フェリシエラ は崩れ落ちた東門の最後尾に、彼が今だ剣を奮って味方を非難させているのを見つけた。
闇の中でも鮮やかに、溶けて消えることなく燃え立つ赤いマント。
味方を力強く導く、深く澄んだ声。
流れる銀星髪の艶やかで美しい光。
「ハルディア!!」
濃厚な闇の気配の中でフェリシエラ はハルディアに手を伸ばした。
「フェリシエラ ?!何故……!!」
驚く彼に、フェリシエラ は霞みそうな意識を繋ぎとめて何とか微笑む。
抱きつくようにしがみ付く彼女の背に。
刹那、鋭い光が暗闇に光った。
その瞬間はスローモーションの映像のようにハルディアの目に映った。
剣を落として力を失っていく細くしなやかな腕の動き。
太く黒い刃が振り下ろされるのと同時に、フェリシエラ の背から真っ赤な血が勢いよく吹き出した。
転がって落ちていく細い銀の剣。
力無く倒れていく体。
滲んでは溢れる仄暗い赤。
「フェリシエラ ?!」
何が起こったのか、分らなかった。
全て錆付いたように、頭も身体も動かない。
ただ寒気がして、全身に鳥肌が立った。
「フェリシエラ 様!ハルディア!」
鋭いアラゴルンの声がハルディアの呪縛を解いた。
敵を薙倒しながら駆け寄ってくる彼の姿を認めて、ハルディアはその細い身体を抱き起こした。
「フェリシエラ ……何故……」
それ以上言葉にならず力なく首を振る彼をその目に映して、フェリシエラ はか細い息を吐いた。
「ハルディア」
ハルディアはフェリシエラ の紙のように白い顔にかかった金髪を払う。
背に回した腕にとめどなく温かい血が降りかかった。
もう間に合わないのだと、頭のどこかで認めたくない事実が残酷に浮かび上がる。
「私、今日初めて、自分の呪われた力に、感謝、した、わ」
「……私のために、貴方が命を落とすなど望んではいなかった・・・・・・」
悲痛に響く声にフェリシエラ は一度目を伏せる。
彼女は頬に添えられた彼の手に自らの震える手を重ねた。
痺れたような唇を必死に動かそうとしたが、声にはならず、空気が掠れた音を立てて吐き出される。
もどかしくて堪らない。
見つめてくる痛々しい瞳に、伝えなければいけないのに。
目を凝らして、彼女は彼の瞳の中に微笑んでいる自分を見た。
ちゃんと笑えていることに心から安堵して、もう一度喉を震わせる。
「ハルディア、あなたは、死んではだめ。私の後は、追わない、で」
その声は小さくても、間違いなくハルディアの耳に届いた。
「フェリシエラ ?」
言われたことが理解できなかった。
「貴方、優しいから。でも、ダメよ」
「何故?」
ハルディアは眉根を寄せて責めるように問い返す。
フェリシエラ がどんな未来を歩もうと、ずっと傍にいるつもりだった。
彼女の上に死が訪れるなら、それすら共にしようと。
それが自分に出来るたった一つのことだと決めていた。
フェリシエラ はハルディアの手に指を絡める。
背に走る刃の痛みなど感じない。
傷ついたような彼の表情の方がよほど痛い。
それでも、この道を選んだときから決めていた。
最後の我侭は、彼のために。
「私、幸せよ。やっと解放されたの。もう、あの忌まわしい声も、聞こえない。だから、あなたは、私を忘れても構わないから」
「出来ない。約束しただろう、フェリシエラ 」
彼女を一人にするなど、一人遺されるなど。
そんな事は耐えられない。
ハルディアは浅い呼吸を繰り返す相手をしっかり抱き直した。
霞んだ視界が、フェリシエラ から間近にある顔を引き離していく。
間に合いますようにと、彼女は切実に、死の神に祈った。
「約束して。生きて、幸せになって」
彼はゆるゆると頭を振る。
彼女の死を乗り越えて、その先に何がある?
幸せなど有り得ない。
意味すらもないというのに。
「私には出来ない」
「ハルディア、ねぇ、お願いよ」
届きますように。
この全ての想いだけ、せめて。
この場にいるエルフ達が、彼をとても必要としているから。
「ミスランディアと約束したの。この地を守るって。お願い、私の代わりに」
彼が自分の中にある強い光に気づいてくれますように。
「・・・・・貴方は私の光。愛しているわ。最後になってしまうけど、ごめんね」
ずっとずっと、一緒に居たかった。
生まれて初めて、世界をくれた優しいひと。
ああもう、貴方の顔も見えない。
焦点を失った瞳から涙が零れた。
絡まった指が徐々に力を失っていく。
「駄目だ、フェリシエラ 。こんなのは酷い」
「ハルディア。お願い」
震える唇が、音もなくもう一度だけ愛していると紡いだ。
閉じられた瞳から透明な涙が伝う。
「フェリシエラ ?」
ハルディアの指は濡れた目元を辿り、頬を、唇をそっとなぞった。
温もりの消えていく体を強く抱きしめる。
鼓動は聞こえない。
一人きりで消えてしまった。
ハルディアはフェリシエラ の肩に顔を押し付けた。
アラゴルンは放心しながらも二人を見つめ、剣を振るい続けていた。
力を失った少女を抱きしめて動かないエルフの青年にかける言葉などない。
何より彼自身が、目の前の死を理解できていない。
これは、彼女が望んでいたことなのか。
死んでいいはずなどないのに、ハルディアの腕の中で彼女は幸せそうに微笑んでいる。
責められないくらい、穏やかに。
ただ押し寄せる敵たちに、二人を傷つけさせたくなかった。
「ハルディア、ここはもう危険だ。急いで城へ戻るんだ!」
彼の肩を掴むアラゴルンに、ハルディアは顔を向けずに答えた。
「二人にしてくれ、頼む・・・・・・貴方は先に城の中へ」
彼は力なく言い足す。
「後を追ったりはしない。フェリシエラ がそう望んだから」
「ハルディア」
「早く行きなさい。貴方にはすべき事がある。フェリシエラ もそう言っていたはずだ」
アラゴルンは従うしかなかった。
「フェリシエラ 」
ハルディアはフェリシエラ の顔を覗き込んだ。
「本当に、酷い。私が、貴方の願いを叶えないはずはない」
誓いの口づけは、静かな別れを贈るものだった。
>>>End
<あとがき>
終わったーーーーー!
・・・例の如く悲恋ですね。。
こんな終わり方納得できん><
この二人には幸せになって貰いたかった!
最後はハッピーエンドにしてほしかった!!
という方・・・・・・うふふふっ、では、サイト内に隠されたLastEpisodeを探してみてください〜。。
どっかにあります。。隠してはいますが、とても簡単なのですぐ見付かるかと。。
お暇がある方は良ければどうぞv
見つからないんだけど読みたいなぁという方がいらっしゃれば、
BBSにメルアドを記載して聞いてくださったり如月に直接メールを下されば教えます〜、喜んで
v
ただ、礼儀の知らない文章だったり、三行メールのようなものは完全無視しますのでvv
ではでは、ここまでお付き合いして下さった方々、本当に本当にありがとうございました!
「蝶の夢」「胡蝶の乱」は私にとっても思い入れの強い作品なので、読んで頂けてとても嬉しいですvv
これからも新しい連載や、短編にと頑張って書きたいと思いますので宜しくお願いいたします。。
注意: 如月さまが書かれたLastEpisodeは『騎士と姫君』コンテンツ内に隠しておきました
私が如月さまのサイトで探したように、ここまでお読み下さった方は、探してみてくださいませ。
簡単ですよvv