〜胡蝶の乱7〜
貴方のためという言い訳を
貴方のためという偽りを
許してくれますか?
「どうして来たの?」
涼やかな声には似合わないやや硬い表情でフェリシエラ は問いかけた。
「私が貴方に会いたかったから」
驚いた風もなくごく穏やかに、ハルディアは答えた。
そこは角笛城のある一室。
硬い石造りの黴たような匂いが鼻に付く、古い草臥れた部屋。
男達はもう自分達の戦いの準備で城門の方へ集まっている。
女達は荷物や食料等を避難場所である洞穴へと運んでいる。
外から様々な話し声が流れ込んでくる中、二人きり。
少し躊躇った後、フェリシエラ は口を開いた。
「私は会えないのに。いいえ、会いたくなかった。今はまだ、駄目なの。ここでまた貴方の元へと戻ったら必ず貴方を不幸にするわ」
「フェリシエラ 」
ハルディアは低い声で囁いた。
「私を不幸にするとは一体何故?」
フェリシエラ は悲しげに眉を寄せた。
「だって、サウロンは私を狙っているのよ。私を欲しがっている、それなのに私が想いを寄せる貴方の存在を忌まわしく思わない訳がないわ」
だからきっと貴方の命を狙うだろう。
邪魔なものは徹底的に排除する。
それが彼の者のやり方、そして残酷な冥王と呼ばれる一つの所以。
「貴方には幸せになってほしいの、その心のように穏やかに、優しく満ち溢れる毎日を送ってほしい」
「貴方なくして私の幸せなど有り得ない」
はっきりとした声だった。
どうしてか気まづくて、フェリシエラ は目を逸らした。
重い空気が二人を包む。
「私が日々を送れるのは貴方への想いゆえにだ。貴方がいなければ私の生には何の価値もない」
「だからと言って、どうして今なの?戦争が始まるのよ。ロスロリアンで過ごしていれば、お母様の結界に守られて安全だというのに。
どうして態々沢山の死が迫っているここへ?敵も味方も関係なく残酷に死んでいくわ。もし、もし貴方が死んだら私には光が差さないのに」
「それは私とて同じ事。フェリシエラ 、貴方が戦争の中心にいるというのに、それを遠い地で信じて待てるほど私は強くはない」
ハルディアは微笑を湛えて、フェリシエラ に歩み寄った。
紅のマントが夕陽を透かして眩しい。
一歩踏み出せば届く距離にいるのに。
フェリシエラ はその想いを飲み込んで制するように両手を握り締めた。
「私は、そんなに弱くないわ」
そう、弱くない。
だから大丈夫。
何度言い聞かせただろう。
もう忘れてしまったけれど。
「それでももう一度、貴方に伝えたかった」
「何を?」
無表情のままハルディアを見据えた。
「愛している、フェリシエラ 。私の幸福は常に貴方と共に」
ハルディアは笑みを浮かべたまま。
その瞳にある優しさは全て彼女だけに向けられたもの。
大きすぎる愛しさに、身体の震えが止まらない。
「………私は…………」
…いらない………。
心の何処かで否定する自分がいる。
………違う……。
正直すぎて、閉じ込めるしか出来なかった思い。
私は弱くないわ。
けれど。
決して。
強くもなれない。
「…貴方が、好き…」
貴方が傍に居てくれなくては。
抱きつくと、いつもより重厚な鎧の感触が硬かったけれど、それでも変わらず、温かだった。
「好き、好き、貴方が好きよ。何度言っても足りないくらい。本当は貴方に会いたくて溜まらなかった」
胸を締め付ける思いに堪えられず涙が頬を伝うと、ハルディアはそれを優しく指先で掬う。
「フェリシエラ 、どうか貴方を守りたいと思う心を許してほしい。私は必ず生き抜いて、貴方を洞穴に迎えに行くと誓うから」
彼の言葉にフェリシエラ は一瞬びくりと身体を震わせるが、その胸に頬を寄せてそっと瞳を閉じた。
「出来ることなら私も共に戦えれば良かったのに」
でもそれは無理なこと。
いくらフェリシエラ の弓の腕がレゴラスに引けを取らぬほどの名手だとしても実戦経験がない分彼女は酷く劣っている。
それに彼らの狙いは彼女自身でもあるのだから、戦いの場に赴くのはこの上なく危険な行為だ。
フェリシエラ はため息を付いて、抱きしめる腕に力を込めた。
「必ず私の元へ帰ってくると約束してね。貴方の無事だけを一番に祈っているから」
「約束しよう、この想いに賭けて。フェリシエラ 、愛してる」
ハルディアは彼女の顎を優しく持ち上げて、その柔らかな唇に自分のを重ねる。
深く、甘い、温かなぬくもり。
頬に伝う涙の跡はそのままに、フェリシエラ はそっと身を委ねた。
激しく打ち付ける雨が、まるで世界の涙のよう。
嘆いているのか、怒りに燃えているのか分らないけれど。
それでも男達の吼える戦は止まらない。
けれど恐怖に引きつらせた洞穴の民達は、身を寄せ合う事でしか寒さを紛らわせない。
赤ん坊の泣き声が、空気を震わせる。
フェリシエラ はエオウィンの傍に座り込んだまま。
そっと口を開いた。
『 愛し子よ 眠りなさい
寒さに震え 涙が月を隠す夜でも
貴方の傍に 二つの恵みを
香り高いリススインで包み
見目麗しきエラノールを慰めに
心の闇を隠さずとも
私は貴方の全てを愛す
貴方は私の光の娘
愛し子よ 優しさはいつまでも
貴方の中に息づくでしょう
恵みは望むだけ 幸せが訪れるまで
想いとともに贈りましょう
愛しています いつまでも
傍にいます 永遠に
だから今は 今だけは
愛し子よ 眠りなさい 』
「……なんて、なんて綺麗な歌なのかしら」
歌い終わった彼女に、エオウィンはうっとりと囁いた。
透明に澄んで、滑らかに紡がれるエルフ語に、ため息が零れる。
辺りは静まり返っていた。
赤子は泣き止んで、穏やかな表情を浮かべている。
「私が幼い頃、お母様が歌ってくれた子守唄よ」
思いのほか歌の効果があった事に安堵して、フェリシエラ は微笑んだ。
なんだか、歌いながら母に会いたくなってしまったのは彼女だけの秘密。
「貴方のお母様は、貴方を慈しみ愛しているのでしょうね。意味は分らないけれどとても愛しさに溢れた曲のように感じたわ」
「ええ、私もこの歌を思い出すと、母の愛情を感じるの。傍にいて見守っていてくれるみたいに」
懐かしんでいるのか彼女は何処か遠くに目を向けた。
薄い湖面が戦いの振動で揺らめいて。
それを煽るように冷たい風が更に波立たせた。
「早く、皆の所へ帰れるといいわね」
エオウィンの優しい声が心に染み込んで温かい。
「ええ、全て終わったらね」
帰りたい。
全て終わったら、笑ってまた過ごせる日々を。
『そんな日は、決して来ないだろうな』
笑いを含んだ声が、頭に響いた。
全身が、冷たくなるのを感じる。
『全ては闇に飲み込まれ、この地に朝が訪れることはない』
愉快そうな低い囁き。
暗い闇の炎が燃え立つ。
『お前の心に差す光を奪ってしまえば、惑うことなく私のものになるだろうか』
頭が痛い。
一番見たくない。
聞きたくない光景が。
乱暴に頭の中へ突き刺さる。
「……・やめてっ・・・・・・」
「フェリシエラ 、どうしたの?」
止まったまま動かない彼女の身体を揺さぶって、怪訝そうにエオウィンは尋ねた。
その顔を覗き込んで、驚くほど青白い事に戸惑う。
「……やだ、ハルディア……死なないで…」
力なく呟く彼女の虚ろな瞳から一筋の涙が零れた。
「フェリシエラ ?ハルディア殿がどうかして?」
尋常ではないフェリシエラ にどうしていいのか分らない。
こうして自分が呼びかけているのすら、気づいているのだろうか。
そんなエオウィンが視界に入らないまま、フェリシエラ はよろめきながら立ち上がった。
「そんな未来認めない……私は行かなきゃ」
独り言のように自分に言い聞かせて、力の入らない足で歩き出す。
「フェリシエラ 、何処へ行くの?!」
エオウィンは鋭く呼び止め、フェリシエラ の肩を掴んだ。
「放して。私は行かなければ、ハルディアの所に」
「駄目よ!戦場へなんて。危険すぎるわ!」
睨みあう二人を、周りはただ見つめているしかない。
「危険でも何でもいいのよ。彼が死ぬよりマシだわ」
フェリシエラ は彼女の白い手を振り払って歩き出した。
「ちょっと待って、死ぬってどうして分かるの?……貴方は……誰?」
一見繋がらないような言葉でも、フェリシエラ には充分だった。
誰?
そんなの私が知りたい。
「……私は、闇に魅入られた光の娘…・・・」
一度だけ振り返って微笑む彼女は、例えようのないほど美しく、哀しかった。
そのまま光を散らし、フェリシエラ は洞穴から消えていった。
自分が何者だとしても。
受け入れてくれるあの人だけは。
守りたいの。
ただそれだけの事。
>>>to be continued
<あとがき>
今回一番の突っ込み所、ガラママはあんなチンプな歌うたいません。。
本当に恥ずかしいですがUu
詩とか書くのって苦手ですTT
歌とか最後まで入れない予定だったのですが、ネタが切れまして。。
苦し紛れにやってしまいました。。
次回で最終話なのにこんな事してていいのでしょうかね><
何処までもいい加減な作者は最後までやっぱりいい加減でしたUu