〜胡蝶の乱6〜


想えば想うほど深く

痛みが増していく理由を

胸の内にそっと問いかけて

涙が流れた

愛したことは罪ではないのに

アラゴルンが戻り、ウルクハイの侵攻の状況を知らせても。

何事もないかのように残酷に時は流れていく。


押し寄せる不安と恐怖が城内を取り巻き、人々は余裕を失い衝突していくだろう。


その光景すら冷淡な心境で見つめる自分を知り得ても、フェリシエラ は気づかないフリをした。


唯一はっきりと思い出す愛しい者の面影だけが。


幾度となく頭に浮かんでは、触れる前に沈んでいく。


不思議なくらい込み上げる想いに、そんなに弱くはないと言い聞かせた。

「アラゴルン、どうかしたの?」


あまり人の来ない回廊の一角に彼を見つけて歩み寄るフェリシエラ 。


「少し、考え事です」


当たり障りのないようにアラゴルンは答えた。


きらきら輝く瞳はいつも優しい。


優しいが、その眼を見ても何を考えているのかさっぱり分らないというのに、こちらは全て見透かされて繋ぎとめられてしまいそうな気分になる。


その暗さと明るさが対照的すぎて、彼は戸惑った。


「考えることは沢山あるものね。でもあまり追い詰めすぎて、自分を見失わないようにね」


「そうですね、気をつけます」


アラゴルンは曖昧に答えながら考えていた。


この人は、連鎖反応のように広がっていく恐怖と死の予感を、どう考えているのだろうか?


勝ち目はないと皆が絶望する中、平然を装うのはただの強がりか、それとも彼女の真の強さか。

「アラゴルン」


「あ、はい」


フェリシエラ は慈しむようにアラゴルンを見つめる。


「人にはそれぞれの生き方というものがあってね。
私はそれを決め付けて押し付けようとは思わないけれど…そうね、参考までに昔話を聞いて貰えるかしら?」


「昔話ですか?ええ、構いませんが」


了解を聞いて、フェリシエラ は冷たい石壁に凭れて微笑んだ。


「昔々、ある所にエルフの王と王妃に一人の娘が生まれました。
母譲りの美貌を周りから称えられ、それは大事に育てられてきましたが、彼女にはある特殊な事情がありました。
特殊と言うのは、その娘には生まれついた時から決められた生き方があり、それが貴方達の立場からすれば絶対に止めるべきものよ」


アラゴルンは彼女が何を言おうとしているのか掴めずに眉を潜めた。


耳の奥に静かな声だけが響いてくる。


フェリシエラ はそっと指先で服の裾を握った。


「娘は、冥王サウロンに魅入られその身に消えない呪いをかけられました。
『冥王の妃になれ』とね……彼女の周りの者達はなんとか呪いを解こうとしたけれど、無理だった」


「光の奥方にも、無理だったのですか?」


躊躇いもなく言い放たれた言葉の衝撃に愕然としながら、アラゴルンは掠れる声で尋ねた。


名は伏せていても、それは間違いなく彼女のことだと分る。


しかし秘められていた暗い闇の理由があまりにも濃紺すぎて。


抱えるものがあまりにも大きすぎて。


自分の迷いや葛藤、全ての負の感情がとても小さく思えた。


「決して誰にも消せなかったわ。だから彼女は、今も呪われながら、彼の者の声を絶えず聞きながら、日々を過ごしている」


赤く色づいた唇が苦い笑みを刻む。

アラゴルンには、光の女王といわれる、中つ国で一番の力あるエルフにさえ呪いが消せなかった事実が全身に重かった。


「でもね、もしそれが私なら、もしよ?『決められた運命があっても、それをどのように進むかは自分で決めるわ。
例え生きる事を否定され罵られたとしても、必要だと言ってくれる人がいるならば、私はその人の為だけに生きるわ』」


彼女らしい、とアラゴルンは思った。


何も決められずに悩み続けることで決断を避けてきた自分とは違う。


彼女は流されない、その瞳のままに自分に真っ直ぐだ。


「私は、全てに迷っているのです」


珍しく気弱な、小さな声が零される。


「どうすればいいのか。どうしたらいいのか。これから先の事や、今から起こる事、何も分りません」


フェリシエラ はアラゴルンの肩に白く細い手をぽんと置いた。


「悩みなさい。これまで見てきたもの、聞いてきたもの全てを思い出して、心の底から望んでいるものを見つけるのよ。
例えそれがどんなものでも、逃げずに、貴方の心のままに」


フェリシエラ はもう一度アラゴルンの肩を叩いて、いつものように微笑んでから離れた。


「望むものは?」


「何ですか?」


降ってきた声にアラゴルンは驚いた。


「レゴラス?」


「さっきはすみませんでした。貴方はいつだって私達を導いてくれたのに、気弱になって間違いをおかした」


頭を下げて非礼を詫びる彼に、フェリシエラ は苦笑しながらアラゴルンに話した。


「さっきレゴラスったらね、貴方と喧嘩してしまったのだけれどどうしたらいいか、なんて項垂れながら私のところへ来たのよ。
それはもう、大ショック受けちゃって思いっきり辛気臭い顔してねー。面白かったわ」


悪戯な視線を向ける彼女に、レゴラスは赤くなってその腕を小突く。


「フェリシエラ っ!そういう余計な事は言わなくていいだろう、私が思いっきり立場ないよ」


「あらぁ、弱音を吐く時点で既に立場はないのよ。もう少し頑張りましょうね、王子様」


言葉に詰まったレゴラスを見て、アラゴルンは笑った。


もう二人の間に険悪な空気は微塵も存在しない。


その様子にフェリシエラ もつられるように柔らかく微笑んだ。


「ねぇ、アラゴルン」


「はい?」


フェリシエラ は声を掛けながらも、二人に背を向けた。


「貴方にいずれ訪れる未来は、とても大きくて重くて、重要だわ。
だけどそれを分かち合える相手がいるのなら、きっと受け入れて乗り越えていけるはずよ」


淀みのない、凛とした月光のような声だった。


「貴方がその相手に誰を選ぶかは分らないけれど、誰を選んでも後悔しないようにやりなさい」


「何処かしらからの文句は出るだろうけどね」


レゴラスは苦笑した。


「アラゴルン、貴方は私達が考えている以上のものを今まで背負ってきたのだろうけれど、
重いのなら、私達ははその重みを受け入れて助けたいと思っているよ」


アラゴルンは嬉しさや驚きや困惑でただ二人を見つめるしか出来ない。

フェリシエラ は笑みはそのままに静かに歩き出した。


「という訳だから、さっさと悩んでしまいなよ。勝手かもしれないけれど、私はいつまでも気長に待っているし」


それだけ言ってレゴラスもその場を立ち去ろうとしたとき。


アラゴルンは口元を手で覆って笑みを隠そうとして。


フェリシエラ は階段を上りながら。


高く、力強く響く角笛の音を聞いた。


城内に沸き起こるどよめきが耳に遠く。


アラゴルンとレゴラスが慌しく自分の前を駆け上がって行く姿ですら、ゆっくりと見えた。

鳴り止まない、胸の鼓動を掴んでは持っていかれそうな。

懐かしい、エルフの角笛。

力の入らない足を引き摺りながらも、フェリシエラ は階段を登って外へ出た。


吹き抜ける風が、ローハンの国旗を波立たせている。

今度は長く続く階段を城門へと下がり出し、その間フェリシエラ は呼吸が上手く出来なかった。

「”ようこそ、ハルディア”」


エルフ語で紡がれたアラゴルンの声を聞きながら、彼女の訪れにその場を開ける人々の間を、動揺の隠し切れないままフェリシエラ は現れた。


乱れた髪さえ直す余裕が持てず立ち尽くす前には、何度夢見たか知れない愛しい姿。


無言でレゴラスと肩を掴み合って微笑んでいるのは、決して幻ではない。


どうして来たの?


声にならない声がそれでも、彼の視線をフェリシエラ の方へと向けさせた。


一瞬驚いて目を瞠るハルディアに固まったまま動けずにいたが。


彼は今取るべき行動を素早く理解し、彼女の方へと深く一礼した。

「ご機嫌麗しく、我が姫君。エルロンド卿、並びにケレボルン卿と王妃ガラドリエル様より命を受け、大儀へのお力添えに参りました」


ハルディアの言葉にエルフ達はフェリシエラ の方へと体を向けて跪く。


震える体を堪えるように地を踏みしめながら、彼女は真っ直ぐに彼らを見据えた。


大勢の観衆がいる事だけで、彼女は辛うじて平静を保てた。


「よく来てくださいました。この中つ国に住まう者は皆、種族など関係なく共存している仲間です。
その者たちの危機にこうして駆けつけてくれた事、王女として嬉しく思います」


「これで我々は万の兵を得た。勝利は此方に輝くだろう!」


アラゴルンが猛々しく剣を掲げるのすら、彼に感化されて歓声を上げるローハン兵の熱気すら。


届かずに今は寒い。

フェリシエラ は堅く瞳を閉じたまま、人ごみの中へと消えていった。

会いたくなかった、出来ることなら。

どうして来たの?

どうして貴方なの?

でも、心は正直だから。

会いたいと、会いたいと、悲鳴を上げていた。


私は貴方に、どんな顔をしたらいい?


貴方は私に何て言うかしら?

>>>to be continued

<あとがき>

見事に映画も連載も無視しまくって自分の好き勝手に書いてしまいましたUu
添っているようで添ってなさそうで、実は全然添っていませんね>駄目じゃん。。
これを読んで、こんなんLOTRじゃない!と思われた方。。
所詮これは夢ですからv如月の!>開き直りやがった
もう、暴走が止まらないので好き勝手やろうと思いますv
最後まで。。
それでもOK!読んでやるよ!
という方、あともう少しよろしくお願いいたしますUu