〜胡蝶の乱5〜
死者に声はない。
でももしこちらを知り得ているのだとしたら。
この惨状を、不幸を、悲劇を。
嘆いたりしているのでしょうか。
レゴラスは切り立った崖の上から濁流の中を覗き込んだ。
白い泡が立ち昇っては砕け散り、水面を覆う。
近づいてきた気配に彼は身を堅くしたが、金陽の光を纏う姿を見て別の意味で強張った。
「随分と、景気の悪い顔だわ」
思いがけない台詞に彼は一瞬詰まり、息を吐いた。
返り血を浴びた服、汗が滲んだ額、汚れ乱れた金髪を見た感想は、
死地を遠ざけた者への労りの言葉としてはあんまりだとはいえ、らしすぎるものだった。
「アラゴルンが、落ちたよ」
レゴラスは苦しげに眉を寄せる。
これからが一番彼がいるべき時だというのに。
助からない、助けられない、悔しさと虚しさが心を占めた。
「フェリシエラ 、これから」
「信じなさいよ、あの人を」
フェリシエラ はゆっくり足を進め、レゴラスの目の前に立つ。
「前にも言ったはずだわ。信じなければ何も始まらないと。
目の前に迫る闇に視界を奪われ進めないままでは、ローハンの人々を救えないのよ」
「君はまた信じる?彼が無事に私達の前に現れると」
「当たり前でしょう。彼はまだ使命を果たしてない。死ぬはずはないの」
迷いもなく言い切る彼女は背筋を伸ばして真っ直ぐに彼を見つめた。
笑う表情は全てを包み込んで優しく受け入れ、心に微かな、だがしっかりと灯火を燈す。
その微笑に何度魅かれ救われたのだろうと、レゴラスは目を細めた。
幸福な光の中で過ごしていればこの上ない愛情を注がれて何の杞憂もない毎日。
それなのに自ら望んで危険すぎる旅に加わるその強さ。
やはり何度言っても言い足りない。
「フェリシエラ 、君はとても綺麗だよ」
「あら、ありがとう。貴方もとても素敵よ」
二人は顔を見合わせ笑った。
「おい!おい!こんな時に何笑っているんだお前達は」
背後から太い怒鳴り声が聞こえ、ずんぐりとしたギムリが顔を覗かせた。
彼は先程までワーグの下敷きになっていて、もう身体のあちこちが痛い。
顔を歪めたまま二人の間に割り入った。
「深い谷底に落ちちまった戦友の心配とかはないのかっ、やはりエルフの考えることなんて理解できん」
口を堅く結んで、鼻をフンと鳴らすといつもより勢いのついたそれは三編みの髭を揺らす。
それを見て二人はまた声を出して笑った。
「ギムリったら、優しいのね。そんな貴方が大好きよっ!」
フェリシエラ は彼の背を思いっきりばしりと叩いた。
「どぅわわぁあーーっ!」
丸い背中は90度に倒れ、ギムリはコマ送りで谷底が迫る錯覚に陥った。
変な汗が体中から噴き出す。
「……今のはさすがに危ないよ、フェリシエラ 」
硬直したままの体をひょいと引き上げながらレゴラスは苦笑した。
「あははっ、ゴメンなさいね。ついつい力入りすぎちゃったわ」
笑って誤魔化すフェリシエラ にギムリは我に返ると腰を引かせて後ずさりながら怒鳴る。というか喚く。
「何なんだ!一体!殺す気か、お前はーー!」
「だから反省してるってば。ちょっと景気づけに小突こうと思っただけなのよ」
そうしたら以外にも豪快に吹っ飛びました、と彼女は頭を掻いた。
「フェリシエラ の思いやりだったんだよ、ギムリ」
さらりと彼女を庇うレゴラスの口元が綺麗な三日月型に歪んでいるのが引っかかるが。
「そうそう、優しさが少し度を越しただけのことなのよ」
うんうんと頷きながら、フェリシエラ は突然濁流に向かって声を張り上げた。
「そういう訳でみんな心配してるんだから!水浴びもほどほどにして早く上がって来なさいよー」
鋭い瞳で一瞥すると、彼女はにっこり笑ってレゴラスとギムリと共にその場を離れた。
角笛城の要塞は確かに石造りの強固なものだった。
既に至る所には見張りの兵士がついていて、王の訪れを皆に知らせて仰々しく出迎える。
ぱらりと落ちてくる年季を重ねた石の破片を肩からを払いながら、フェリシエラ はアスファロスから下りた。
レゴラスが彼女の手を取り、背後に軽くよろめきそうになるのを支える。
「フェリシエラ 、アラゴルンの殿はどうしたのですか?!」
セオデンを迎えていたエオウィンは、彼の姿が見えないことに訝しげな顔で尋ねてきた。
「あの、姫。アラゴルンは、谷に……」
彼女と一番親しげに話していたギムリだったが、それ以上言葉にならず俯く。
谷に……続く言葉への不安に、瞳に動揺を走らせながらも、エオウィンは気丈にフェリシエラ の方に視線を移した。
雨気の混じった冷たい風が老廃した石畳部分を削る。
「オークと戦っている間に谷へ落ちたそうよ。私も実際に見てわけではないのだけど」
フェリシエラ の澄んだ声と眼差しが、余計に哀しい気持ちにさせる。
「……・そんな、まさか……」
掠れる声を絞り出したが、エオウィンの表情は大きすぎる衝撃に固まったまま。
「……私、いえ、ローハンの民達は彼の助けなくしてどうしたら……」
頬に無意識のうちに添えられた手すら冷たく白くて。
その姿に、ギムリも苦しげに眉を寄せてため息をついた。
虞曇な空のように辺りに暗い影が落ちる。
「大丈夫よ」
その中で静かな声だけが力強く響いた。
エオウィンはその声の響きにはっとして彼女を見る。
「アラゴルンは、何があっても大丈夫。信じて待ちましょう」
真っ直ぐに城門の向こうを透かし見るような横顔はただ穏やかで、綺麗だった。
そこに、彼女が仲間に寄せる信頼の深さが見えた気がして、エオウィンは押し寄せる不安を打ち消すように頭を振った。
「帰って来たら食べれるように、食事の用意をしてくるわ」
笑い返す彼女にフェリシエラ は眼を細めて、翻る長いドレスの裾を見えなくなるまで追っていた。
「ねぇ、フェリシエラ 」
「うん?」
ぽつりと呟くように問いかけたレゴラスに、ぼんやりと答える。
「もし、私が谷に落ちたとしても信じて待っていてくれるかい?」
「は?」
「どう思う?」
フェリシエラ はレゴラスをを見上げたが、彼は背を向けていて表情が見えない。
「何?いきなり………人にものを尋ねるときは相手の目を見ろって教えられなかった?レゴラス王子」
そう言っても、レゴラスは顔を合わせようとはしなかった。
何だか子供のようだとフェリシエラ は思いながら、不思議そうに小首をかしげた。
「まぁ、いいじゃないか。ほら、どうなの?」
「変なの……そうね、貴方のことは心配しないわ」
「何故?」
レゴラスは不機嫌そうに顔を顰めた。
見えない為、フェリシエラ はそれに気づかない。
「だってレゴラスは帰って来るでしょう」
「え?」
「ずぶ濡れで傷だらけになっていたって、ちゃんと帰ってくるでしょう」
振り向いた彼は眼を丸くして、いつもより少し幼くて、フェリシエラ は思わず笑ってしまう。
本当は端正な顔立ちだけれど、彼の意外な一面を見れて得をした気分になった。
「だから心配しないで待ってるわ、きっと」
レゴラスは迂闊にも顔が熱くなるのを感じて、再び彼女に背を向けた。
このエルフはどうしてこうも、見透かしたように欲しい言葉をくれるのか。
優しくて、暖かくて、柔らかい感情が胸を満たす。
「ねぇ、フェリシエラ 」
「何?」
「もし」
一番気になることだけれど、答えはもう決まっているのに。
その淀みない声が、愛しさに溢れて揺れるのを、レゴラスは聞きたくて。
そっと彼女に問いかけた。
「ハルディアが谷に落ちたとしたら、君はどうする?」
自分に向けられない想いだとしても、今はそれでよかった。
「私も一緒に落ちると思うわ」
それはとても美しく磨かれた、玉の弾く水音。
例えようのない切なさが織り交ぜられた答えだった。
>>>to be continued
<あとがき>
戦闘シーンすっ飛ばしましたUu
書けない!ムズいです!!
文才無いんでスミマセン><
ぁぁぁあっ、ハルディア書きたい!!
ハルディア書きたい!!!
今日この頃ですUu
早く再会させたいです〜。。
てか、夢の相手なのに。。Uu