〜胡蝶の乱4〜


広い世界の片隅で

貴方を想う私の存在を

少しでもいいの

その心に置いて下さい

グロールフィンデルは執務室で書類を整理していた。

その向かい側には銀月の鎧に深紅のマントを纏ったハルディアの姿。

出陣の報告に来た彼に、グロールフィンデルは軽い笑みを零しながら戯れに羽ペンを走らせた。

「果たして運命を変えられるだろうかね。この中つ国の命運を賭けて戦うさまざまな星達に…」


『  Hobbits  』


「中つ国の表層を知るも奥の闇には無知。故にその光は無垢で、非常に愛情深く純真」


『  Dwarves  』


「保身と立見を第一に考える自分達以外の事には無関心、保守的」


『  Men  』


「放つ光は強い反面、内側は非常に繊細で脆い」


『  Elves  』


「私達の中でもまだ一際若く、迷える子羊……かな?」


ハルディアは黙ってグロールフィンデルの言葉を聞いていた。


『 Shine,Sympathy,and Cure 』


「照らし、共感し、癒す、ですか?」


「そう、彼らそれぞれの光がもしかしたら」


『  Felishiera,Princess of the dalk  』


「闇に捕らえられた姫すら導いてくれるかもしれないね」


グロールフィンデルは一番下の文章を丸で囲み、羽ペンを置いた。

ハルディアは自嘲的に笑う。


「私には光を与える力はありませんからね。せいぜい出来る事をするまでです」


「ハルディア、君は必要な人だよ。最後の救い手にはならずとも、ロスロリアンの森を守りフェリシエラ を救ってきたのは他の誰でもなく君だから。
彼女が消えたことに責任は感じなくていい。って何回いったら分るんだい?」


グロールフィンデルは椅子に背を凭れさせて苦笑した。

穏やかな光を宿した瞳にハルディアも僅かに笑みを刻む。


「貴方こそ、今までずっとフェリシエラ を支えてきたのでしょう?」


「私は君ほど深く関わってはいないからね。お互い一定の距離を置いているし」


「ですが貴方は、誰よりも深く彼女を見ている」


グロールフィンデルはそれに答えず窓の外に目を向けた。


「私は私らしく、今まで通り流れのままに生きるさ」


ゆっくりと色褪せていくエルフの楽園に、また一つ木の葉が舞い散り落ちていく。

時代が変わり、やがてエルフの栄盛も完全に終わりを告げるだろう。

その中にありながら、永遠を約束された命を危険に晒そうとしているエルフ達が、鎧を身に纏って統率する者の訪れを待っている。


「もう、行きなさい。君たちはまだ私のように長く生きすぎた為全てを諦めた者とは違う。君を必要とし、救いを求める者がいるのだからね」


「…それでも、私達には貴方が必要です、そう思っています。グロールフィンデル殿」


ハルディアはそれだけ伝えると、一礼してから静かに部屋を後にした。

深紅のマントが翻される様が、まるで夕闇の燃える高き空のよう。

その堂々としてエルフ特有の優雅な姿に嘆息しながら、グロールフィンデルは閉じられたドアに向かって囁いた。


「どうか中つ国に、いや、君たち二人の未来に、エアレンディルの光あらん事を」


「こんにちは」


「?……エオウィン姫?」


エオウィンはにっこり笑いかけた。


「貴方とお話がしてみたくて。
あ、私の事はエオウィンと呼んでくださると嬉しいのですけれど、私もフェリシエラ と呼ばせて頂いて宜しいかしら?
敬語も外させて頂ける?」


「えぇ、構いませんけど」


ロスロリアンとローハン、エルフと人間、美しい姫二人に周りの人々は遠慮がちながらちらちらと視線を向ける。


「エルフの方とこうして話すのは初めてかもしないわ。私達の間ではもう御伽話としてしか知る事は出来ませんから」


フェリシエラ は柔らかく笑う。

その表情に見え隠れする微かな幼さを、エオウィンはこっそり嬉しく思った。


「私も人間と親しく話をするのは貴方が二人目よ。こうして名高いローハンの盾持つ乙女に話しかけて頂けて嬉しいわ」


輝きながらも深い緑玉の瞳は、どれ程の時を映してきたのか。


「貴方達は私達とは正反対ね。一瞬だけ輝いて大空を飾る、虹のよう」


強く燃えるような光は鮮やかだ。


その愚かさすら、目映いくらいに。


そしてそれが尚更、自分の闇を浮き彫りにしていくようで。


「私には、貴方達エルフがとても美しくて魅力的に見えます」


エオウィンは余所余所しくても会話が進んでいくことを喜んでいた。


伝説にしかその名は聞かず、近寄りがたいと言われる気高い種族に少なからず引け目を感じるが。


今こうしてフェリシエラ といる空気は新鮮だった。


彼女が同じ種族であったなら良かった、と思いかけて、すぐに訂正する。


自分が人間として生まれそれ以外にはなり得ないように、馬上から見つめる相手はエルフとしてしか生きない。


その境界がはっきりと、どこか不自然なまでに引かれているのに首を傾げたが、やはり彼女の独特の何かとしか分らなかった。


「私の顔に何か付いているかしら?」


あまりに真っ直ぐな視線に苦笑しながら尋ねると、彼女は気まずそうに曖昧な笑みを浮かべる。


「本当に、神に愛されているのだと思って」


うっとりと囁いてエオウィンは嘆息した。

フェリシエラ の絹のような細い髪は無造作に肩口で切られていたが、光を吸って吻弾に輝く。

眩しくて目を細めると、彼女は僅かに眉を動かした。


「神に愛されている、か……その分自分達に向ける男女間の愛は薄いみたいよ。少子化は深刻な問題なんだから」


「貴方達は永遠にある命だもの。きっとゆっくりと愛を育んでいくのでしょうね。そうだわ、貴方にはそんな相手はいらっしゃらないの?」


「さぁ、どうかしら。企業秘密だわ」


悪戯っぽく片目を瞑るフェリシエラ に、エオウィンは小さな笑いを零す。


「そういう貴方はどうなの?」


「私はまだ。恋愛事だけが人生の全てではないのだもの。自分の生き方にいつも迷って悩んでしまうのよ」


悩む余地があるだけマシ、という言葉をフェリシエラ は飲み込んだ。


選択など、与えられる以前に存在していなかったから。

「でもその選択の中に結婚が含まれているのだとしたら、エオウィンは引く手数多ではないの?」


からかうような声音を混じらせて、冷たくなりかけた空気を払った。


「あら、相手はいないと言ったでしょう?当分先よ」


「まぁ。私てっきり先程からよく話している方々の誰かかと思ったわ。そうねぇ、アラゴルンとか?」


エオウィンはほんのり頬に朱を昇らせた。


「アラゴルンの殿とは、まだ知り合ったばかりですよ」


「その顔では説得力がないわ」


フェリシエラ はくすくす笑ってみせるが、隣ではレゴラスが苦い顔で二人の会話を聞いていた。

彼女はそれに気づかないふりをする。


「彼には忘れられないお相手がいるみたいなの。
私に向けているのは親愛の情のようで、何を考えているのかよく分からないわ。嫌だわ、私何を言っているのかしら」


エオウィンが珍しく焦りを見せるのに対し、フェリシエラ は落ち着いている。


「彼もいろいろ考えているのよ。近々自分の将来を決める、今は大事な時期だもの。ねぇ、エオウィン」


「何かしら?」


「貴方は強く、優しくて、暖かいわ」


「え?」


「だから、もし貴方が本当に将来を誓える相手と出会えたなら、それがアラゴルンに限らずよ、
叱ったり励ましたりしながらも傍にいて包み込んであげればいいと思うわ」


要領を得ない表情のエオウィンにフェリシエラ は微笑む。


「私には出来なかったけれど、あなたならきっと出来るわ」

エオウィンがその言葉の意味を理解するのは、まだ先の事である。


「フェリシエラ 、さっきのはどういうつもりなの?」


「何のこと?レゴラス」


レゴラスは手綱を握る両手に力を込めて、彼女を見つめた。

視線を合わせない表情は穏やかだが、微笑みは消えていた。


「アラゴルンとアルウェン姫の事をよく知っていながら、どうしてエオウィン姫にあんな事を言ったんだい?」


「……だって、浮気してるんだもの」


見返した瞳は不機嫌そうに揺れていた。


「は?」


「は?じゃないでしょう。見て、あの二人!
くっ付きすぎなのよ、楽しそうに話しすぎなのよ、アルウェンがいなくて寂しいからってあれはどうなの?」


レゴラスはおかしそうに笑う。


「そんな、お義兄様にちょっと婿いびりされたからって挫ける様なら、さっさと別れてお互い違う幸せを探した方が賢明よ」


「つまり、君はハルディアと離れて寂しいところに、同じような境遇にいて分かち合うべき感情が
あるはずのアラゴルンが、別な女性と親しくしているのをみて面白くないと」


「な!誰もそんな事は言ってないでしょう。レゴラスったらちょっと見ないうちに可愛げが無くなったわ!」


頬を脹らませて怒るフェリシエラ に、彼はいよいよ声を上げて笑った。


周りの人間達は何事かと不思議そうに二人を見つめている。


「ちょっとレゴラス、笑いすぎだからね」


軽く彼の肩を小突くと、その手をそっと握られた。


「寂しさを無理に隠さなくてもいいんだよ」


既に耳に馴染んだ優しい声。

奥底の痛みは消えたりしないけれど、胸が温かく潤む。


「無理してないから大丈夫よ」


「…でも忘れないで。君は一人じゃない」


彼の表情には、もう前のような危うさはなくて。

フェリシエラ は自然に微笑むことができた。


「貴方がいてくれて良かった」


レゴラスは目を丸くしてその笑顔を見返した。

驚いた表情にフェリシエラ は笑みを深める。


「ありがとう、レゴラス」


「私は、何もしていないよ」


彼は誤魔化すように目を逸らした。


その時、二人を包む空間を破って寒い予感が心を過ぎった。


フェリシエラ は眉を潜めて緩い崖の上を見上げる。


「…いいお天気で最高のピクニック日和なのにねぇ」


「フェリシエラ 、適度な運動も必要だよ」


「ま、そうね。その後のご飯も美味しく感じるし」


行きましょうか、と息をつくフェリシエラ に。

彼は目を細めて彼女との距離を詰めた。


「狙いは君だろう?だったら私達が食い止めている間にエオウィン姫やローハンの民達とヘルムに向かった方がいい」


「あら、敵にそれを気づかれたらどうなるの?」


口元で笑みを刻みながら小首をかしげる仕草が、少女の面影を残しながらも琥惑的。


「戦える者の居ない中で残忍な敵に襲われ、ローハンの民達は全滅よ」


どう返していいものか迷っているレゴラスに、フェリシエラ は視線を合わせた。


「それに、貴方が私を守ってくれるのでしょう?」


「ハルディアの代わりに?」


僅かに寂しさを含んだ微笑が、今は心に響いて痛かった。


「いいえ、貴方と私の意思で。彼は関係ないわ。私が貴方に守って欲しいだけ」


呼吸するように自然に出た言葉。

例えそれには信頼以外の情が含まれていなくても、レゴラスは充分だった。


「……その代わり、私の傍から離れないと約束してくれるかい?」

言いながら馬を駆るレゴラスに、そっと微笑んでフェリシエラ も後を追った。

>>>to be continued


<あとがき>

テストの採点しながら書いている私は何者でしょう。。
しかも片手ではチャットしております。。
と、いうのは置いておきましてv
微妙な4話目だなぁ、何気に浮気?!
いえいえ、レゴラスはあくまでお友達です。。>まてや
でもちょっと位カッコよく美味しい目を見させたいかも。と思いながら結局はいつも通りな扱いで
終わってしまい。。
まあ、次頑張りますUu