〜胡蝶の乱3〜


どうか君の微笑をください

その涼やかな歌う声が響くだけで

世界はこんなに優しいから

ローハン国大移動は思いのほか遅く、先導する側も敵の奇襲がないか気を配りながら進んでいるため疲労も重なってくる。

アラゴルンとレゴラスは馬に乗ってセオデン王の両脇に居たが、絶え間なく感じる民達の不安と恐怖が背中を刺した。

時折、その暗さを払い退けるかのように明るく振舞い話しかけてくるエオウィンとギムリが、今は彼らの救いだった。


「レゴラス、どうした?」


アラゴルンは馬上から振り返って眉を潜める彼に声をかけた。

その表情にはいつもの穏やかさはなく。

それに気づいたセオデンや従者達の視線もレゴラスに集まる。


「何か、来ますよ。馬の足音がする」

手綱を握る手に力が籠もった。

流れる風の中に何だか懐かしい香りが混ざっているようで。

「ガンダルフが戻ってくるはずは、ないな・・・」

アラゴルンが呟くとレゴラスは首を振る。

その間にも疾風の速さで近づく蹄の小気味良い音。

そしてやはり知っている甘やかな花の鼻腔を擽る切なさ。

「敵襲かもしれませんが、それにしては馬は一頭、それ以外の足音も聞こえませんね」

おかしい、と思いながら有り得ないはずの考えがレゴラスの頭を過ぎる。


捕らわれながらも甘やかな胸の痛みが僅かに走った。


それほどまでに今だ彼女しか見えていないのだろうか。


強烈なまでに鮮烈で、美しくしなやかな姫の微笑。


彼が自嘲的に微笑んだのを見てアラゴルンは怪訝そうに首を傾げたが、レゴラスはそれには何も答えなかった。

そのうち聞こえる偵察に行っていたハマの鋭く険しい声。


「止まれ!!何者だ?!」


どよめきと共に周りに緊張が走った。

子供達の小さな悲鳴が上がる。

追いかけるハマの馬が引き離される位の見事な駿馬。


「あれは・・・アスファロス?!」


堂々と地を踏み駆ける白馬には二人とも見覚えがあった。

裂け谷一若々しく速く賢い、エルフの王子の愛馬。


しかし、それに跨り見事に気位の高いアスファロスを従わせている主の顔は被っているフードに隠れて見えない。

「王の御前で無礼である。何者か」

アラゴルンの猛々しい声に、彼の目の前で手綱が引かれた。

アスファロスが大人しく立ち止まると、一斉に向けられた銀色の切っ先。

キラリと太陽の光を反射して輝くそれにアスファロスは怒ったように一声高く鳴いた。


「あぁアスファロス、怒らなくていいのよ。今のは確かに失礼だったわ」


笑いを含んだ涼やかな声は歌に似た緩やかな響き。

明らかに女のものである事にローハンの兵士達は目を見張る。

そして別な意味で愕然としたのが、レゴラスとアラゴルン、そしてギムリ。


「…見れば、高貴な者の身なりに見事な駿馬を従えておるな。そなた、名を名乗れ」

年月を重ねて深みを増した威厳ある王の眼差しが彼の者を見据える。

兵士達は我に返るが、乗り手は特に気にした様子もなく僅かに除く口元に笑みを刻んだ。

それは間違いなくアラゴルン達に向けられたもので。

彼らは信じられない思いのまま促されるかのように、慌てて兵士達の間に割ってはいる。


「やめろ!やめろ!!お前さんたちの方が無礼者になるぞ」

ギムリの怒鳴り声に辺りの空気はおかしな風に流れた。

理解できない者達はいっそう戸惑いを隠せない。

「この高貴なお方にそんな物騒なものは向けない方が身の為ですよ?」

「すまないが、私達の完全な誤解だ。間違っても敵ではない」

だから武器を下ろせ、と二人は視線で辺りを見遣った。

静まり返った場に、一陣の風だけが鋭く吹き付けた。


「うふふふッ、また会えて嬉しいわ。三人とも」


被っていた深青色のフードをゆっくり外し、陽の元へと照らされた姿を見て。

全ての景色が、気配が止まる。

もう、誰も動かない。否、動けない。

レゴラスやアラゴルンはそのロヒアリム達の反応に、自分達が彼女と始めて出会ったときの事を思い出して内心苦笑した。


その時から揺るぎない美しさ。

輪郭から爪先まで、髪の毛一本に至るそのどれもが完璧な造作。

微笑みは慈愛に溢れて暖かく。

瞳には数多の叡智と深い思慮。


そこに存在するだけで光を宿し鏤めて輝くエルフの王女。


「お前さん!なんでまたこんな所に?!」

ギムリが大声を上げても周りは依然、彼女の雰囲気に飲まれたままだ。

「あぁ、ちょっと用事があってねー。何?私にまた会えて嬉しいでしょ?」

クスリと笑う少女に、相変わらず彼は鼻を鳴らした。

面白そうに軽く首を傾けると柔らかい光が揺れる髪に合わせて舞う。


「フェリシエラ 、今の状況が分っててここに来たのかい?」

眉を潜めるレゴラスに、フェリシエラ は目を瞬かせた。

「これから起ころうとしている事の意味を君は知っているのかい?」

僅かに怒気の含んだ低い声が彼の精一杯の労りと心配。


「戦争が起こるんでしょう?私はその為に来たんだから」


「そのため?」


アラゴルンが問い返すとフェリシエラ は綺麗に微笑む。


「私も貴方達と共に行くことにしたの」


「は?!」


彼女は三日月のように目を細めた。


「そんなに驚くことないでしょう?」


「笑えない冗談だよ、フェリシエラ 」


強い口調のレゴラスに、ため息をつく。


「冗談じゃないわよ。勿論お母様からの許可はもらってきたんだからね、文句ある?」


刺すような視線にもフェリシエラ は動じない。

慈しみ深い瞳が全てを超越して彼を見返した。


「ミスランディア…ガンダルフからも頼まれたのよ」


彼は息を吐いて頭を振る。


「フェリシエラ 。この旅は君が考えているほど容易なものではないんだよ」


「容易だなんて考えてないわ。私にも貴方達とともに行かなければならない理由があるの。それを貴方は知っているでしょう?」


「………君が加わる理由は…その為に……?」


フェリシエラ は言葉に詰まる彼に頷いた。

しかし二人以外にその会話の意味を知る者はいない。


「だから貴方は止めないわよね。私を助けてくれるでしょう?」


レゴラスは落ち着いた表情で話す少女を切ない思いで見つめた。

彼女は笑みを崩さない。


「あぁ、私セオデン王にご挨拶しなくては。アラゴルンとギムリももう決まった事なんだからいちいち反対しないでよ。
それに今は相手の心配よりもまず自分の事を考えなくてはね」


フェリシエラ はそう言ってそれ以上の反論を許さなかった。


優雅な手綱捌きでアスファロスをセオデンの前まで誘導すると、彼女は鈴の音を転がしたように滑らかに言を紡いだ。


「初めまして誇り高きエオルの末裔の王君。
私はエルフの王国ロスロリアン領主ケレボルンとガラドリエルの娘フェリシエラ と申します。以後お見知りおき下さいませ」


にっこり笑う奇跡のような美しさと思いがけない高貴な血筋を受け継ぐそのエルフに、辺りはまだ静まり返ったままだった。


>>>to be continued


<あとがき>

再会……失敗v>まて
もっとヒロインをカッコよく颯爽と登場させたかったのにUu
これはホントに自分で落ち込みました。。
…鳴く…>鳴くのか?!