〜胡蝶の乱2〜
それともそれを知った上で
ひとり旅立ってしまったのか
長い夕焼けに照り付けられた賓客用の部屋に、慌ただしく開く扉から入ってきたハルディア。
国境警備の詰所にいるはずの彼が何故ここへ、という疑問は勿論湧かない。
その瞳は宙を彷徨い、何かを探していた。
「グロールフィンデル殿!フェリシエラ は・・・?」
ほんの数時間前まで共に過ごしていた少女は既にいない。
挨拶も交わさずに尋ねた声が僅かに掠れている。
「行ってしまったよ、ひとりで」
背を向けたまま、グロールフィンデルは落ちていく太陽を眺めていた。
表情は見えないが、その声は水底のように静かで深い。
「彼女は一人でその運命を断ち切る為に旅立った」
赤く染まる彼の金髪がふわりと風に舞う。
真っ直ぐに立つ彼の背を凝視しながら、ハルディアは追いつけない心の動揺を持て余してその手を握り締めた。
何も聞いていなかった。
何も気づいてやれなかった。
ただ目先の幸福だけを信じて。
密かに隠れた彼女の決意に。
何も、出来なかった。
「・・・私は、愚かです。彼女の幸せを何よりも願うと言いながら、結局自分の想いしか見ていませんでした・・・」
力を込める手が白くなる。
穏やかな普段の彼からは到底想像できないような、激しい後悔と自己嫌悪に染まった瞳。
「君は自分をもっと大切にしなさい」
振り向いたグロールフィンデルはその様子に柔らかに微笑んだ。
全ての想いを見透かして包み込む温かな眼差しにどう応えればいいのかとハルディアは戸惑
う。
「自分を否定して責めてみても何も変わらないし、君が愚かだと言うのならフェリシエラ はあそこまで救われていなかったよ」
だから手の力を抜きなさい、と気遣う声は近く遠く、胸の重みすら軽くなるようで。
「・・・・・・私には何が出来るのでしょうか?彼女の望むことが分りません」
本音が口から滑り出る。
「フェリシエラ の望むこと・・・分らないのかい?」
意外そうに問われて、ハルディアは眉を潜めて頷いた。
グロールフィンデルは三日月のように眼を細める。
「そんなの君の幸せだけだろう?」
「は?」
それが何故自分から離れていくことに繋がるのか。
ハルディアは真剣に悩みこんだ。
「フェリシエラ はサウロンの力が強まっている今、自分が傍にいる事で君に危険が及ぶのではないかと心配したんだよ。
それで指輪の仲間達と共に行こうと決めた。指輪と共に自分の呪いも消せる事に希望を抱いて・・・」
「・・・私の幸せは常に彼女と共にあるのですが・・・」
彼は息を吐いて窓の外に眼をやるが、沈みかけた空は薄暗く虚ろだった。
今は光さえ危うい言い知れぬ不安。
小さく頭を振る彼に、グロールフィンデルの慈しむ瞳が見返す。
「それなら、突っ走るお姫様に君の本心を伝えておいで」
その言葉に眼を瞠ると、彼は笑みを崩さないまま。
「フェリシエラ はローハンに向かってる」
「騎士達の国?」
「アラゴルン達もそこへ向かったらしいからね。そして、まもなくサウロンの手の者達もそこへ向かうだろう」
「それは・・・!」
グロールフィンデルはソファに腰掛けて髪を掻き揚げた。
ため息を苦々しく飲み込む。
「守りの森から出たフェリシエラ を手に入れるには絶好の機会だろうからね。それに邪魔な人間達を滅ぼせるし、
サウロンにとっては一石二鳥だろう?」
テーブルに無造作に置いてあった手紙にざっと眼を通し、彼はハルディアに差し出した。
緊張が走る背中を無理に進めてそれを受け取るが、文字を追うごとに彼の表情は険しくなっていった。
「エルロンド卿からの知らせでは、敵の数が一万に対しローハンは今三百にも満たない、それも若く勇ましい騎士達は不在らしいね」
触れている紙の部分がくしゃりと歪む。
「それは確かな情報ですか?」
声は彼の心持ちを表すように低く響いた。
「ガラドリエル様の水鏡にも映ったくらいだからね。日々恐ろしい速さで戦の準備が行われていると」
「それなのに、奥方はフェリシエラ を行かせたのですか?」
「その事を告げた上で彼女は旅立ったんだよ、自分の意思でね」
それがどれだけ強い想いの表れなのか、彼は知っているだろうか。
風が運ぶエラノールの香りと共に彼女の微笑を思いながら、二人の視線が重なる。
「彼女を救えるのは君だけだ。その意思すら変えられるほどに君への想いは深いから」
笑みが消えた彼の表情はハルディアが息を呑むほど真剣で。
「だからどうか助けてあげて欲しい。彼女が彼女でいられるように」
彼女に向けた愛情と哀しみと切なさが、そのまま冷たい風に流れる。
沈黙したままハルディアは瞳を閉じた。
取り残される辛さを彼女は知らない。
けれど一人で全てを抱える覚悟をした彼女の辛さを自分は知らない。
お互い想い合っているはずなのにすれ違って、傷ついて。
でもだからこそ、伝えたい優しさも痛みもあるから。
失いたくないと、強く胸に存在する思い。
「・・・・・・イムラドリスの警備隊、もとい戦えるエルフ達を貸して頂けますか?」
光を写して開かれた瞳に、グロールフィンデルは微笑みながら強く頷いた。
「勿論。好きなだけどうぞ」
綺麗事でも偽善でも構わない。
我侭と言われても。
ただ彼女に知って欲しい。
暗く冷たい闇にすら、必ず夜明けは来るのだと。
「あら、ミスランディア発見」
ローハンの果て見えぬ殺伐とした平原で。
白き馬の王に跨る知人に、フェリシエラ はのんびりと呟いた。
主が手綱を引くと、お互いの馬が一礼して高く一声鳴きあう。
「おお、フェリシエラ じゃないか。久しいのぅ」
今は白き賢者となった叡智を秘める魔法使いは、懐かしい少女の姿にその瞳を優しく細めた。
「モリアに落ちたと聞いていたけれど、お元気そうで何よりだわ」
「お前さんも相変わらずお転婆過ぎるほど元気なようじゃ」
馬上の二人を、柔らかい草の匂いを含んだ風が包む。
「旅の仲間達とはまだ合流していないの?そちらはローハンとは逆方向ではないかしら?」
小さく僅かに翳むセオデン王の居城に眼を向けると、ガンダルフもそちらを見遣りながら杖を西にかざす。
「一足違いじゃったな、フェリシエラ 。わしは今そこへ行って来た。そして既にローハンの民達はアラゴルン達とヘルム峡谷へと向かったぞ」
杖の先には目映い白い光。そちらに視線を移しながらフェリシエラ は眉を潜めた。
「・・・戦争するのにあそこはどうかしら?逃げ道はないんだもの、強固な要塞も城壁を崩されれば終わりだわ。
それをサルマンが狙わないわけないじゃない」
その聡明さにガンダルフは嘆息する。
彼女の読みは正しく、それ故にこれから起こる戦争には必要だと感じた。
「何か手立てはあると思うかね?」
「・・・・・・貴方がより早くローハンの騎士達を連れ戻ってくればいいんじゃない?」
にっこり綺麗な笑顔に、ガンダルフは白い髭に手を当てて唸った。
「うむ。・・・持ち堪えられるか?」
「勿論」
「心強い言葉じゃのう」
彼は声を上げて笑うと飛蔭を促して身を翻す。
「では、わしはちょっと行って来るかのう。また後でな」
「えぇ、私も彼らの後を追わないとね」
「アスファロスの脚力だったらすぐ追いつけるじゃろう。あちらは国の民全員での大移動だからな」
彼らは手を振りお互い背を向けながら、風を切って馬を駆る。
追い風に向かい風。
これからの運命を標すように。
髪を攫って目の前を遮るものと。
背を押して目の前を開くもの。
静かに、しかし確実に。
暗く長い闇の中へと歩を進める彼ら。
生か死か、全てを賭けた戦いが中つ国全土へ迫っていた。
>>>to be continued
<あとがき>
次回では姫と旅の仲間達再会です。。
しかし話が進んでいるのか、進まないのか。
時間差が行ったり来たりして、書いてる方もあやふやだったりUu>駄目じゃん
更に回想シーンとか入るとごちゃごちゃ。。
でも、ヒロインだけ追っているとハルディアさんが出て来ないし。。
難しいですねv小説って>既に人事?!