〜胡蝶の乱1〜
優しく見守ってくれた貴方を
今度は守りたいと強く願う
例え自己満足でも
その事が私には
きっと救いの光になるから
旅に出る直前に訪れた、偶然にしては幸福すぎる時間。
フェリシエラ は自室のバルコニーで月を見ていた。
時折、柔らかく芯を抉り、消えずに残された胸の痣が疼く。
寝付けずに散々寝返りを打った後、諦めてベッドから抜け出した。
新月を二日ほど過ぎた薄い月がささやかに光っている。
「フェリシエラ ?」
突然投げかけられた聞き覚えのある声に、少女は微笑んで見下ろした。
金糸の髪が惜しげもなく夜の闇に散る。
「ハルディア。こんな所で何しているの?」
国境警備の任に戻ってここにはいない筈では、と首を傾げる彼女に、ハルディアは苦笑しながら。
「今日の分の仕事は終わったから、宮の方へ報告に来たんだ。フェリシエラ はこのような夜更けに何を?」
半分は嘘だった。
たとえ一目とは見れなくても、彼女の存在を少しでも近くに感じていたくて。
わざわざ帰路を遠回りし「宮への報告」を口実に使った。
まさか本人が起きているとは思わなかったけれど。
「眠れないからお月見。・・・ねぇ、オロフィンとルーミルは?隊長である貴方が報告に来るなんて珍しいのね」
「もう家へと帰って休んでいるだろう。二人とも最近オーク狩りに手を焼いていたみたいだからな」
「それは貴方も同じでしょうに」
弟を思いやる彼の優しさに呆れたように笑うフェリシエラ 。
そんな彼女を愛しそうに見つめながら、ハルディアは両手を差し出した。
「眠れないのなら、一緒に散歩でもしないか?」
「私、夜着のままよ?・・・それにその手は何?」
半眼で返されるが、ハルディアは特に気にせず促した。
「貴方なら簡単にそこから飛び降りられるだろう?」
差し出した手をそのままに穏やかに笑いかけると、少し考え込んでからフェリシエラ はバルコニーの手摺から身を乗り出して飛んだ。
ふわりと舞い降りる少女の細い体を受け止めたとき、一瞬の胸の高鳴りは彼だけしか知らない。
地に下ろした彼女の白い手を取り、二人は寄り添って歩き出す。
「今夜もこの森は静かね」
淡い光を放つ木々の海にぽつりと呟いた。
夜の冷たい風が肌を通り過ぎるが、お互いの体温を感じられる距離にいる為それ程寒くは感じない。
フェリシエラ はただ広がり移り行く景色を見つめていた。
「こうして今考えれば、貴方と結婚できるのが本当に夢のように感じられる」
ハルディアはもう何度思ったか知れない言葉を口に乗せた。
こうして何度、彼女とこの森を歩き言葉を交わしたか知れないけれど。
沢山の思い出とともに、今夜は特別景色さえ輝きを増して見えるよう。
彼に寄りかかって微笑みながら、フェリシエラ はどこか遠くを見つめた。
「小さい頃は、貴方とこんな風になるなんて思っても見なかった」
風に流れる髪を指で押さえてふっと微笑む。
「ハルディアったらいつも眉間に皺寄せちゃって、私嫌われてるのかと思ってたのよ」
「貴方はいつも会うたびに悪戯を仕掛けてくれて、嫌がらせかと思ったよ」
「可愛い愛情表現じゃない」
「限度というものを弁えなさい」
二人は目を合わせて笑った。
「よく二人で見た、あの桜の樹を覚えてる?」
「あぁ、私が貴方に想いを告げた場所。初めは確かフェリシエラ が木の上で飲酒をしていたな。昼間から」
「貴方は違う女性エルフと一緒だったわね」
「あれは、貴方と恋人になる前の話だろう?それにきちんと断った」
「でも結構ショックだったわ。好きな人が目の前で違う女性に告白されてるのって」
「・・・・・・・・・好き、だったのか?」
意外な言葉に目を瞠るハルディアに、唇の先を尖らせて。
「・・・・・・・・・やっぱり鈍感ね」
くるりと背を向けフェリシエラ は小さく囁く。
「ずっと、ずっと・・・好きだったんだからね・・・これからだってずっと、私にはハルディアだけよ」
その時の彼の表情を見たら、フェリシエラ は旅への決心を変えていただろうか。
驚きと歓喜、そして惜しみなく溢れては絶え間ない愛情が織り交ざったその顔を。
彼女が振り向く前に、ハルディアは背後からそっと抱きしめて彼女の肩に顔を埋めた。
「ハルディア?」
不思議そうに呼ぶ声。
仄かに甘い香り。
このまま腕に力を入れれば折れそうな細い身体。
「私もずっと貴方だけだ。フェリシエラ 、愛してる」
優しく心地よい低い声で彼が囁く。
「これからも私の傍に居て、変わらずに微笑んでいてほしい」
その全てを記憶の中に深く深く刻みながら、フェリシエラ は彼の腕に自分のそれを重ねた。
貴方を、何に代えても守りたいから。
声にしない言葉は、どこか彷徨っていつの日か、送りたい相手に届くだろうか。
「勿論よ、貴方の傍以外に私の居場所なんてないもの」
優しい、少し寂しい笑みで、フェリシエラ は顔の横にある銀星髪にコツンと頭をぶつけた。
赤い、紅い、夕焼けのような。
そしてその胸に刻まれた蝶のような、血の匂いを含んだ朝日が昇る。
「昨夜、血が流れたのね」
目を細めて小さく呟きながら、フェリシエラ はアスファロスの背を撫でた。
「もう少しでローハンよ。そこでみんなと会えるはずだから、頑張ってくれる?」
親友にでも問う優しい声音で尋ねると、愛馬は一鳴きして疾風の如く走り出す。
肌に受ける向かい風に心震わせながら、フェリシエラ は強く手綱を握り締めた。
「ハルディア・・・・・・・・・愛してる」
祈るような声は、伝える相手の持たぬまま、風に流され消えていった。
一人、それでも前へ進むから。
切り落とした髪が冷たい空気を通しても、今はもう、泣かないと決めていた。
>>>to be continued
<あとがき>
ついに始動。。二部です。。
ハルディアさんが出てこないとまずいかなぁ、と思って回想シーンで出してみました。
私的に今とても私生活が不安定なのでUu
小説にも大きく反映してるみたいですね…くらッ!
相変わらずですが、今更ですが、暗いですUu
早くほのぼのが書ける平穏が欲しいわUu