02:A tender prayer
一つの嘘で
あなたが幸せになれるなら
それが罪でも構わない
フェリシエラ は自室に隣接しているだだっ広いクローゼットの中で何度も深呼吸して顔を上げた。
鏡ににっこり笑いかけてみる。
僅かでも普段と違いないか注意深く観察して、納得できてからその場を後にした。
「おまたせ」
「いいえ、いいのよ。此方に座って」
読んでいた本から顔を上げると、彼女の銀髪が肩を流れる。
フェリシエラ はすぐ隣のソファに浅く腰掛けた。
「フェリシエラ 、聞いて欲しいことがあるの」
「何?」
微笑む姉の幸福に満ちた瞳に一瞬怯みそうになる己を叱咤して、フェリシエラ は次に続くであろう言葉を予想して期待の表情を作った。
「私、エルロンド様からプロポーズされたの」
「ええ?!本当??おめでとう、お姉さま」
口元に手を当てて、大きな目を見開いて驚く。
ケレブリアンは頬をバラ色に染めて微笑んだ。
「あの方から永遠の伴侶に選ばれて、私幸せすぎて信じられなくて」
フェリシエラ は微笑みながら。冷静に迫真の演技ではないかと思った。
卑怯だとか、ずるいとか、そういう考えなどもう意味はない。
決めたのだ。
同じ人を想うけれど。
自分は身を引くのだと。
「そんな事ないわ。お姉さまを選ぶなんてエルロンド卿もなかなか目の付け所がいいのね」
「もう、この娘ったら。エルロンド様に失礼よ」
笑みを浮かべるケレブリアンにフェリシエラ は完璧な笑顔で返した。
同時に、彼女は胸の奥に微かな痛みを自覚していた。
あまりに自然すぎるくら心に占めていた彼への想いを、否定しないけれど肯定も出来なかった。
目の前にいる姉の笑顔は、同じくらい大切なものだったから。
「本当に、おめでとうお姉さま」
「ありがとう、フェリシエラ 」
「でも寂しいなぁ、イムラドリスにお嫁に行っちゃったらあまりお姉さまに会えないよ」
フェリシエラ は眉を寄せてむくれてみせる。
子供っぽい表情にケレブリアンは苦笑した。
「大丈夫よ。エルロンド様が嫁いでも自由にロスロリアンに遊びに行くといいって言って下さったから」
用意していたシナリオ通り出来た事にホッとしながら、フェリシエラ は心の中で何度も謝った。
これは最初で最後の嘘。
本当は、彼は私を知っている。
私も彼を知っている。
でも、あの微笑みも、流れる黒髪も、温かい腕も。
全てあなたにあげるから。
「結婚式が今から楽しみだわ」
「フェリシエラ にブーケをあげるわね」
「子供が生まれたらすぐ教えてね。絶対最初に抱くんだから」
「さすがにそれは気が早いわよ」
「いいの。あ、でもエルロンド卿に取られちゃったな。こうしてお姉さまに抱きつけるの、私の特権だと思ってたのに」
フェリシエラ はぼやきながらぎゅっとケレブリアンを抱きしめた。
ケレブリアンもクスクス笑いながら彼女を抱きとめる。
「幸せになってね、お姉さま」
「ええ、勿論よ」
「エルロンド卿に泣かされたら、いつでも戻ってきてね」
「まぁ、そんな方ではないから安心して頂戴」
フェリシエラ は目を閉じてさらさらのケレブリアンの髪に顔を埋めた。
初めに彼に出会ったとき。
あの人はひどく驚いた顔で自分を見つめていた。
木陰に零れる陽光が心地よくて。
昼寝して目覚めたら、見慣れない黒髪の半エルフが立っていたのを覚えてる。
優しく穏やかな暗青色の瞳で、僅かに微笑を浮かべて。
『…初めて天使に会った…』
涙が頬を伝う。
ああ、これは過去の夢。
いつまで繰り返し見たら。
忘れることが出来るのかしら。
「……フェリシエラ …?」
穏やかだけれど深く心に染まり込む声。
「あ、……あら?…ハルディア…」
隣で髪を撫でる手の暖かさに少なからず安堵して、フェリシエラ は吐息をついた。
涙の後は残ったが、視界はそれ程霞んでいない。
「少し、魘されていたようだったが、大丈夫か?」
「ええ、ただ夢見が悪かっただけよ。でももうどんなものだったかも忘れてしまったけれど」
にっこり微笑むと、ぼんやりとした明かりの中でハルディアは何か言いたげに唇を動かしかけたが、やめた。
代わりに彼女に微笑み返して、上半身だけ寝台から起こす。
「何か辛いことがあれば、話してほしいと思うのは我侭だろうか?」
フェリシエラ は唇だけで笑みを深める。
「いいえ、夫婦ですもの。何かあれば貴方に相談するわ。でも本当に何もないのよ?そんなに心配しないで」
二人は確認するように見詰め合ってから、どちらからともなく口付けた。
何かの隙間を埋めるような熱と、何かを隠して沈めるような冷気。
混じり合って、それは徐々にお互いの思考を焼いていく。
何も考えたくないから。
その為の逃げ道として
貴方を抱きしめる、私の弱さを
誰にも知られたくないの。
>>> to be continued
<あとがき>
ヒロインの想い人は実はエル様だったり。。
姉の旦那とかって、まさしくドロドロですね〜。。
しかもハルディアの前で猫被ってますよ、この人。
……救いようがありませんv>まて