01:Night Cats
愛してくれないのなら
せめて
証になる痛みを下さい
柔らかく弾かれるのは
一番 辛いから
「こんばんは、素行の悪い王子様?」
深夜のロスロリアンはいつにも増して静かだ。
起きているエルフ達もフレトの中で思い思いの時間を静寂と共に過ごしている。
こんな時間に出歩いているのは、警備隊の兵士と自分くらいだと思っていたが、もう一人付け加えるべきらしい。
レゴラスは振り返ってにこりと笑った。
「こんばんは、神出鬼没のお姫様?」
あまり足場のよろしくない塔のように聳え立つ王宮の屋根を、彼女は足音一つ立てずに移動する。
しなやかで美しい、誇り高い猫。
そんなイメージを抱かせる少女だ。
フェリシエラ は躊躇いなくレゴラスの傍に座った。
「友好関係を築く為に闇の森から使わされた使者殿がこんな所に登るなんて、ばれたら非難モノよ」
さして責める風もなく、それどころか楽しそうな声が投げかけられる。
レゴラスは苦笑しながら手の中のグラスを弄んだ。
「ばれないように上手くやっているよ」
「そうね、あなたの飼っている猫はとても大きいから」
「酷いなぁ」
「そうかしら」
素っ気なく言って、フェリシエラ は空を見上げた。
金色の髪が闇に溶け込むことなく月明かりに冴冴と輝く。
レゴラスはボトルに入った赤を音を立ててグラスに注ぎ足した。
「前々から聞きたかったのだけど、どうして人間の作ったワインなの?」
「なんとなく、かな。結構クセになるのだけど。こういう独特の香りは嫌いかい?エルフのとはまた違うから・・・」
「いいえ、その『セステイン』の香りも嫌いじゃないわ。香ばしいから」
「香ばしい、かな」
レゴラスには香ばしいという表現より、何故彼女が人間のワイン名を知っているのか、という疑問の方が気になった。
ただ、聞いても教えてくれないだろうことは明日の天気以上にはっきりしていた。
揺れるグラスの先が、闇に細い線を描いた。
しばらくして何を思ったか彼は、グラスの中身を残さず空に散らした。
かなりの年代物のそれは、赤く弾けて消えていく。
「あぁ、下に人はいないから大丈夫だろう?」
眉を潜めるフェリシエラ に弁解すると、彼女は目を細める。
碧の瞳が深みを帯びて揺らめいた。
「そんなに窮屈なら、捨ててしまえばいいのに」
向けられた言葉をレゴラスは大切に大切に抱きしめた。
それは、繰り返す毎日の中で自分をこの世界に引き止める楔だった。
「困らせたくないんだよ」
「誰を?」
「さぁ、みんな、かな」
「あなたに依存する、期待する全ての人達?」
「はっきり言うね」
苦笑を滲ませた口元にグラスを押し当てると、フェリシエラ は空のそれをそっと離して自分の唇を重ねた。
「私は困らないもの」
唇が離れても、お互いの距離は吐息の混じるほど近い。
照らされる白い顔は冷たく澄んでいた。
「あなたの嘘くさい笑顔の方が、とても嫌」
「これでも爽やかな笑顔だって評判なんだけれど」
「みんな目が悪くなったのかしら?」
「酷いなぁ」
「酷いのは、周りを騙して自己満足に利用しているあなたじゃない?」
白い指先を頬に滑らせながら、フェリシエラ は淡々と話す。
「ああ、本当に」
レゴラスはグラスを置いて波打つ金髪に手を伸ばした。
「君は、どうしてそんなに聡いんだろうね」
「他がバカなだけだわ」
フェリシエラ は立ち上がってレゴラスを見下ろす。
さらりと流れて手から零れる金糸。
伏せ目がちになる睫毛の曲線まで精巧に整っている顔をレゴラスは黙って見上げた。
「私は自分の闇の理由を知っているわ」
彼女の口調は幼子に言い聞かせるように優しい。
だがその声は少しも優しくなどない。
「あなたのそのお綺麗な光の影がどれほど濃いか、愛情で塗り込めれて盲目になった者達は少しも気づかない」
赤い唇が嘲るように歪んだ。
「お笑いぐさね」
踵を返した背中にレゴラスは手を伸ばし、捕らえる。
指が余ってもったいないほど細い手首は確かに波打っているのに、冷たい。
フェリシエラ は顔色ひとつ変えずに振り返った。
「もう少し、居てほしいな」
「いやよ」
「何故?」
「ハルディアが帰ってくるわ」
フェリシエラ は手を振り払うわけでもなくじっとレゴラスを見据える。
容赦なく人を射抜く眼差しは、美しく、無機質。
「部屋にいないと心配されるじゃない」
「彼は、今日は帰ってくるの?」
「ええ、明け方にはね。明日から二日くらいはお休みだから此方に泊まるらしいわ」
風が戯れに金髪を攫う。
二人の身体は近づきも遠ざかりもしないけれど、その間にあるものはとても深い。
「通い婚も大変だねぇ」
「所詮、父と母が勝手に決めた事よ」
「彼が好き?」
「いいえ、でも退屈しないわ」
「私の事は?」
「嫌いよ、でも楽しいわね」
「では、君は誰が好きなの?」
「もう、忘れてしまったわ」
三日月形に細まる双眸。
やはり猫のようだとレゴラスは思う。
美しく残酷な。
「誰が好きかなんて関係ないじゃない。ハルディアは私と結婚する事で将来を約束されたわ。
あなたは私と触れ合うことでその間だけは冷え切った身体を温められるでしょう?
それ以上何を望むのか、私には理解できないけれど」
胸の奥が棘の刺さったように痛みを帯びてきた。
それでも、レゴラスは彼女の手を離せない。
「愛が欲しいだなんてふざけた事言わないでね。そんな物、形として残るわけでもなく、
いつ望んでどこに存在していたのかさえ曖昧でいい加減なんだから。私は嫌いよ」
酷く楽しそうにフェリシエラ は笑った。
石のように固まったレゴラスの頬を一度だけ優しく撫で、彼女は振り返ることなく帰っていく。
「無理だよ。・・・私は君が好きだから」
見えなくなった背中に呟いた声は、少し掠れていた。
肺から込み上げた吐息に彼女の知る香ばしさは残っていない。
>>>To be continued
<あとがき>
わははっ、もう馬鹿すぎて弁解のしようもありませんねUu
指輪で不倫ネタなんて。。
どっかの昼ドラでもあるまいし。。
しかもまたもや黒くて暗い。。
お目汚しスミマセンでしたUu