〜月の裏側〜

 

 

空に浮かんだ蒼い満月がぼんやりと淡い光を放っていた。


星は今日だけ瞬くことをやめ、鳥や虫の鳴く声も聞こえない。


夜風が冷たく肌を通り過ぎていく。


静寂だけが支配する夜の闇の中。

それがなんだか無性に心地いい、と フェリシエラ は気だるく感じる体をベッドから起こして窓の外を見つめた。

緩く羽織ったローブから覗く雪白の肌。

その所々に艶かしく散っている紅い華。

隣で横になって、静かにこちらを見つめている恋人の視線に気付くと、彼女は頬を赤らめながら微笑んだ。


「そんなに見つめられると恥ずかしいわ・・・」


照れ隠しにそっと屈んで彼の額に口付けると。


そのまま体を引き寄せられて、逞しい腕の中へと収まる。


「月明かりに照らされて、そのまま消えてしまうのではないかと思ったよ」


耳元で囁く低い声に フェリシエラ は目を細めた。


「あなたと二人でなら、消えても構わないのよ」


愛しそうに胸に頬を摺り寄せる少女の仕草が、とても愛らしい。


「離れずに一緒にいられるならどんな形でも構わないのに。・・・遠いわね」


・・・遠い・・・。

いつもは離れた国境で警備隊を指揮しているハルディア。

その有能な彼に、主である父も母も絶大な信頼を寄せていて。

だからこそ、多忙な恋人と二人きりで過ごす時間は少なくて、あっという間に感じる。


寂しそうな声に、彼は優しく フェリシエラ の髪を撫でる。


「私は、遠いなどと思ったことはない」


その声を聞くたびに涙が零れそうになるほどの愛しさを。

彼は知っているのだろうか、と フェリシエラ は切なくなる。


「・・・どうして?」


問い返す彼女に、ハルディアは微笑んで、桜色の小さな唇に軽く口付けた。


「わからないわ。だって離れていると、月の見え方だって違うのよ」

情事の余韻を含む潤んだ瞳が見つめる。

「あんなに大きく世界中に浮かぶ月だって、見ている所が違えば、影や形や色だって・・・。
肌に感じる風も空気も違っていて、まるで違う世界に住んでるみたい」


だから不安、怖い。

しがみつく様にして細い体を預けながら彼女が震えているのが分かる。

ハルディアは少しでも落ち着くように背中を擦ってやった。

フェリシエラ の悲しみが胸に刺さる。l


「・・・遠いと感じるのは、自分だけが相手のことを多く考えているとか、会いたいと思っていると考えているからではないのか?
私も、絶えず フェリシエラ の事だけを考えているのに」

愛しい気持ちが強すぎて、彼女を壊してしまわないか・・・不安で。

「あなたの事を考えて、夜眠れないことがあるのを、知っているか?」

抱きしめて、キスをする。

繰り返し、何度も。


優しく、深く・・・・・・・。


「せめて、今だけ離さないでね・・・・・」

距離と共に、気持ちまで遠のくことのないように・・・。

吐息と共に紡がれる フェリシエラ の言葉に、彼はまた唇を重ねる。

乱れていく呼吸に、思考を焼かれて。


「永遠に、離さないよ」


伝わりきれず、すれ違う心の距離さえもどかしい。


いくら肌を合わせてもお互いの全てを理解することはできないのかもしれない。


けれど、せめて近くにいる時間が何よりも愛しいと感じるから。


矛盾しても込み上げてくる激情に身を委ねる。


乱れ、堕ちながら、快楽の渦に飲み込まれて・・・・・・。

それでも、夜が明けてすぐに朝がやってくるだろう。

そして、また遠いと感じるようになるかもしれないけれど・・・・・・。

お互い同じ地で、同じ月を眺めて次の夜を待とう。


何よりも大切でかけがえない想いとともに・・・・・・。


〈あとがき〉
これはなんだか一話完結のような話に・・・。
裏いきなんですけどねUu