『松葉杖の聖人』

 熱帯夜、とある川沿いの屋台で食事をしていた時のことだ。屋台のそばには客用のテーブルがたくさん配置されており、いつも家族連れなど庶民で賑わっていた。その頃、私は一ヵ月程かけて世界有数の穀倉地帯である東南アジアのメコン、メナム、イラワジ川のデルタ地帯を旅していた。朝と夕方、豊潤なるアジアン・デルタに点在する農村をうろつき回り、あとは酒を呑んで、寝て過ごすという遊蕩な生活を送っていた。
 「松葉杖の聖人」が現われたのはその時だった。片足が膝から下がない曹脚の四十歳位の男は、食事をしている各テーブルを松葉杖をつきながら回り始めた。時々ここには、子供が物乞いに来ていたが、それとは全く存在感が違っていた。どれくらいの客人が彼に施しを与えるか興味が湧いてきたので、彼を追って眼(まなこ)をころがした。なんと、11組の客のうち9組がいくばくかのお金を与えた。しかも、下げ渡すというより、献納するかのように。渡す者と受け取る者との濃密なる関係。さましく喜捨である。私は以前、暇にまかせて、各国で路上の物乞い者が一時間の内に何人からお金をもらえるかを観察した経験があるが、この成功率は尋常なことではない。施(ほどこ)し業界?の常識を覆えすほどの成功率だ。
 こつり、こつりと松葉杖をつきながら端っこにいた私のテーブルにもやって来た。彼は現地の言葉で「こんばんわ」と挨拶しながら、軽く手のひらを上に向けて手を差し出した。人柄の良さそうな福福しい温顔。柔和な微笑。挨拶する時の物腰の柔らかさ。身体的なハンディーキャップがあり、物乞いをしているものの、振る舞いは決して貧相には見えない。いや、泰然とすらしている。
 私のもとを去る彼の背を見ながら、彼の存在に感応してひとつの言霊が口から衝いて出た。
「あれはブッダ・スマイルやー」
 もちろん、私は微笑んだ尊容の仏像など見たことはない。唐突に飛び出した「ブッダ・スマイル」との言葉は、松葉杖の聖人がなげかけた「悟りの微笑」と訳していいかもしれない。

(太田黒 剛)