ダイオキシン報道の向こうに見えるもの

 

 先頃、埼玉県所沢市で産廃処分場からの排煙を原因とする、ダイオキシン汚染報道の騒ぎがあった。放送したのは朝日放送であったが、これによる所沢産の野菜について消費者が不買行動を起こし、所沢市や所沢農協が反発した。 結果として世論が動き、厚生省や環境庁が法定基準を合同で見直すこととなった。また、従来の排煙規制だけではなく、土壌汚染についても規制値設定の動きとなり、この意味では報道本来の働きとして評価できる。
 いくつかの農家での苦情もまた取材されたが、その後ろに広がる畑のビニールが問題の根元のひとつであると気が付いたであろうか。写真左上は第2空港線から益城に広がる大ビニール畑である。農家ではハウスビニールや土中の湿気や熱を逃さないマルチなど、多くのビニールを消費している。熊本では、それらの廃ビニールは農家が有料で農協へ出し、農協から宮崎の産廃業者へ処理をしている。


 

 今回の問題は産廃焼却のダイオキシンであるが、産廃業者が焼却するのも、処理費用を浮かすために畑付近で焼却する(写真右上)のも、遡ればその一端は農家自身に返ってくる。またそれは消費者である私達の問題でもある。

 同じ事は私たちにも言える。上の写真2点は私の家から半径100m以内の光景である。利便性だけを求めた暮らしをし「後は野となれ山となれ、燃やしてダイオキシンとなれ」である。

 今考えなければならないのは、軽薄なプラスチック・ビニールの使用をやめ、循環型社会へ私達の生活を変えることである。その鍵は伝統的なアジアの暮らしにあると私は思っている。
 特に(左の写真)事業所や保育園などに設置されている小型焼却炉は、ダイオキシン対策がされておらず、早急な対応が望まれる。

井上 智(長陽村在住)


個人的に六ヶ所村へ行ったことがある。原子力施設に隣接して、自然環境や民家の数に比較して不釣り合いに立派な(原発誘致の際に補助金で建てられたと思われる)公共施設があった。写真は、その向かいの原燃PRセンターで入館記念に配布されたものである。センターの中は人気が感じられず、センサーでTV画面からコンピューターグラフィックが案内するというものであった。この施設に掛けられたお金(税金)も相当なものであろうが、ひとを馬鹿にしたような記念品を渡すことと共に、心の無さ、冷たさを感じた場所であった。

「地球温暖化防止に原発を」という罪

900の「組織票」が原発推進を決める
 政府が閣議決定する地球温暖化防止の基本方針は、昨年12月の素案には「原発」という言葉はなく「大綱に盛り込まれたエネルギー対策の推進」との表現であった。政府の中央環境審議会・企画政策部会・小委員会でその後の検討がなされてきたが、基本方針に「地球温暖化防止に原発推進」が盛り込まれる。
 先の素案に対し電力業界などが政府への働きかけを強め、同審議会が行った一般からの意見募集に、電力団体などが「組織票」を投じ、寄せられた約千件のうち九割近くが「原発推進を明記すべきだ」という意見で占められていた結果である。

 一企業体が国の政策をコントロールしようとした今回のことは、2つの大事な側面を持ちます。
 ひとつには、政府が国民(市民)に対して開いた窓口(いわばひとつの投票)へ一企業の「組織票」が投じられ、それによって政府決定が左右されたということです。他方で、有権者の過半数署名を採った住民投票条例の要求は、つい最近も議会で否決されました。しかし、立地される側の住民の声は巻町の住民投票でも明らかです。
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新潟県巻町の住民投票の結果、原発反対が過半数を大幅に上回る。
 有権者数 23222人、
 投票総数 20503票(投票率88.29%)。
 巻原発建設に反対 12478票(61.22%)
       賛成  7904票(38.78%)
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 推進の電力企業体と反対の立地住民の構図が分かります。しかし、この「一票」の重みの差がどうして問題とならないのでしょうか?
 もう一つは、原発という極めて危険なモノについての重大な決定が企業の「組織票」で動かされたということです。日本は過去、戦争に向かいました。少数の危険な意見で「国」が動かされたことを私たちは思い出す必要があります。
 また、電力会社で働く人々も家に帰れば一市民ではないですか。会社が帰宅後の個人の意志にまで介入していることも問題ではないでしょうか?

そもそも電力会社とは一企業ではないの?
 曖昧なのは電力会社のありかたです。旧電電公社(NTT)と旧国鉄(JR)は分割民営化されました。電力会社は株主を持つ企業形態でありながら、電気事業の独占が許された企業です(なぜ独占禁止法にかからないのでしょう?)。

 一般企業ならば、自衛隊装備に対するNECや富士重工の関与が問題となったように、国の政策への意志を持ってはならず(意見を持つのは個人の有権者)、国営企業ならその方針は議会で決められ、公務員は政治的行動をしてはならないはずでしょう?
(井上 智)

人を信じるとはどういうことでしょう?

 相変わらず多くの宣伝費用を使い、原発は安全であるというCMが流されています。最近は「人を信じること」「原子力発電所で働く人たちも私たちと同じ顔があった」というコピーです。
 原子力発電所で働く人々もふつうの会社と同じようにいろいろな顔があり、個人があるのは当たり前のことです。問題なのは、「原発推進と投票せよ」と命令した人であって、また逆に、直接「炉」に関わる「労働者」は被害者でもあります。「人を信じるということ」が、何であるのかは、以下の事例で私が多くを語らなくとも分かっていただけましょう。

95年(平成7年)12月
 高速増殖炉「もんじゅ」において、二次ナトリウム系配管の温度計が破断し、大量のナトリウムが漏洩。空気と反応して火災を起こした。 また、事故現場を撮影したビデオを隠して問題になる。この件で動燃職員が自殺をした。

97年(平成9年)3月
 動燃東海再処理工場のアスファルト固化施設内で火災発生、その後爆発事故が発生。現場の労働者37人が被曝した。また、工場の外に放射能が漏れ、環境汚染。60km離れたつくば市などでセシウムが検出された。今度も事故事実を隠していた。

97年(平成9年)9月
 原子炉の配管溶接のデータ改ざんが発覚。問題の原子炉は日立製作所が建設・補修を行なった以下の18原子炉である。配管の破断は一次冷却水漏れなどの重大事故につながる危険がある。
 東京電力:福島第一原発1,4,6号機、福島第二原発2,4号機、 柏崎刈羽原発4,5,6,7号機、中部電力:浜岡原発1,2,3,4号機、北陸電力:志賀原発1号機、中国電力:島根原発1,2号機、日本原子力発電 東海2鶴賀1号機

98年(平成10年)10月
 またもやデータ改竄事件。内部告発で判明した。使用済み核燃料輸送容器を作った会社が、放射能漏れを防げために充填される中性子遮蔽材のホウ素濃度をごまかしていた。
 容器は、直径が2.2〜2.6m,長さは6mで製作費は一基数億円。総数40数基。科学技術庁は、この容器を検査して「合格・安全」のお墨付きを与え、この改ざんを発見できていない。
 もし内部告発がなかったら、国民の命にかかわる絶対にあってはならない今回の改ざん事件は、何も知らされないまま闇に葬られてしまったであろう。恐ろしいことです。

 茨城県東海村にある「核燃料サイクル開発機構」(旧動燃)東海事業所から出たプルトニウムを含む焼却灰が、福島県内の一般ごみ処理場(二か所)に捨てられていた。驚いたことに,「プルトニウムを含む灰を捨て場所は公表できない」と拒否。県は、放射能のごみを捨てた「核燃料サイクル開発機構」(旧動燃)自身が、の場所に出向いて調査し、「安全である」と宣言している。だから心配するな、という説明を繰り返した。泥棒を捕まえて、「君は泥棒をしたのか」と聞いたら、「私は泥棒なんてしてない」と答えた。だから、彼は泥棒ではない、というような奇妙な説明だ。住民には「知らしむべからず」という態度であった。

98年12月
 東北電力の女川原子力発電所(宮城県女川町、同牡鹿町)周辺の放射能汚染監視のため同県が女川町に設置しているモニタリングステーションで放射線源が紛失し、捜してほしいと頼まれた中学生や教職員15名が被爆した。線源を放置したずさんな管理、生徒らに捜させた非常識さ、公表に消極的な行政。10年以上も原発が稼働する町で、放射性物質への慣れや見識の甘さが垣間見える。
 女川町に接する石巻市民らでつくる「原子力発電を考える石巻市民の会」の日下郁郎代表は「原発の地元の学校で放射線について教えていないため、子供らを放射線にさらした」と、ふだんの放射能や原子力についての教育の無さを批判した。

98年12月
 九州電力・川内原子力発電所の1号機原子炉格納容器で漏水があり、手動で緊急停止する事故があった。既に通常運転に復帰しているが、その過程で九電は、格納容器内の放射能測定器に異常はみられず、調査を先行させた。その結果、国や鹿児島県、川内市などへの通知が4時間も遅れた。また、一昨年十月、川内原発1号機で定期検査中、原子炉容器から第一次冷却水が漏れる事故があった。発表は「ホウ酸の結晶が検出された」であったが、ホウ酸は第一次冷却水に含まれていることから、「一次系の水が漏れたということですね」と念を押すと、「はい」と認めた。
 原子力発電はいくつもの技術が集まった巨大技術だ。大事故が起きれば取り返しのつかない事態となる。原発はない方がいいに決まっているが、ある以上は安全対策の一層の確立はむろん、偽りのない速やかな情報の開示は絶対条件だ。

99年1月
 玄海原子力発電所3号機の燃料集合体から放射性物質が漏れた問題で、玄海原発設置反対県民会議(柴田久寛議長)は26日、九州電力と県に対し、放射性物質漏れの徹底した原因究明を求める申入書を提出した。
 同県民会議のメンバーは「放射能漏れは、燃料集合体の欠陥か運転上に問題があったのではないか」などと強く抗議。これに対し、九電は「集合体の金属燃料棒にピンホール(小さな穴)が開いたためとみられるが、原因は調査中で肉眼で穴は確認できず、ファイバースコープを使い詳しく調べてみたい」と説明、徹底した検査や厳重な管理体制を約束した。
 -------------以上は新聞記事とインターネットからの引用

 原子力発電を進めると言うことは、こんな技術と管理者に命を預けると言うことです。どんなにお人好しでも、私はやめたい。

発想の転換のすすめ
 電力会社で働く皆さんへ。なぜ、こんなウソやごまかしや汚名を着て、さらに原子力だけを強力に進めようとするのは何故ですか?もうこの辺で、原点に帰りませんか。電気が各家庭に入り始め、誰もが電気を夢と羨望のまなざしで見ていたあの時へ。
 小規模分散型の方向で危険リスクを分散し(安全で)、太陽光発電や風力や波力で他国の資源に依らない(環境に配慮した)、そこに日本の電力会社の技術と未来と働きがいがあり、私たちもそれを望んでいるのです。
 世界はチェルノブイリの経験から原発がいかに危険かを学びました。電力の三分の一(ほぼ日本と同じ割合)を原発に依存しているドイツのシュレーダー政権は、原子力に依存しないエネルギー政策に転換するため、国内計19基の原子力発電所の廃止方針を決めています。

 
(井上 智)